上 下
23 / 34
三章 共鳴する魂

三、魂の行方【2】

しおりを挟む
「龍はね、古来から特別な生き物だと言われているの。小さな息吹ひとつで風を呼び、啼き声で竜巻や雷雲を起こし、怒りとともに雷を落とす――と」


要するに、自然に干渉できるということだろうか……と凜花は想像する。
竜巻や雷雲、雷は、龍が生み出すものなのか……と。
けれど、残念ながら想像はどこまでも想像でしかなく、あまりピンと来なかった。


「龍の中にはそれすらできない者もいるけど、聖は別格よ。龍はそれぞれに性質があって、私や桜火は火を操るのが得意なの。でも、聖は違う。火も水も風も雷も……大地や空さえも操れるわ。聖がその気になれば、街ひとつなんて息吹で壊滅できる」


一方で、それだけ大きな話だということは理解できる。同時に、凜花の中にあった小さな不安を嘲笑うように煽られた。


「龍たちにとって、聖は尊敬と同時に畏怖の念を抱く存在なの。龍神という存在そのものというより、聖自身がそうなのよ。龍の力がないあなたにはわからないでしょうけど、普通なら近づくことも許されないような存在だと言われているわ」


そして、それはおもしろいほど激しくなっていく。


「そういう存在のつがいになる覚悟があなたにあるの?」

「そ、れは……」


即答できなかった凜花に、紅蘭が嘲笑を零す。


「ほらね、所詮はその程度なのよ」


彼女は、冷たい言葉で凜花を追い詰めていく。
けれど、凜花も負けてはいなかった。


「確かに、私にはまだつがいがどういうものかはわかりませんし、ピンと来ていません。だから、覚悟なんて決められません」

「そうでしょうね」

「でも……前に紅蘭さんに会ったときとは違って、今は聖さんのことをもっと知りたいと思ってます。聖さんともっと一緒にいたいって感じてます」


紅蘭を真っ直ぐ見つめる凜花に、彼女が意表を突かれたような顔をする。


「……あなた、少し変わったわね」

「え?」


きょとんとすると、紅蘭は「でもだめよ」と凜花を睨む。


「私は、凜の親友だったの。聖のつがいに選ばれたのがあの子だったからこそ、聖を諦めようと決めたわ。それなのに、千年も待っていた聖のつがいが人間ですって? 番う相手が人間であること自体は今までもあったけど、聖のつがいなら話は別よ」


さらには、憎しみに満ちた双眸を向けられた。


「天界では、聖が決めたことなら誰も逆らったりはしない。ましてや、つがいの話ならなおのこと。龍にとってつがいというのは、何者であっても当人たち以外の干渉を許さないものだからよ。でもね、これだけは覚えておいて」


彼女の表情がほんの一瞬和らぎ、次いで冷酷な笑みを湛えた。


「聖に愛されているのはあなたじゃない。あなたの中にある、凜の魂よ」


凜花の顔が強張る。


「あなたの中に凜の魂がある限り、聖はあなたじゃなく凜を愛し続けるわ」


心には紅蘭の言葉が深く突き刺さった。


聖がくれた言葉を、凜花は信じている。
あのときの彼の瞳は揺るぎなく真っ直ぐで、紡いでくれた想いはきっと嘘ではないと感じたからである。


その一方で、不安と疑問もあった。
自分の魂が凜のものなら、彼女の魂はこれからもずっと自分の中にあり続けるのだろうか――と。


その答えは、凜花にはわからない。
黙ったままの凜花を残し、紅蘭は凜花の傍を離れる。
すぐに桜火たちが駆け寄ってきたが、凜花はしばらくの間なにも言えなかった。





日が暮れた頃に屋敷に帰ってきた聖は、すでに紅蘭のことを聞いていたらしい。
凜花の様子がおかしいことに気づくと、早々に人払いをして凜花の部屋でふたりきりになり、彼女のことに触れた。


「すまなかった。屋敷から紅蘭の気配を感じていたんだが、どうしても戻ってこられなかったんだ……」

「ううん、聖さんが忙しいことはわかってるから」


凜花は、彼からの謝罪なんて望んでいなかった。
聖が紅蘭から守ってくれていたことは、昼間の彼女の言動から感じられた。
なにより、彼が悪いとは思えないからである。


「紅蘭になにか言われたんだな?」


きっと、ここで凜花が隠しても、桜火から報告が入るだろう。
庭では少し離れてもらっていたから会話は聞こえていないはずだが、そもそも紅蘭は桜火の前でつがいの件に触れていた。
そう思った凜花は、少し悩んだ末に素直に頷いてみせた。


「なにを言われた?」

「……聖さんみたいなすごい人のつがいになる覚悟があるのか……って。それから、聖さんが愛してるのは私じゃなくて、私の中にある凜さんの魂だって」


聖の表情が、苦々しげに歪む。


「紅蘭にはきつく言っておく。凜花はなにも気にしなくていい」

「紅蘭さんのことはいいの」

「どうして?」


凜花は口を噤む。
上手く説明できないのもあったが、紅蘭は彼を想っている。その上、凜の親友だったと言っていた。
紅蘭にしてみれば、いくら自分が聖のつがいとはいえ、不満を抱いて当然だろう。


「それは言えない……。でも、ひとつ訊きたいことがあるの」

「訊きたいこと?」

「私は、凜さんが見ていた光景を夢で見たのは一回だし、聖さんたちといるとたまに懐かしいような感覚を持つこともあるけど、やっぱり自分の中に凜さんの魂があるとは思えないの」

「ああ……」

「でも、凜さんの魂は私の中にあるんだよね?」

「そうだな」

「じゃあ、この先ずっと、凜さんの魂は私の中にあり続けるの?」


彼は寂しげに微笑み、凜花の手をそっと握った。


「確かに、凜花の魂の中には凜の魂がある。だが今は、凜花と最初に会ったときよりも、凜花の中にある凜の魂の力は弱まっている」

「え?」


聖の瞳が悲しそうで、凜花は動揺してしまう。
けれど、彼は過去を慈しむように瞳を緩め、優しい笑みを浮かべた。


「これでいいんだ」

「でも……」

「俺はずっと、つがいを待っていた。その中で、凜の魂を求めていたのも凜花が凜の生まれ変わりなのも、最初から話している通り事実だ」


聖の声は落ち着いていたが、力強くもあった。


「それでも、いつかこうなることはわかっていた。恐らく、凜の魂が凜花の魂とひとつになろうとしているんだ」


もしかしたら、とっくに覚悟を決めていたのかもしれない。
そう感じるくらいには、彼の表情は穏やかだった。
あまりにも柔和な笑顔を前に、凜花の方が寂しくなってしまいそうなほどである。


「そんな顔をするな。俺はこれでよかったと思っているんだ。なぜなら、凜花は凜ではなく凜花だからだ」


胸の奥が締めつけられた気がするのは、凜花の中にある凜の魂のせいだろうか。
わからなかったが、なんだか心が苦しかった。
それなのに、聖が自分自身を見てくれていることが嬉しいのも、また事実だった。


凜の魂の行方はやっぱり気になる。
反面、凜花は痛みを感じる心で、彼の言葉を素直に受け止めていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

マンドラゴラの王様

ミドリ
キャラ文芸
覇気のない若者、秋野美空(23)は、人付き合いが苦手。 再婚した母が出ていった実家(ど田舎)でひとり暮らしをしていた。 そんなある日、裏山を散策中に見慣れぬ植物を踏んづけてしまい、葉をめくるとそこにあったのは人間の頭。驚いた美空だったが、どうやらそれが人間ではなく根っこで出来た植物だと気付き、観察日記をつけることに。 日々成長していく植物は、やがてエキゾチックな若い男性に育っていく。無垢な子供の様な彼を庇護しようと、日々奮闘する美空。 とうとう地面から解放された彼と共に暮らし始めた美空に、事件が次々と襲いかかる。 何故彼はこの場所に生えてきたのか。 何故美空はこの場所から離れたくないのか。 この地に古くから伝わる伝承と、海外から尋ねてきた怪しげな祈祷師ウドさんと関わることで、次第に全ての謎が解き明かされていく。 完結済作品です。 気弱だった美空が段々と成長していく姿を是非応援していただければと思います。

紹嘉後宮百花譚 鬼神と天女の花の庭

響 蒼華
キャラ文芸
 始まりの皇帝が四人の天仙の助力を得て開いたとされる、その威光は遍く大陸を照らすと言われる紹嘉帝国。  当代の皇帝は血も涙もない、冷酷非情な『鬼神』と畏怖されていた。  ある時、辺境の小国である瑞の王女が後宮に妃嬪として迎えられた。  しかし、麗しき天女と称される王女に突きつけられたのは、寵愛は期待するなという拒絶の言葉。  人々が騒めく中、王女は心の中でこう思っていた――ああ、よかった、と……。  鬼神と恐れられた皇帝と、天女と讃えられた妃嬪が、花の庭で紡ぐ物語。

炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~

悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。 強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。 お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。 表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。 第6回キャラ文芸大賞応募作品です。

戸惑いの神嫁と花舞う約束 呪い子の幸せな嫁入り

響 蒼華
キャラ文芸
四方を海に囲まれた国・花綵。 長らく閉じられていた国は動乱を経て開かれ、新しき時代を迎えていた。 特権を持つ名家はそれぞれに異能を持ち、特に帝に仕える四つの家は『四家』と称され畏怖されていた。 名家の一つ・玖瑶家。 長女でありながら異能を持たない為に、不遇のうちに暮らしていた紗依。 異母妹やその母親に虐げられながらも、自分の為に全てを失った母を守り、必死に耐えていた。 かつて小さな不思議な友と交わした約束を密かな支えと思い暮らしていた紗依の日々を変えたのは、突然の縁談だった。 『神無し』と忌まれる名家・北家の当主から、ご長女を『神嫁』として貰い受けたい、という申し出。 父達の思惑により、表向き長女としていた異母妹の代わりに紗依が嫁ぐこととなる。 一人向かった北家にて、紗依は彼女の運命と『再会』することになる……。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~

菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。 だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。 蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。 実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。

極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。 あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。 そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。 翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。 しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。 ********** ●早瀬 果歩(はやせ かほ) 25歳、OL 元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。 ●逢見 翔(おうみ しょう) 28歳、パイロット 世界を飛び回るエリートパイロット。 ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。 翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……? ●航(わたる) 1歳半 果歩と翔の息子。飛行機が好き。 ※表記年齢は初登場です ********** webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です! 完結しました!

処理中です...