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熱
物産展
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高杉が話をしていたショッピングモールは、梨咲の家から15分ほど歩いたところにあった。梨咲も行ったことがある。特に変なものはない。曜日によって安いものが違うため、欲しいものがある時は重宝する。冷凍食品が安い日もあれば、野菜が安い日もある。梨咲の中では日常の中に溶け込んでいる特に変わったところのない景色の一つだ。高杉が梨咲を連れてここに来たところで、変わったことなんて起きるのだろうか。高杉が何を考えているかわからないまま歩き続ける。ショッピングモールの姿が見え始めたあたりで高杉が何がしたかったのか少し分かった。
「物産展」
「そう、物産展。今回は食べ物らしい」
「なるほど、楽しそう」
「ちょっと珍しいものも置いてるらしいから、いいかと思って」
「楽しみになってきた」
「それは良かった」
急な提案だった。しかし、日常の中に溶け込んでいる食べ物というテーマで珍しいものが見られるというのは悪くない。提案を受けてもらえて、高杉も上機嫌で歩いていた。常に楽しそうにはしているのだが、今日はいつもとは違う表情に見えた。
ショッピングモールの扉を開けると過剰なまでの冷房が2人を出迎えた。中に入ると目の前には中央エントランスがあり、インフォメーションも兼ねているスペースだった。今日の物産展はよほど大きなイベントなのか、建物内にも大々的に垂れ幕が下がっていた。日本全国から食べ物が届いているらしい。
北海道から沖縄までの様々なものが並べられていた。建物の全体的な客の密度で見ると閑古鳥が泣いているように見えるのに物産展エリアだけは賑わっていた。
「納豆は食べられないんだよねー」
「俺は食べれるよ」
「え、あれ食べれるの?」
「うん、食べれるよ」
「高杉くんすごい」
「そんなに褒められることだったのか」
様々な納豆が並ぶエリアに来て、そんな話をする。梨咲は納豆が食べられない。味も匂いも食感も何もかもが拒絶するほど苦手だった。高杉が納豆を食べるというのは見栄っ張りではないようで、いろんな銘柄の納豆を見て回っていた。しかし、人にお勧めするほど大好きではないらしい。その勢いで梨咲に納豆を薦めてくることはなかった。
その後も高杉といろんなものを見て回った。外郎。じゃがいも。米。ぶどう。今までの社会の授業で聞いたことはあるような気がするものから、何一つ噂すら聞いたことのないようなものまで並んでいた。珍しいと言えば珍しい。高杉と日本の食べ物を見て回る時間は、あっという間に過ぎていく。高杉と二人で試食コーナーを回ったりしながら、食べ物の特徴についても話したりする。気がつけば夕方になっていた。
「変わったこと、できた?」
「うん、出来たかな。物産展に行くなんてこと今まで無かったしね」
「それは良かった」
「高杉くんは知ってたの?」
「この前調べてたんだよね。暇だったから」
「なるほど」
「開催は今日だけじゃなかったから、今日だけっていう特別感はないんだけど」
「それでも、なんかいつもと違った雰囲気だった」
「うん、まぁそれはね」
「ありがとう」
「どういたしまして」
ショッピングモールを出て、帰り道を歩く二人。何気ない日常の中にも、変わったものは存在する。そう思った時、梨咲が思っている変わったことというものは、そこまで必死になってまで見つけるものでもないのかもしれない。いつしか日常になった高杉との日常生活も、かつては変わったものだった。日を重ねることに日常へと溶け込んでいく。そして、特別感のない日常の中に溶け込む、春の夕方。そんな日常を送れていることが幸せだと気付いたのは、この時が初めてだった。
「物産展」
「そう、物産展。今回は食べ物らしい」
「なるほど、楽しそう」
「ちょっと珍しいものも置いてるらしいから、いいかと思って」
「楽しみになってきた」
「それは良かった」
急な提案だった。しかし、日常の中に溶け込んでいる食べ物というテーマで珍しいものが見られるというのは悪くない。提案を受けてもらえて、高杉も上機嫌で歩いていた。常に楽しそうにはしているのだが、今日はいつもとは違う表情に見えた。
ショッピングモールの扉を開けると過剰なまでの冷房が2人を出迎えた。中に入ると目の前には中央エントランスがあり、インフォメーションも兼ねているスペースだった。今日の物産展はよほど大きなイベントなのか、建物内にも大々的に垂れ幕が下がっていた。日本全国から食べ物が届いているらしい。
北海道から沖縄までの様々なものが並べられていた。建物の全体的な客の密度で見ると閑古鳥が泣いているように見えるのに物産展エリアだけは賑わっていた。
「納豆は食べられないんだよねー」
「俺は食べれるよ」
「え、あれ食べれるの?」
「うん、食べれるよ」
「高杉くんすごい」
「そんなに褒められることだったのか」
様々な納豆が並ぶエリアに来て、そんな話をする。梨咲は納豆が食べられない。味も匂いも食感も何もかもが拒絶するほど苦手だった。高杉が納豆を食べるというのは見栄っ張りではないようで、いろんな銘柄の納豆を見て回っていた。しかし、人にお勧めするほど大好きではないらしい。その勢いで梨咲に納豆を薦めてくることはなかった。
その後も高杉といろんなものを見て回った。外郎。じゃがいも。米。ぶどう。今までの社会の授業で聞いたことはあるような気がするものから、何一つ噂すら聞いたことのないようなものまで並んでいた。珍しいと言えば珍しい。高杉と日本の食べ物を見て回る時間は、あっという間に過ぎていく。高杉と二人で試食コーナーを回ったりしながら、食べ物の特徴についても話したりする。気がつけば夕方になっていた。
「変わったこと、できた?」
「うん、出来たかな。物産展に行くなんてこと今まで無かったしね」
「それは良かった」
「高杉くんは知ってたの?」
「この前調べてたんだよね。暇だったから」
「なるほど」
「開催は今日だけじゃなかったから、今日だけっていう特別感はないんだけど」
「それでも、なんかいつもと違った雰囲気だった」
「うん、まぁそれはね」
「ありがとう」
「どういたしまして」
ショッピングモールを出て、帰り道を歩く二人。何気ない日常の中にも、変わったものは存在する。そう思った時、梨咲が思っている変わったことというものは、そこまで必死になってまで見つけるものでもないのかもしれない。いつしか日常になった高杉との日常生活も、かつては変わったものだった。日を重ねることに日常へと溶け込んでいく。そして、特別感のない日常の中に溶け込む、春の夕方。そんな日常を送れていることが幸せだと気付いたのは、この時が初めてだった。
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