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Surrender, retreat, or die(降伏か撤退か、それとも死か)
[Surrender, retreat, or dieⅢ(降伏か撤退か、それとも死か)]
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パリ北駅の手前で連合軍の検問があり、これより先に行かないように命令された。
ときおり狙撃兵らしい単発の射撃音が響き、その後に応戦する連合軍部隊の銃声が聞こえていた。
私がジョンソン中尉からもらった通行許可証を見せて先を急いでいると伝えると、受け取った軍曹はいぶかし気な顔をして上官である少尉を呼び、渡された紙を見た少尉は慌てて大尉に聞いていた。
名前は知っていても誰もド・ゴールやルクレール、それにレナード・T・ジェロー少将の3人のサインを一度に見たものは居ないから、それこそ豪華すぎて判断に迷うのも当たり前。
しかもこの通行許可証には私について本人確認以外に、目的を聞いたり身体検査をおこなったりしてはならないと書かれているばかりか、同乗者も同じとさえ書かれてある。
まさに特別な任務の為に使われる最高級の通行許可証。
でも一応大尉からは、これより先に進む危険と、護衛が必要なら直ぐにでも手配する旨を伝えらえたが、私は丁寧に断って先を急いだ。
「凄いね、まるで大物スパイだ。ジュリー君は一体何者なの?」
「私は何者でもないわ」
パリ警察本部で合ったド・ゴールやルクレールの会話から、ジュリーの亡くなったお父さんが彼等と何らかの繋がりが有り、2人の表情からジュリーの事も昔から知っているように見えた。
ふつう他人であれば、ジュリーの様な美人を前にすると目はギラギラするのが当たり前で、実際にジョンソン中尉の眼はギラギラと輝いていた。
しかしド・ゴールやルクレールの2人ともが、まるで幼い女の子を見守るような愛おしい眼でジュリーを見ていた。
こういう目は幼少期を知る人物が、その面影に照らし合わして相手を見る時の特徴的な眼差しで、代償や見返りを求めない家族愛的な愛がなければ普通にはできない眼差しだ。
「ねえ、クルーガー少尉、チョッと聞いていい?」
「なに?」
相変わらずジュリーは前を向いたまま、僕とは目を合わせずに聞いてくる。
「アナタってどうして、そんなに詮索するのが好きなの?」
おそらく彼女は僕の、そういう所が嫌いなんだと直ぐに分かる。
「僕は真実が知りたいんだ。けれども他人に真実を伝える事は勇気のいる事だし、時には危険を伴う行為だろ? だから色々と聞いて自分で答えを探す。詮索好きと言われても仕方ないね」
「どうして空軍に? しかも偵察機に乗るなんて、戦闘機や対空砲の餌食になるようなモノなのに」
「さっきも練習以外に銃を撃ったことがないと言ったけれど、元々人を殺して英雄になろうなんて気はこれっぽっちも無いから戦闘機には乗らない。偵察機こそが僕の脳を心地よく刺激してくれるんだ」
「脳を刺激する? なにそれ?」
「偵察機の任務とは作戦の立案段階で重要な情報を得る事だろう? 自分が見て写真に収めた風景が、どの様に作戦に行かされるのか想像するのが楽しい。つまり僕の見立てた作戦と軍令部の作戦を比較するのさ」
「変わっているのね、でも面白いわ。で、見立てどうりの作戦になったの?」
「まあ大体はね」
「違うのもあったのね」
「ああ。僕の見立てと違って最も悲惨だったのは1941年4月北アフリカにおけるエルウィン・ロンメルによるトブルク作戦で、僕は彼の作戦を読んでいたにも関わらすイギリス軍は作戦を見誤った。そしてその逆が1942年7月に行われたエル・アラメインの戦い。あの時は胸のすくような戦いざまだったなあ」
「まあ呆れた、実際に多くの人が死んでいるのに、まるでゲーム感覚じゃない」
「仕方ないだろう。この戦争で僕の様な人間が出来るのは現実を回避する事だけなんだから。それが機関銃もない偵察機乗りに許された唯一の特権なのさ」
どんな偵察機に乗っているのかは分からないけれど、少なくとも1941の北アフリカ戦線から1944年の現在に至るまで偵察任務を続けて生き伸びているこの男は、自分で言うよりもかなりパイロットとして腕がいいか途方もない幸運の持ち主のどちらかに違いない。
ルッツを連れたマルシュたちに出合うには、時間と場所が一致しないと叶わない。
折角興味を持っているのだから、このクルーガー少尉の運に賭けてみよう。
「どこから外に出る?」
「今は、どの辺りだ?」
「終点のポルト・ド・クリニャンクールの手前約1キロ」
「残る出口は?」
「この先に坑道はないし、18区は下水道が狭いからこれを使って地上に上がるのは危険だ」
「臭いで居場所が分かっちまうんだな」
「そうだ」
「残る出口は終点のポルト・ド・クリニャンクールか、その手前のサンプロン、そして直ぐそこのシャトー・ルージュの3カ所だけ」
「メトロ12号線との連絡通路は?」
「ありません」
煙草の灯りで地図を見ていたルッツの決断に輪になっている皆の注目が集まる。
ルッツが地図の一点を指で押さえる。
場所はサンプロン。
「ここからは?」
マルシュがルッツに尋ねる。
「ここからは、俺達だけで行く」
「どうして!?」
「この先からは地上区間だ。もし万が一知り合いにでも見られたら、これから知り合う人間に見られたら君たちに迷惑がかかる」
「そんなのは最初から」
「いや、これは君たちの将来、そして俺たちの将来にも関わる問題だ。これ以上無理は許されない。お互いにいま表向きには敵同士でないといけないんだ」
「……分かりました。では駅を出るまで、見送らせてください」
「有り難う」
「シャルル、車を止めて!」
もし私がルッツなら地下鉄4号線か12号線を使って北に向かうはず。
そして終着駅を避けて、その前に地上に出る。
丁度ここは地図上で4号線と12号線が交差する、12号線のマルカデ駅。
12号線は中心部を避ける様にパリ市の西側を通っているから、パリ市の東側のディタリー広場付近を守っているルッツがこの12号線を利用するとすれば、シャトー・ルージュから裏通りを使ってここに入るはず。
路地を曲がったところで車を止めて、降りようとしたときにクルーガー少尉に手を掴まれた。
「なに?」
「もっと話を聞かせて」
「なんの?」
「そのドイツ兵の話し」
ときおり狙撃兵らしい単発の射撃音が響き、その後に応戦する連合軍部隊の銃声が聞こえていた。
私がジョンソン中尉からもらった通行許可証を見せて先を急いでいると伝えると、受け取った軍曹はいぶかし気な顔をして上官である少尉を呼び、渡された紙を見た少尉は慌てて大尉に聞いていた。
名前は知っていても誰もド・ゴールやルクレール、それにレナード・T・ジェロー少将の3人のサインを一度に見たものは居ないから、それこそ豪華すぎて判断に迷うのも当たり前。
しかもこの通行許可証には私について本人確認以外に、目的を聞いたり身体検査をおこなったりしてはならないと書かれているばかりか、同乗者も同じとさえ書かれてある。
まさに特別な任務の為に使われる最高級の通行許可証。
でも一応大尉からは、これより先に進む危険と、護衛が必要なら直ぐにでも手配する旨を伝えらえたが、私は丁寧に断って先を急いだ。
「凄いね、まるで大物スパイだ。ジュリー君は一体何者なの?」
「私は何者でもないわ」
パリ警察本部で合ったド・ゴールやルクレールの会話から、ジュリーの亡くなったお父さんが彼等と何らかの繋がりが有り、2人の表情からジュリーの事も昔から知っているように見えた。
ふつう他人であれば、ジュリーの様な美人を前にすると目はギラギラするのが当たり前で、実際にジョンソン中尉の眼はギラギラと輝いていた。
しかしド・ゴールやルクレールの2人ともが、まるで幼い女の子を見守るような愛おしい眼でジュリーを見ていた。
こういう目は幼少期を知る人物が、その面影に照らし合わして相手を見る時の特徴的な眼差しで、代償や見返りを求めない家族愛的な愛がなければ普通にはできない眼差しだ。
「ねえ、クルーガー少尉、チョッと聞いていい?」
「なに?」
相変わらずジュリーは前を向いたまま、僕とは目を合わせずに聞いてくる。
「アナタってどうして、そんなに詮索するのが好きなの?」
おそらく彼女は僕の、そういう所が嫌いなんだと直ぐに分かる。
「僕は真実が知りたいんだ。けれども他人に真実を伝える事は勇気のいる事だし、時には危険を伴う行為だろ? だから色々と聞いて自分で答えを探す。詮索好きと言われても仕方ないね」
「どうして空軍に? しかも偵察機に乗るなんて、戦闘機や対空砲の餌食になるようなモノなのに」
「さっきも練習以外に銃を撃ったことがないと言ったけれど、元々人を殺して英雄になろうなんて気はこれっぽっちも無いから戦闘機には乗らない。偵察機こそが僕の脳を心地よく刺激してくれるんだ」
「脳を刺激する? なにそれ?」
「偵察機の任務とは作戦の立案段階で重要な情報を得る事だろう? 自分が見て写真に収めた風景が、どの様に作戦に行かされるのか想像するのが楽しい。つまり僕の見立てた作戦と軍令部の作戦を比較するのさ」
「変わっているのね、でも面白いわ。で、見立てどうりの作戦になったの?」
「まあ大体はね」
「違うのもあったのね」
「ああ。僕の見立てと違って最も悲惨だったのは1941年4月北アフリカにおけるエルウィン・ロンメルによるトブルク作戦で、僕は彼の作戦を読んでいたにも関わらすイギリス軍は作戦を見誤った。そしてその逆が1942年7月に行われたエル・アラメインの戦い。あの時は胸のすくような戦いざまだったなあ」
「まあ呆れた、実際に多くの人が死んでいるのに、まるでゲーム感覚じゃない」
「仕方ないだろう。この戦争で僕の様な人間が出来るのは現実を回避する事だけなんだから。それが機関銃もない偵察機乗りに許された唯一の特権なのさ」
どんな偵察機に乗っているのかは分からないけれど、少なくとも1941の北アフリカ戦線から1944年の現在に至るまで偵察任務を続けて生き伸びているこの男は、自分で言うよりもかなりパイロットとして腕がいいか途方もない幸運の持ち主のどちらかに違いない。
ルッツを連れたマルシュたちに出合うには、時間と場所が一致しないと叶わない。
折角興味を持っているのだから、このクルーガー少尉の運に賭けてみよう。
「どこから外に出る?」
「今は、どの辺りだ?」
「終点のポルト・ド・クリニャンクールの手前約1キロ」
「残る出口は?」
「この先に坑道はないし、18区は下水道が狭いからこれを使って地上に上がるのは危険だ」
「臭いで居場所が分かっちまうんだな」
「そうだ」
「残る出口は終点のポルト・ド・クリニャンクールか、その手前のサンプロン、そして直ぐそこのシャトー・ルージュの3カ所だけ」
「メトロ12号線との連絡通路は?」
「ありません」
煙草の灯りで地図を見ていたルッツの決断に輪になっている皆の注目が集まる。
ルッツが地図の一点を指で押さえる。
場所はサンプロン。
「ここからは?」
マルシュがルッツに尋ねる。
「ここからは、俺達だけで行く」
「どうして!?」
「この先からは地上区間だ。もし万が一知り合いにでも見られたら、これから知り合う人間に見られたら君たちに迷惑がかかる」
「そんなのは最初から」
「いや、これは君たちの将来、そして俺たちの将来にも関わる問題だ。これ以上無理は許されない。お互いにいま表向きには敵同士でないといけないんだ」
「……分かりました。では駅を出るまで、見送らせてください」
「有り難う」
「シャルル、車を止めて!」
もし私がルッツなら地下鉄4号線か12号線を使って北に向かうはず。
そして終着駅を避けて、その前に地上に出る。
丁度ここは地図上で4号線と12号線が交差する、12号線のマルカデ駅。
12号線は中心部を避ける様にパリ市の西側を通っているから、パリ市の東側のディタリー広場付近を守っているルッツがこの12号線を利用するとすれば、シャトー・ルージュから裏通りを使ってここに入るはず。
路地を曲がったところで車を止めて、降りようとしたときにクルーガー少尉に手を掴まれた。
「なに?」
「もっと話を聞かせて」
「なんの?」
「そのドイツ兵の話し」
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