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Jesus Christ Too Far(神様が遠すぎる)
[To thePromised Land Ⅱ(約束の地へ)]
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昼過ぎにホッケンハイムに着き、そこで昼食を食べてドライバー交替。
今度は助手席にシュパンダウを乗せて、俺が国境から40kmほどフランスに入ったメッスの街まで運転する。
「何があった?」
運転を始めてしばらく経ったときシュパンダウに聞かれた。
「何も……」
「生死を共にした仲なんだぜ、それに俺は隊長に命を預けていた。隠し事は無しにしてくれ」
「実は、クリスマスまで待ちきれなくて、何度かパリに行ってみた」
「子供だな。で、どうだった? ジュリーには会えたのか?」
「2回目に行った時、偶然街で見かけた」
「さすが隊長、相変わらず鼻が利くねぇ」
「からかうな」
「すまねえ。それで会って話したのか?」
「いや」
「どうして」
「彼女は、1人じゃなかった」
「そりゃあ、友達くらいは居るだろうぜ」
「マルシュと一緒だった」
「俺達をパリから脱出するのを助けた、あの男か……」
「ああ、それに子供を抱いていた」
「子供!?」
「ああ、1歳くらいの子供を抱いていた」
「……それで?」
「それだけだ」
「それだけ!? 話はしなかったのか? おいおい、それじゃあ偵察は不十分じゃねえのか?」
「それで充分だろう」
「まさか、それ本気で言っているのか? 戦争中のアンタは、もっとこと細かく調べていたぜ」
「もう戦争は終わった」
「ったく……」
フランスに入る手前、国境の手前の街ザールブリュッケンに着いた時にはとっくに日が暮れて夜になっていた。
遅い夕食を済ませ、トラックのタンクとジェリカン(燃料携行缶)に燃料を入れ、国境の検問所を通る列に並ぶ。
「結構待たされるな」
「ああ、国境を越えるのは楽じゃねえ」
「よく通るのか?」
「ソーセージを運ぶときにな。そして帰りはワインを運ぶ」
「空では帰らないんだな」
「あったりめーよ。空で帰る余裕なんてねえ」
国境を越えてメッスに到着した頃には、とっくに日が変わっていた。
ここからはシュパンダウが運転して、俺はホルツと交代して荷台に積んであるベッドに座る。
シュパンダウに言われるまでもなく、戦争が終わってから確かに俺は臆病になった。
何故そうなってしまったのかは、自分でも分からない。
平和に慣れていないのか、それとも本当は戦争が好きだったのかも知れない……。
意外に荷台に用意されたベッドは快適だった。
しかもシュパンダウの奴、テーブルまで用意してそのテーブルには運転中に落ちないように籠が釘で固定されていてシュトレンやバームクーヘンといったクリスマス定番のお菓子やサラミソーセージが用意されていて、更に木箱にはビールも。
近い将来こういった車でバカンスを楽しむ時代が来るのかも知れないと思いながら、サラミを食いながらビールを飲んでベッドに横になった。
店の老婦人が注文を取りに来たので顔を上げると、丁度裏口から入って来る若い女性がいた。
ブロンドの長い髪は少し薄暗い電球の灯りを反射して周囲を鮮やかに明るく彩り、地味なこげ茶色の服の上にある白い肌を光り輝かせ、長いまつ毛が大きな青い瞳を神秘的に際立たせている。
キュンと高く伸びた鼻先は、プライドの象徴として何者の侵入をも寄せ付けない気品と威厳を纏い、華奢な体つきなのにキビキビとした動きはまるでバネの様な彼女の行動力を表している。
まるで戦場に突如として現れた、妖精。
しかし朝露を舐めながら優雅に森の中を飛び回るか弱い妖精ではなく、森に住む者達の自由を自らの手で守り抜く決意と行動力それに知恵を持ち合わせた戦う妖精。
ジャンヌダルク。
俺の目は、一目見た瞬間に彼女の虜にされた。
それがジュリーを初めて見たときの印象。
そしてそのあとルーアンに入る手前の村で親衛隊に虐殺されようとしていた村人を俺が救った話を一緒に居たオットー・ヘイム中佐が話し始めたとき、俺はそんな事で英雄視されるのは御免だからヤケになっていたと話したが、ジュリーは立派な行いだと言って褒めてくれ俺の為に乾杯までしてくれたうえに自ら次の日に合う約束までしてくれた。
次の日は約束の時間のだいぶ前に偶然クリーニング店でジュリーと出会い、その流れで一緒にカフェに行きそこでカフェオレを零してしまった俺はジュリーの叔父さんの家で風呂を借り、早退して戻ってきたジュリーとルーアンの街を案内してもらった。
ジュリーと出会って3日目。
同じ汽車でパリに行くことになったことが分かると、ジュリーは喜んでくれて何故か出発前に一緒に風呂に入って、そこで初めてお互いの体を求めあった。
前の汽車が空襲で脱線したため俺たちを乗せた汽車はその日ヴェルノンに停車した。
4日目はジュリーの知り合いの写真館で一緒に写真を撮り、パリで夜に会う約束をした後で別れた。
この日はヒトラー暗殺未遂事件があり、パリの街には戒厳令が敷かれ、その事を予め知っていたジュリーは待ち合わせ場所に地下鉄の駅を指定した。
ここで俺達を付け狙う親衛隊の少佐に銃を突き付けられ殺されそうになったが、ジュリーが逆に奴を退治してくれた。
俺はここでジュリーの正体を知り、マルシュと出会った。
そしてクリスマスの約束もした。
たった4日間の恋。
何を今更……。
「おーい! ルッツ、起きろー‼」
寝ているところをシュパンダウの大声で起こされた。
外に出て見ると周辺は赤く染められている。
“もう、こんな時間か……”
「ルッツ、見るのはそっちじゃねえ」
荷台の端に座ったまま空を見つめていると、シュパンダウがこっちに来るように合図を送る。
行ってみると、車は小高い丘に停車していて、夕日の落ちるパリ市が美しく真っ赤に染められていた。
もしもあの日1944年8月25日にコルティッツが降伏せずにヒトラーの命令を忠実に守っていたなら、この光景を見ても美しいとは思わず忌わしい思い出として映っていた事だろう。
真っ赤な夕焼けに包まれるパリ市を指さしてシュパンダウが慣れない英語で言った。
「Behold, that is the promised land of Paris(見よ、あれが約束の地パリだ!)」
これは預言者モーゼが終焉の地ネボ山で言った言葉“Behold, that is the promised land of Canaan!(見よ、あれが約束の地カナンだ)”をモジっている。
折角気を利かせて明言を言ったつもりだろうが、シュパンダウは間違えている。
モーゼは結局約束の地に辿り着くことはなく、そのネボ山で亡くなっている。
だが、俺は必ず約束の地に立つだろう。
今度は助手席にシュパンダウを乗せて、俺が国境から40kmほどフランスに入ったメッスの街まで運転する。
「何があった?」
運転を始めてしばらく経ったときシュパンダウに聞かれた。
「何も……」
「生死を共にした仲なんだぜ、それに俺は隊長に命を預けていた。隠し事は無しにしてくれ」
「実は、クリスマスまで待ちきれなくて、何度かパリに行ってみた」
「子供だな。で、どうだった? ジュリーには会えたのか?」
「2回目に行った時、偶然街で見かけた」
「さすが隊長、相変わらず鼻が利くねぇ」
「からかうな」
「すまねえ。それで会って話したのか?」
「いや」
「どうして」
「彼女は、1人じゃなかった」
「そりゃあ、友達くらいは居るだろうぜ」
「マルシュと一緒だった」
「俺達をパリから脱出するのを助けた、あの男か……」
「ああ、それに子供を抱いていた」
「子供!?」
「ああ、1歳くらいの子供を抱いていた」
「……それで?」
「それだけだ」
「それだけ!? 話はしなかったのか? おいおい、それじゃあ偵察は不十分じゃねえのか?」
「それで充分だろう」
「まさか、それ本気で言っているのか? 戦争中のアンタは、もっとこと細かく調べていたぜ」
「もう戦争は終わった」
「ったく……」
フランスに入る手前、国境の手前の街ザールブリュッケンに着いた時にはとっくに日が暮れて夜になっていた。
遅い夕食を済ませ、トラックのタンクとジェリカン(燃料携行缶)に燃料を入れ、国境の検問所を通る列に並ぶ。
「結構待たされるな」
「ああ、国境を越えるのは楽じゃねえ」
「よく通るのか?」
「ソーセージを運ぶときにな。そして帰りはワインを運ぶ」
「空では帰らないんだな」
「あったりめーよ。空で帰る余裕なんてねえ」
国境を越えてメッスに到着した頃には、とっくに日が変わっていた。
ここからはシュパンダウが運転して、俺はホルツと交代して荷台に積んであるベッドに座る。
シュパンダウに言われるまでもなく、戦争が終わってから確かに俺は臆病になった。
何故そうなってしまったのかは、自分でも分からない。
平和に慣れていないのか、それとも本当は戦争が好きだったのかも知れない……。
意外に荷台に用意されたベッドは快適だった。
しかもシュパンダウの奴、テーブルまで用意してそのテーブルには運転中に落ちないように籠が釘で固定されていてシュトレンやバームクーヘンといったクリスマス定番のお菓子やサラミソーセージが用意されていて、更に木箱にはビールも。
近い将来こういった車でバカンスを楽しむ時代が来るのかも知れないと思いながら、サラミを食いながらビールを飲んでベッドに横になった。
店の老婦人が注文を取りに来たので顔を上げると、丁度裏口から入って来る若い女性がいた。
ブロンドの長い髪は少し薄暗い電球の灯りを反射して周囲を鮮やかに明るく彩り、地味なこげ茶色の服の上にある白い肌を光り輝かせ、長いまつ毛が大きな青い瞳を神秘的に際立たせている。
キュンと高く伸びた鼻先は、プライドの象徴として何者の侵入をも寄せ付けない気品と威厳を纏い、華奢な体つきなのにキビキビとした動きはまるでバネの様な彼女の行動力を表している。
まるで戦場に突如として現れた、妖精。
しかし朝露を舐めながら優雅に森の中を飛び回るか弱い妖精ではなく、森に住む者達の自由を自らの手で守り抜く決意と行動力それに知恵を持ち合わせた戦う妖精。
ジャンヌダルク。
俺の目は、一目見た瞬間に彼女の虜にされた。
それがジュリーを初めて見たときの印象。
そしてそのあとルーアンに入る手前の村で親衛隊に虐殺されようとしていた村人を俺が救った話を一緒に居たオットー・ヘイム中佐が話し始めたとき、俺はそんな事で英雄視されるのは御免だからヤケになっていたと話したが、ジュリーは立派な行いだと言って褒めてくれ俺の為に乾杯までしてくれたうえに自ら次の日に合う約束までしてくれた。
次の日は約束の時間のだいぶ前に偶然クリーニング店でジュリーと出会い、その流れで一緒にカフェに行きそこでカフェオレを零してしまった俺はジュリーの叔父さんの家で風呂を借り、早退して戻ってきたジュリーとルーアンの街を案内してもらった。
ジュリーと出会って3日目。
同じ汽車でパリに行くことになったことが分かると、ジュリーは喜んでくれて何故か出発前に一緒に風呂に入って、そこで初めてお互いの体を求めあった。
前の汽車が空襲で脱線したため俺たちを乗せた汽車はその日ヴェルノンに停車した。
4日目はジュリーの知り合いの写真館で一緒に写真を撮り、パリで夜に会う約束をした後で別れた。
この日はヒトラー暗殺未遂事件があり、パリの街には戒厳令が敷かれ、その事を予め知っていたジュリーは待ち合わせ場所に地下鉄の駅を指定した。
ここで俺達を付け狙う親衛隊の少佐に銃を突き付けられ殺されそうになったが、ジュリーが逆に奴を退治してくれた。
俺はここでジュリーの正体を知り、マルシュと出会った。
そしてクリスマスの約束もした。
たった4日間の恋。
何を今更……。
「おーい! ルッツ、起きろー‼」
寝ているところをシュパンダウの大声で起こされた。
外に出て見ると周辺は赤く染められている。
“もう、こんな時間か……”
「ルッツ、見るのはそっちじゃねえ」
荷台の端に座ったまま空を見つめていると、シュパンダウがこっちに来るように合図を送る。
行ってみると、車は小高い丘に停車していて、夕日の落ちるパリ市が美しく真っ赤に染められていた。
もしもあの日1944年8月25日にコルティッツが降伏せずにヒトラーの命令を忠実に守っていたなら、この光景を見ても美しいとは思わず忌わしい思い出として映っていた事だろう。
真っ赤な夕焼けに包まれるパリ市を指さしてシュパンダウが慣れない英語で言った。
「Behold, that is the promised land of Paris(見よ、あれが約束の地パリだ!)」
これは預言者モーゼが終焉の地ネボ山で言った言葉“Behold, that is the promised land of Canaan!(見よ、あれが約束の地カナンだ)”をモジっている。
折角気を利かせて明言を言ったつもりだろうが、シュパンダウは間違えている。
モーゼは結局約束の地に辿り着くことはなく、そのネボ山で亡くなっている。
だが、俺は必ず約束の地に立つだろう。
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