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Surrender, retreat, or die(降伏か撤退か、それとも死か)

[Surrender, retreat, or dieⅠ(降伏か撤退か、それとも死か)]

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「ねえジュリー、チョッと聞いても良い?」

 クルーガー少尉が、ジュリーに聞く。

「駄目よ!」

「……」

 ジュリーは車の窓から進行方向を睨んだまま、僕の投げた言葉を叩き潰すようにピシャリと言った。


 でも、そんな事に挫ける僕じゃない。


「市内北部は、まだドイツ兵が残って居るかも知れないから危険だってあのシャンソン中尉も言っていたよね」

「嫌なら降りれば」

「……」

 ここでも僕の話しに全然興味がない事を表しているが、それは構わない。


「そんな危険地帯にノコノコ行くと言うことは、屹度そこに大切な人が居るって言うことなんだね」

「――」

 今度は無視。


「君がシャンソン中尉に部隊配置を一切聞かなかったと言うことは、お目当ての人は連合軍関係者では無い事は分った。それに警察署で君は電話を掛けて残念そうにしていたから、レジスタンスの仲間でもなさそうだと思う。レジスタンスの仲間なら電話で用事が済んだと言うことになるからこうして出歩く必要はないし、出歩く要件が残って居た場合は、他のレジスタンス組織に電話を掛けて聞くか用件を伝えれば事は足りるだろう? そしてシャンソン中尉がM3装甲車を護衛に付けると言ってくれた好意に対して、君は考える事もなく即座に断った」

「うるさいわね、気が散るから話し掛けないで頂戴! 今はアナタの話しを聞いている暇は無いの。そして何度も間違えているようだから教えてあげるけれど、アメリカ軍のあの中尉は“シャンソン”ではなくて“ジョンソン中尉”よ!」

「あれっ、僕さっき言い間違えていた?」

「間違えていたわよ。しかも、さっきだけじゃ無く最初から3回も」


「なぁ~んだ。無視しているから聞いてないと思っていたのに、チャンと聞いているじゃないか」

「騙したのね! この卑怯者!」

「騙したのは君の方さ。ジョンソン中尉がM3装甲車を出すと言った時それを受けていて、しかもこの車を捨てなければドイツ兵に狙われるのは後ろからノコノコ後ろから付いて来るM3装甲車の方で、この車はドイツ兵からは狙われないと言うのに見事にジョンソン中尉を騙したよね」

「どうしてM3装甲車が後ろから付いてきているのに、この車が安全でいられるの!?」

「そりゃあ、このスピードで走っていたら行先も知らされていないM3装甲車は何所の路地を曲がれば良いのか分からないから付いて行くのがやっと。だからドイツ兵から見ても、この車は逃げているようにしか見えないし、そもそもトラックが装甲車両の先頭を走る事自体がおかしいだろっ?」

「なるほど、そう見えると言う考え方もあるのね。参考になったわ、有り難う」

 ジュリーはまたしてもここで話を打ち切ろうとしたが、僕は逃がさない。


「とぼけちゃ駄目だよ」

「とぼける? 私が、一体何のために?」

「つまり君がM3装甲車に着いて来て欲しくなかったのは、着物探し物が連合軍にとって好ましくない物と言うことだ」

「どうして、そう言えるの?」

 ジュリーは進行方向に顔を向けたまま、聞き返した。


「目的が武装したドイツ兵だからさ」

「……」

 ジュリーは、また黙ってしまった。

 そして暫く経ってからシャルルに車を止める様に言った。

「僕の推理が合っていたんだね」


「ええ、だから2人とも車を降りて」

「何故!?」

 ジュリーが僕たちの安全を思って言ってくれているということは聞くまでもなく分かっていたが、どうしても答えを直に聞きたかった。

 おそらくジュリーのほうも僕の意図を察したのだと思うが、少し呆れた表情で僕を睨んだあと話してくれた。


「これは私たち3人の今後のために大切なことだから正直に話すわ。私の目的はクルーガー少尉の言う通り、ドイツ兵に会いに行くこと。そしてできればそのドイツ兵に降伏をさせて投降を促すこと」

「もし、できなければ?」


「そのまま逃がす」

「逃がす……何故?」


「好きな人だから」

「好きな人?」


「その人は、ルーアンの村で親衛隊にレジスタンス活動を疑われ虐殺されようとしていた村人たちの盾になってくれ、武力や暴力などを使わずに自分と同じ様にカーンからルーアンに撤退していた見ず知らずの国防軍兵士たちを味方につけて人間の壁となる事で村人の虐殺を止めたわ」

「つまり、恩返し。というわけ?」

「いいえ、私は、そのこころざしを受け継ぎたいの」



「志を受け継ぐとは?」

「ドイツ軍にとってレジスタンスは悩みの種。だから協力者狩りは親衛隊やゲシュタポにとっては日常的なこと。だけど全てのレジスタンスが人間的に敵なのか、また全てのドイツ兵が敵なのかというと、私は違うと思うの。現にルーアンで私が勤めていた軍政局の中佐は、ドイツ軍の利益よりも先ず本来の目的であるルーアンの治安維持に努めていたわ」


「だからと言って、敵をワザワザ逃がす行為は……」


「でもいくら戦争だから、いくら敵だからと言って、全てのドイツ兵をまるで害虫の様に叩き潰して良いとは私は思わない! 降伏しなくても、生きて逃がしてあげたい! 同じ命のある者として信頼関係を築くことが出来れば、その国を治める者がどんなに狂気じみた人間であろうとも戦争を防ぐことが出来るのではないかと私は思うの。私がここで救った1人の命で10人の連合軍兵士が殺されるという疑いではなく、ここで救った1人の命の為に10人の連合軍兵士が救われる希望を持っていたいの!」

 気丈なジュリーが、そこまで言うと胸を詰まらせた。


 大きく見開かれた瞳に涙がにじみ、嗚咽を抑える様に胸が大きく上下する。

 彼女が僕たちを降ろす理由は、僕たちを巻き添えにしたくないから。

 世間の考えはまだジュリーの考えには遠く及ばない。


 ドイツに協力したコラボラシオンたちは、やがて粛清されるだろう。

 当然このことがバレたならシャルルはコラボラシオンとして裁きにあい、僕は軍人として軍法会議で罰せられる。

 ジュリーだってただでは済まない。

 いやド・ゴールやルクレール将軍に近いからこそ、ジュリーは全てを失う可能性もある。
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