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Surrender, retreat, or die(降伏か撤退か、それとも死か)
[Escape from Paris Ⅱ(パリからの脱出)]
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警察署から仲間たちのアジトであるローランの自転車工場に電話を掛けると、マルシュはピエールとジャンの3人でドイツ兵の所に行ったきりマダ戻って来てないと言うことだった。
彼は私との約束を果たそうとしてくれている。
ルッツは相手がレジスタンスでも無暗に殺すような人ではないし、そのルッツを慕う部下たちもまた同じ。
しかもマルシュは交渉のために必ず私の名前を出すはずだから、もしあの夜に彼と出会ったことを覚えていなくても酷いことは絶対にしない。
この代理交渉はマルシュとレジスタンスの仲間たちさえイイ子にしていれば、危険が及ぶことはないのだ。
マルシュ自身もその事をよく理解していたのか、必要以上に仲間たちにプレッシャーを掛けて御供はピエールとジャンの2人のみにした。
さすがマルシュ。 良く状況を分かっている。
もしも臆病風に吹かれた誰かがルッツたちの誰かに銃を向けてしまえば必ず銃撃戦になってしまうし、降伏の交渉が破談になった後の判断は口外されてはマズい場合も必ずある。
その点ピエールは幼馴染でマルシュにとっては弟みたいなものだし、ジャンは元々寡黙な坑夫で信用できる人間だから間違いはない。
トンネル工事にも詳しいジャンが仲間に加わっていると言うことは、ひょっとすると……。
「やあ、お待たせ! 将軍がトビっきりの通行証を作ってくれたよ。これならたとえアイゼンハワー将軍でも無下に断れない」
考え事をしている間にジョンソン中尉が出来上がった通行証を持って来てくれた。
見るとルクレール将軍と臨時政府の代表としてド・ゴールの署名の他に、パリに入城しているアメリカ第5軍のレナード・T・ジェロー少将のサインもあった。
なるほど、これだけ役者が揃えば、現場の誰も通行を妨げる事は出来ない。
「ところでジュリー、これを持ってどこに行くつもりだ? コルティッツが市内のドイツ兵に降伏命令を出したとはいえ、まだ知らない兵士も居るし、降伏せずに脱出を試みる兵士も居る。何よりも危険なのは、郊外防衛拠点の管轄がドイツ軍のエース的将軍として名高いヴァルター・モーデル元帥に委ねられていることから、彼が必ず反撃に出ると信じて抵抗を続ける阿呆が居ると言うことだ」
「仕方ないわ。だって降伏した後に、またドイツ軍がパリを取り返せば、一旦降伏した兵士たちは即決裁判に掛けられるのだもの」
「ああ、奴等はもう“共食い”を始めているからな」
ジョンソン中尉の言った“共食い”とは、ドイツ兵によるドイツ兵への虐待行動。
まだこの西部戦線と呼ばれる地域では左程目にしないが、東部戦線では1943年2月のスターリングラードでの敗北以降、臆病な兵士に対してリンチが行われたり即決裁判で死刑にしてその死骸を道路沿いの木に吊るして見せしめにしたりしている話を噂で聞いたことがある。
ドイツの軍人であれば、私が知るよりも内容はよりよく知っているはずだから、捕虜になるには抵抗があるはず。
「どう? M3装甲車を出すから、俺に道案内させてくれ」
「嫌よ」
「なんで!? さっきも言ったように、街中は未だドイツ兵が居るから危険だ」
「だから嫌なの。M3装甲車に護衛されていたのでは、その危険なドイツ兵に“的にして下さい”と言っているようなものでしょう?」
「Oh my goodness‼」
天井を仰ぎ見てジョンソン中尉が言った。
確かに彼の申し出は有難く、最も頼りになる人だと言うことは分るが、ルッツを見張っていたマルシュが未だにアジトに戻っていないと言うことは、ルッツはやはり降伏を拒絶したと言うこと。
屹度マルシュの事だから、私の為にそのルッツの逃亡を助けているのに違いない。
だから連合軍兵士であるジョンソン中尉の手を借りる訳にはいかない。
パリ警察本部を出て、私たちは北に向かった。
本当はシャルルとクルーガー少尉を巻き込みたくはなかったのだけど、この体でトラックの運転はさすがにキツイし、シャルルもクルーガー少尉も最後まで付き合ってくれると言ってくれたのでその好意に甘えることにした。
もっとも、このサボタージュ中のイギリス空軍少尉の“付き合ってあげる”と言う言葉は自らの好奇心の為で、それはどんなに私が断っても“着いて来る”つもりなのは丸分かりなのだ。
「どこへ行く?」
シテ島からセーヌ川を渡る橋の手前の交差点で、運転するシャルルに聞かれた。
「ジェブル通りを左に曲がって、シャトレ広場の手前を右にセバストポール通りを北に進んでパリ北駅方面に向かってください」
パリ北駅近くの18区にあるメトロ4号線ポルト・ド・クリニャンクールには、ルッツたち降下猟兵の中隊が布陣している。
今もそこに居座っているのか、それとももう郊外に撤退したのかは分からないが、ルッツなら必ずそこか、あるいは12号線のポルト・ド・ラ・シャペル駅を目指すはず。
地上を移動するためには、どうしても警戒が厳しいセーヌ川に架かる橋のどれかを通らなければならいから、頭のいい彼なら7月20日に私が教えた通りサルペートリエール病院の近くにある今は使われていない点検用の縦穴から地下鉄に進入するはず。
当然各駅には連合軍も地上よりは多少緩いにしても警戒網を敷いているはずだが、真っ暗な地下鉄のトンネル内を幾つも路線を変えながら進むのは容易ではない。
ドイツ兵だけでは当然無理だが、マルシュや元坑夫のジャンが居ればそれも可能になる。
既にコルティッツ将軍が出した降伏命令から3時間余り経つ。
間に合えば良いのだが……。
彼は私との約束を果たそうとしてくれている。
ルッツは相手がレジスタンスでも無暗に殺すような人ではないし、そのルッツを慕う部下たちもまた同じ。
しかもマルシュは交渉のために必ず私の名前を出すはずだから、もしあの夜に彼と出会ったことを覚えていなくても酷いことは絶対にしない。
この代理交渉はマルシュとレジスタンスの仲間たちさえイイ子にしていれば、危険が及ぶことはないのだ。
マルシュ自身もその事をよく理解していたのか、必要以上に仲間たちにプレッシャーを掛けて御供はピエールとジャンの2人のみにした。
さすがマルシュ。 良く状況を分かっている。
もしも臆病風に吹かれた誰かがルッツたちの誰かに銃を向けてしまえば必ず銃撃戦になってしまうし、降伏の交渉が破談になった後の判断は口外されてはマズい場合も必ずある。
その点ピエールは幼馴染でマルシュにとっては弟みたいなものだし、ジャンは元々寡黙な坑夫で信用できる人間だから間違いはない。
トンネル工事にも詳しいジャンが仲間に加わっていると言うことは、ひょっとすると……。
「やあ、お待たせ! 将軍がトビっきりの通行証を作ってくれたよ。これならたとえアイゼンハワー将軍でも無下に断れない」
考え事をしている間にジョンソン中尉が出来上がった通行証を持って来てくれた。
見るとルクレール将軍と臨時政府の代表としてド・ゴールの署名の他に、パリに入城しているアメリカ第5軍のレナード・T・ジェロー少将のサインもあった。
なるほど、これだけ役者が揃えば、現場の誰も通行を妨げる事は出来ない。
「ところでジュリー、これを持ってどこに行くつもりだ? コルティッツが市内のドイツ兵に降伏命令を出したとはいえ、まだ知らない兵士も居るし、降伏せずに脱出を試みる兵士も居る。何よりも危険なのは、郊外防衛拠点の管轄がドイツ軍のエース的将軍として名高いヴァルター・モーデル元帥に委ねられていることから、彼が必ず反撃に出ると信じて抵抗を続ける阿呆が居ると言うことだ」
「仕方ないわ。だって降伏した後に、またドイツ軍がパリを取り返せば、一旦降伏した兵士たちは即決裁判に掛けられるのだもの」
「ああ、奴等はもう“共食い”を始めているからな」
ジョンソン中尉の言った“共食い”とは、ドイツ兵によるドイツ兵への虐待行動。
まだこの西部戦線と呼ばれる地域では左程目にしないが、東部戦線では1943年2月のスターリングラードでの敗北以降、臆病な兵士に対してリンチが行われたり即決裁判で死刑にしてその死骸を道路沿いの木に吊るして見せしめにしたりしている話を噂で聞いたことがある。
ドイツの軍人であれば、私が知るよりも内容はよりよく知っているはずだから、捕虜になるには抵抗があるはず。
「どう? M3装甲車を出すから、俺に道案内させてくれ」
「嫌よ」
「なんで!? さっきも言ったように、街中は未だドイツ兵が居るから危険だ」
「だから嫌なの。M3装甲車に護衛されていたのでは、その危険なドイツ兵に“的にして下さい”と言っているようなものでしょう?」
「Oh my goodness‼」
天井を仰ぎ見てジョンソン中尉が言った。
確かに彼の申し出は有難く、最も頼りになる人だと言うことは分るが、ルッツを見張っていたマルシュが未だにアジトに戻っていないと言うことは、ルッツはやはり降伏を拒絶したと言うこと。
屹度マルシュの事だから、私の為にそのルッツの逃亡を助けているのに違いない。
だから連合軍兵士であるジョンソン中尉の手を借りる訳にはいかない。
パリ警察本部を出て、私たちは北に向かった。
本当はシャルルとクルーガー少尉を巻き込みたくはなかったのだけど、この体でトラックの運転はさすがにキツイし、シャルルもクルーガー少尉も最後まで付き合ってくれると言ってくれたのでその好意に甘えることにした。
もっとも、このサボタージュ中のイギリス空軍少尉の“付き合ってあげる”と言う言葉は自らの好奇心の為で、それはどんなに私が断っても“着いて来る”つもりなのは丸分かりなのだ。
「どこへ行く?」
シテ島からセーヌ川を渡る橋の手前の交差点で、運転するシャルルに聞かれた。
「ジェブル通りを左に曲がって、シャトレ広場の手前を右にセバストポール通りを北に進んでパリ北駅方面に向かってください」
パリ北駅近くの18区にあるメトロ4号線ポルト・ド・クリニャンクールには、ルッツたち降下猟兵の中隊が布陣している。
今もそこに居座っているのか、それとももう郊外に撤退したのかは分からないが、ルッツなら必ずそこか、あるいは12号線のポルト・ド・ラ・シャペル駅を目指すはず。
地上を移動するためには、どうしても警戒が厳しいセーヌ川に架かる橋のどれかを通らなければならいから、頭のいい彼なら7月20日に私が教えた通りサルペートリエール病院の近くにある今は使われていない点検用の縦穴から地下鉄に進入するはず。
当然各駅には連合軍も地上よりは多少緩いにしても警戒網を敷いているはずだが、真っ暗な地下鉄のトンネル内を幾つも路線を変えながら進むのは容易ではない。
ドイツ兵だけでは当然無理だが、マルシュや元坑夫のジャンが居ればそれも可能になる。
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