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Surrender, retreat, or die(降伏か撤退か、それとも死か)
[Escape from Paris Ⅲ(パリからの脱出)]
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サン・ミッシェルから点検用の縦穴を使い地下鉄の線路伝いにメトロ5号線のガール・ドルレアン駅を通り抜け、そこから坑道を使ってメトロ10号線に入った俺たちはジュシーの手前、10号線と4号線が並走する区間で4号線を使って無事セーヌ川の下を潜り抜けることに成功した。
次のサリー・モーランド駅からは対向式ホームが続く。
島式ホームの場合はホームに立っている歩哨からは直接目視されることはないので、その足元を上手く通り抜ける事が出来れば左程問題はないが、対向式ホームでは両サイドに居る歩哨のどちらかの視界に入ってしまう。
まだホームに入る前の真っ暗なトンネルの中からホームの様子を窺うと、寂し気にランプが灯るサリー・モーランド駅の対向式ホームには見ごとに両サイドに歩哨が立っていた。
「どうする!?」
マルシュに聞かれたが、良い考えが思い浮かばない。
7月20日の戒厳令の夜に俺はジュリーに教えられてサン・ミッシェルからバスティーユまで地下鉄線路沿いに向かったが、その時警戒に当たっていたのはドイツ国防軍の兵士たちで、警備はまるでザル状態で俺はまんまとホテルまで辿り着けた。
だが連合軍の警備体制は、まるで違う。
正直、兵士や戦車の数が同じで航空機からの攻撃が無ければ連合軍に負ける気はしないが、兵站や警備などの直接戦闘に関わらない部分に関して圧倒的に我々ドイツ軍は連合軍に劣っている。
「Je vais sortir au sol puis entrer dans la station de métro pour attirer les soldats. Brisez cet écart !」
ピエールと言うレジスタンスが、なにかをマルシュに言った。
フランス語は分からないがメトロと言う単語は拾えたので、何をするつもりかと聞いた。
「ピエールが、一旦地上に出てからメトロの駅に入って騒ぎを起こすから、そのうちに突破してくれと言っています。俺もそれしかないと思います。どうでしょう?」
「いや、駄目だ。それでこの駅は突破できたとしても、対向式ホームはここだけじゃない」
これ以上マルシュたちに迷惑を掛けるわけにはいかない。
「マルシュ、そしてピエール、ジャン、君たちのおかげで無事セーヌ川を渡る事が出来た。ここからは俺達だけで充分だ。色々と有り難う」
「有り難うって、一体どうするつもりなんだ!?」
「俺達だけで何とか切り抜けてみせる」
「駄目だ、ルッツ! 周囲は連合軍と調子に乗ったレジスタンスばかりなんだぞ、撃ち合いにでもなれば周り中敵だらけになって、それこそ逃げ道がなくなってしまう」
「それでも構わない。どうせ、どこかで死ぬ身だ」
「馬鹿野郎!」
ルッツの投げやりな言葉に、俺はつい奴の胸倉を掴んでいた。
「俺だって好きで貴様を助けている訳じゃねえ! いつもなら、お前たちが街中で銃撃戦を始めて勝手に死んでくれても構わねえ。だが今は違う! 俺はジュリーにお前の事を頼まれた」
「俺の事を?」
「ああ、この降伏のお膳立てをしたのはジュリーだ。そのジュリーがド・ゴールとの詳細な打ち合わせのためにランブイエに立つ前に、お前の事を俺に託した」
「ジュリーが……」
「ジュリーは、コルティッツがドイツ兵に降伏命令を出すまでに自分が戻って来る事が出来なかった場合、ルッツがその降伏に従わなければ自分に代わってルッツを説得してくれと俺に頼んだ」
「それで、俺が降伏を拒否した時には逃亡を手引きしろと?」
「いや、ジュリーは、そこまでは言わなかった」
「では何故、こんな危険な事に手を貸した。ドイツ兵を逃がしたことが他のレジスタンスや市民にバレたら、タダでは済まないぞ!」
ルッツの問いに、咄嗟に答えることが出来なかった。
たしかに俺達レジスタンスは、征服者であるドイツ人に反発して抵抗運動をしている。
協力するなんて“もってのほか”で、バレたらリンチに遭ってもおかしくはない。
だが全てのドイツ人が“悪”なのか?
全てのドイツ人の行動や自由を阻害して苦しませなければならないのか?
どんなに人格的に優れたドイツ兵であっても、殺さなければならないのか?
いや、違う。
全てのドイツ人やドイツ兵を憎んでいるだけでは戦争は終わらない。
その事はジュリーがコルティッツを信用して交渉にあたった事で、既にパリがパリのままの状態で解放された事によって立証されている。
「ピエール、ジャン。2人はここで帰ってくれ」
「なんだって!? ここまで来たのに、いきなり“帰れ“はねえだろう! じゃあマルシュは、どうするんだ?」
「この先は俺だけで案内する」
「バカヤロー自分だけ、良い恰好するんじゃねえ! 俺も行く!」
フランス語は分からないので何を話しているのかピンとこないが、何だかレジスタンス同士が仲間割れを起こしている事だけは分る。
ただしこれが俺達に危害が及ぶような仲間割れではなくて、俺達をどう助けるかと言うことに対しての仲間割れである事も。
さすがにジュリーの仲間だけの事はあって、どいつも心底良い奴らしい。
「こっちだ!」
急に今まで黙っていたジャンが喋ったと思うと、ある方向に歩き出した。
真っ暗で何も見えなかったが、どうやらジャンの行く先には人一人が潜れるくらいの小さな穴が開いている。
“下水道!”
思わぬバイパスの出現に嬉しいが、その正体が強烈な臭いで分かる所が何とも言えない戦場を感じさせる。
次のサリー・モーランド駅からは対向式ホームが続く。
島式ホームの場合はホームに立っている歩哨からは直接目視されることはないので、その足元を上手く通り抜ける事が出来れば左程問題はないが、対向式ホームでは両サイドに居る歩哨のどちらかの視界に入ってしまう。
まだホームに入る前の真っ暗なトンネルの中からホームの様子を窺うと、寂し気にランプが灯るサリー・モーランド駅の対向式ホームには見ごとに両サイドに歩哨が立っていた。
「どうする!?」
マルシュに聞かれたが、良い考えが思い浮かばない。
7月20日の戒厳令の夜に俺はジュリーに教えられてサン・ミッシェルからバスティーユまで地下鉄線路沿いに向かったが、その時警戒に当たっていたのはドイツ国防軍の兵士たちで、警備はまるでザル状態で俺はまんまとホテルまで辿り着けた。
だが連合軍の警備体制は、まるで違う。
正直、兵士や戦車の数が同じで航空機からの攻撃が無ければ連合軍に負ける気はしないが、兵站や警備などの直接戦闘に関わらない部分に関して圧倒的に我々ドイツ軍は連合軍に劣っている。
「Je vais sortir au sol puis entrer dans la station de métro pour attirer les soldats. Brisez cet écart !」
ピエールと言うレジスタンスが、なにかをマルシュに言った。
フランス語は分からないがメトロと言う単語は拾えたので、何をするつもりかと聞いた。
「ピエールが、一旦地上に出てからメトロの駅に入って騒ぎを起こすから、そのうちに突破してくれと言っています。俺もそれしかないと思います。どうでしょう?」
「いや、駄目だ。それでこの駅は突破できたとしても、対向式ホームはここだけじゃない」
これ以上マルシュたちに迷惑を掛けるわけにはいかない。
「マルシュ、そしてピエール、ジャン、君たちのおかげで無事セーヌ川を渡る事が出来た。ここからは俺達だけで充分だ。色々と有り難う」
「有り難うって、一体どうするつもりなんだ!?」
「俺達だけで何とか切り抜けてみせる」
「駄目だ、ルッツ! 周囲は連合軍と調子に乗ったレジスタンスばかりなんだぞ、撃ち合いにでもなれば周り中敵だらけになって、それこそ逃げ道がなくなってしまう」
「それでも構わない。どうせ、どこかで死ぬ身だ」
「馬鹿野郎!」
ルッツの投げやりな言葉に、俺はつい奴の胸倉を掴んでいた。
「俺だって好きで貴様を助けている訳じゃねえ! いつもなら、お前たちが街中で銃撃戦を始めて勝手に死んでくれても構わねえ。だが今は違う! 俺はジュリーにお前の事を頼まれた」
「俺の事を?」
「ああ、この降伏のお膳立てをしたのはジュリーだ。そのジュリーがド・ゴールとの詳細な打ち合わせのためにランブイエに立つ前に、お前の事を俺に託した」
「ジュリーが……」
「ジュリーは、コルティッツがドイツ兵に降伏命令を出すまでに自分が戻って来る事が出来なかった場合、ルッツがその降伏に従わなければ自分に代わってルッツを説得してくれと俺に頼んだ」
「それで、俺が降伏を拒否した時には逃亡を手引きしろと?」
「いや、ジュリーは、そこまでは言わなかった」
「では何故、こんな危険な事に手を貸した。ドイツ兵を逃がしたことが他のレジスタンスや市民にバレたら、タダでは済まないぞ!」
ルッツの問いに、咄嗟に答えることが出来なかった。
たしかに俺達レジスタンスは、征服者であるドイツ人に反発して抵抗運動をしている。
協力するなんて“もってのほか”で、バレたらリンチに遭ってもおかしくはない。
だが全てのドイツ人が“悪”なのか?
全てのドイツ人の行動や自由を阻害して苦しませなければならないのか?
どんなに人格的に優れたドイツ兵であっても、殺さなければならないのか?
いや、違う。
全てのドイツ人やドイツ兵を憎んでいるだけでは戦争は終わらない。
その事はジュリーがコルティッツを信用して交渉にあたった事で、既にパリがパリのままの状態で解放された事によって立証されている。
「ピエール、ジャン。2人はここで帰ってくれ」
「なんだって!? ここまで来たのに、いきなり“帰れ“はねえだろう! じゃあマルシュは、どうするんだ?」
「この先は俺だけで案内する」
「バカヤロー自分だけ、良い恰好するんじゃねえ! 俺も行く!」
フランス語は分からないので何を話しているのかピンとこないが、何だかレジスタンス同士が仲間割れを起こしている事だけは分る。
ただしこれが俺達に危害が及ぶような仲間割れではなくて、俺達をどう助けるかと言うことに対しての仲間割れである事も。
さすがにジュリーの仲間だけの事はあって、どいつも心底良い奴らしい。
「こっちだ!」
急に今まで黙っていたジャンが喋ったと思うと、ある方向に歩き出した。
真っ暗で何も見えなかったが、どうやらジャンの行く先には人一人が潜れるくらいの小さな穴が開いている。
“下水道!”
思わぬバイパスの出現に嬉しいが、その正体が強烈な臭いで分かる所が何とも言えない戦場を感じさせる。
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