76 / 98
Surrender, retreat, or die(降伏か撤退か、それとも死か)
[Escape from Paris Ⅰ(パリからの脱出)]
しおりを挟む
渋滞の中、橋の上で泊まっていると、警察署の方からジョンソン中尉が誰かを探すようにキョロキョロしながら近づいて来るのが見えた。
彼は検問所の兵隊から私が来た事を伝え聞いて、探しに来たのだろう。
開いた窓から手を振ると、ようやく気が付いたジョンソン中尉は大袈裟なほどの笑顔を見せて走って来た。
「やあジュリー何所に行っていたんだい、パリで会えると思って“いの一番”に入場したのに居ないものだから心配して探していたんだよ。どうしてこんなトラックで?」
心配してくれているジョンソン中尉には有難く思うが“こんなトラック”と言う表現は車を出してくれたシャルルに失礼だと思った。
だから私はシャルルがこの日が来ることを予想してドイツ軍の接収から逃れるために巧妙にこの車を隠していてくれたことと、今日ここに来る道中に20人近いお客さんを乗せて来た事を伝え「ご自慢のM3ハーフトラックでは、こんな気の利いたことは出来ないでしょう」と釘を刺しておくと、ジョンソン中尉は私の言葉の意味を察して頭を掻きながらシャルルと“このトラック”にお礼を言ってくれた。
「ところで、連れの人達は?」
「こちらはシャルル・アルパーニさんで、私を助けて家で匿ってくれた人で、もう1人は……」
いくら旧知の仲と言っても、3週間も前に撃墜されたイギリス軍パイロットが本隊に復帰する事も考えずにパリ見物に来たなんて同じ連合軍の将校に言えるはずもないから、孫のマークさんだと言っておいた。
一旦ジョンソン中尉に連れられて警察本庁舎に入りド・ゴールの部屋を訪ねると、忙しそうにしているド・ゴールが手を止めて“待っていた”と言いワザワザ机から離れてその背の高い体を折ってビズをしてくれた(ビズ=頰を合わせてリップ音を立てる挨拶で、ある程度親しい間柄や感謝を伝える場合に使われるスキンシップ)
「これから新しいフランスが生まれ、忙しくなる。ジュリー、また手伝ってくれるね」
「はい、閣下」
「おお、有り難う!」
ド・ゴールはもう一度ビズをすると、書類の束を小脇に抱えて跳ねる様に部屋を出て行った。
「忙しそうね」
「ああ、彼はこれから国造りと言う新しい戦場に身を置くからな」
「国を作るのに、戦場なの?」
「ああ、色々な人の意見を聞き、それを不公平の出にくい様に柔軟にまとめる。相手を攻めて勝利を収めるだけの戦争とは訳が違う」
「あら、上手い事言う様になったのね」
「僕はジュリー先生の教えを最も理解している生徒だからね」
ジョンソン中尉が腰を折って私の顔に近付いて来る。
「アナタとビズはしないわよ」
「えっ、なんで!?」
仕掛けた悪戯が事前にバレた子供の様な顔をするジョンソン中尉が可笑しくて、思わず笑ってしまう。
「英語圏の人達は、ビズを誤解しているからよ」
英語の中にFrench kissフレンチキッスと言う造語がある。
これは第一次世界大戦後にイギリスで誕生した言葉で、フランス人がどこでも誰とでも挨拶代わりにキッスを交わす“ビズ”を揶揄してできたものだが、そもそもその解釈が間違っている。
まず、ビズは“誰とでも”ではなく、親しい間柄か特別な感謝を込める場合にしか使われないから親しくない人の場合は何らかの感謝を込めていると言うことになり、合っているのは“どこでも”の部分だけ。
つぎに、夫婦や恋人同士など性的な関係では無い限り、普通はリップを鳴らすだけで実際に相手の肌に唇をつける事は無い。
先の通りビズの基本はリップを鳴らすだけだが、造語であるフレンチキッスの方はお互いに口を開いて舌を絡め合うDeep kissディープキッスの事を意味する。
神聖なフランス人の挨拶を、ディープキッスと一緒にしないで欲しい。
ディープキッスをして良いのは、恋人同士だけ。
忘れていた訳ではないが、恋人同士でルッツの事が気になってこうして急いで来たことを思い出しジョンソン中尉に用件を伝えた。
「中尉、通行許可証の発行をお願いできるかしら」
「出来るには出来るけど、このまま警察本部に入るんじゃなかったのかい」
「ちょっと探し物があって、極上の通行許可証が欲しいの」
「OK、丁度まだルクレール将軍が居るはずだから、直ぐ作成してサインを貰って来る!」
しばらく待っていたがジョンソン中尉は戻って来なくて、代わりにルクレール将軍がやって来た。
「おおジュリー! パリに来て直ぐに会えると思っていたのに、居なかったから心配していたんだ」
ルクレールもド・ゴールと同じ様に、背の高い体を低くして私にビズをくれた。
「コルティッツ将軍は?」
「あの野郎、さっきようやく降伏文章にサインして各部隊に降伏命令を出しやがった。しかしパリの破壊は待逃れたよ。これもジュリー、君のおかげだ」
「いえ、そんな」
「亡くなったお父様も喜んでおられる事でしょう」
「有り難うございます」
話し終わるとルクレール将軍は、今度はアイクの野郎と闘わなくてはならんと言って廊下を小走りに走り去って行った。
“相変わらず、忙しい人”と思いながら、その後姿を追っていると急に振り返って「特上の通行許可書を作っておいたから後でジョンソンから受け取ってくれ」と、言い終わるとまた走って廊下の角に消えて行った。
彼は検問所の兵隊から私が来た事を伝え聞いて、探しに来たのだろう。
開いた窓から手を振ると、ようやく気が付いたジョンソン中尉は大袈裟なほどの笑顔を見せて走って来た。
「やあジュリー何所に行っていたんだい、パリで会えると思って“いの一番”に入場したのに居ないものだから心配して探していたんだよ。どうしてこんなトラックで?」
心配してくれているジョンソン中尉には有難く思うが“こんなトラック”と言う表現は車を出してくれたシャルルに失礼だと思った。
だから私はシャルルがこの日が来ることを予想してドイツ軍の接収から逃れるために巧妙にこの車を隠していてくれたことと、今日ここに来る道中に20人近いお客さんを乗せて来た事を伝え「ご自慢のM3ハーフトラックでは、こんな気の利いたことは出来ないでしょう」と釘を刺しておくと、ジョンソン中尉は私の言葉の意味を察して頭を掻きながらシャルルと“このトラック”にお礼を言ってくれた。
「ところで、連れの人達は?」
「こちらはシャルル・アルパーニさんで、私を助けて家で匿ってくれた人で、もう1人は……」
いくら旧知の仲と言っても、3週間も前に撃墜されたイギリス軍パイロットが本隊に復帰する事も考えずにパリ見物に来たなんて同じ連合軍の将校に言えるはずもないから、孫のマークさんだと言っておいた。
一旦ジョンソン中尉に連れられて警察本庁舎に入りド・ゴールの部屋を訪ねると、忙しそうにしているド・ゴールが手を止めて“待っていた”と言いワザワザ机から離れてその背の高い体を折ってビズをしてくれた(ビズ=頰を合わせてリップ音を立てる挨拶で、ある程度親しい間柄や感謝を伝える場合に使われるスキンシップ)
「これから新しいフランスが生まれ、忙しくなる。ジュリー、また手伝ってくれるね」
「はい、閣下」
「おお、有り難う!」
ド・ゴールはもう一度ビズをすると、書類の束を小脇に抱えて跳ねる様に部屋を出て行った。
「忙しそうね」
「ああ、彼はこれから国造りと言う新しい戦場に身を置くからな」
「国を作るのに、戦場なの?」
「ああ、色々な人の意見を聞き、それを不公平の出にくい様に柔軟にまとめる。相手を攻めて勝利を収めるだけの戦争とは訳が違う」
「あら、上手い事言う様になったのね」
「僕はジュリー先生の教えを最も理解している生徒だからね」
ジョンソン中尉が腰を折って私の顔に近付いて来る。
「アナタとビズはしないわよ」
「えっ、なんで!?」
仕掛けた悪戯が事前にバレた子供の様な顔をするジョンソン中尉が可笑しくて、思わず笑ってしまう。
「英語圏の人達は、ビズを誤解しているからよ」
英語の中にFrench kissフレンチキッスと言う造語がある。
これは第一次世界大戦後にイギリスで誕生した言葉で、フランス人がどこでも誰とでも挨拶代わりにキッスを交わす“ビズ”を揶揄してできたものだが、そもそもその解釈が間違っている。
まず、ビズは“誰とでも”ではなく、親しい間柄か特別な感謝を込める場合にしか使われないから親しくない人の場合は何らかの感謝を込めていると言うことになり、合っているのは“どこでも”の部分だけ。
つぎに、夫婦や恋人同士など性的な関係では無い限り、普通はリップを鳴らすだけで実際に相手の肌に唇をつける事は無い。
先の通りビズの基本はリップを鳴らすだけだが、造語であるフレンチキッスの方はお互いに口を開いて舌を絡め合うDeep kissディープキッスの事を意味する。
神聖なフランス人の挨拶を、ディープキッスと一緒にしないで欲しい。
ディープキッスをして良いのは、恋人同士だけ。
忘れていた訳ではないが、恋人同士でルッツの事が気になってこうして急いで来たことを思い出しジョンソン中尉に用件を伝えた。
「中尉、通行許可証の発行をお願いできるかしら」
「出来るには出来るけど、このまま警察本部に入るんじゃなかったのかい」
「ちょっと探し物があって、極上の通行許可証が欲しいの」
「OK、丁度まだルクレール将軍が居るはずだから、直ぐ作成してサインを貰って来る!」
しばらく待っていたがジョンソン中尉は戻って来なくて、代わりにルクレール将軍がやって来た。
「おおジュリー! パリに来て直ぐに会えると思っていたのに、居なかったから心配していたんだ」
ルクレールもド・ゴールと同じ様に、背の高い体を低くして私にビズをくれた。
「コルティッツ将軍は?」
「あの野郎、さっきようやく降伏文章にサインして各部隊に降伏命令を出しやがった。しかしパリの破壊は待逃れたよ。これもジュリー、君のおかげだ」
「いえ、そんな」
「亡くなったお父様も喜んでおられる事でしょう」
「有り難うございます」
話し終わるとルクレール将軍は、今度はアイクの野郎と闘わなくてはならんと言って廊下を小走りに走り去って行った。
“相変わらず、忙しい人”と思いながら、その後姿を追っていると急に振り返って「特上の通行許可書を作っておいたから後でジョンソンから受け取ってくれ」と、言い終わるとまた走って廊下の角に消えて行った。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
蒼穹(そら)に紅~天翔る無敵皇女の冒険~ 四の巻
初音幾生
歴史・時代
日本がイギリスの位置にある、そんな架空戦記的な小説です。
1940年10月、帝都空襲の報復に、連合艦隊はアイスランド攻略を目指す。
霧深き北海で戦艦や空母が激突する!
「寒いのは苦手だよ」
「小説家になろう」と同時公開。
第四巻全23話
西涼女侠伝
水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超
舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。
役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。
家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。
ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。
荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。
主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。
三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)
涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
我らの輝かしきとき ~拝啓、坂の上から~
城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
講和内容の骨子は、以下の通りである。
一、日本の朝鮮半島に於ける優越権を認める。
二、日露両国の軍隊は、鉄道警備隊を除いて満州から撤退する。
三、ロシアは樺太を永久に日本へ譲渡する。
四、ロシアは東清鉄道の内、旅順-長春間の南満洲支線と、付属地の炭鉱の租借権を日本へ譲渡する。
五、ロシアは関東州(旅順・大連を含む遼東半島南端部)の租借権を日本へ譲渡する。
六、ロシアは沿海州沿岸の漁業権を日本人に与える。
そして、1907年7月30日のことである。
葉桜
たこ爺
歴史・時代
一九四二年一二月八日より開戦したアジア・太平洋戦争。
その戦争に人生を揺さぶられたとあるパイロットのお話。
この話を読んで、より戦争への理解を深めていただければ幸いです。
※一部話を円滑に進めるために史実と異なる点があります。注意してください。
※初投稿作品のため、拙い点も多いかと思いますがご指摘いただければ修正してまいりますので、どしどし、ご意見の程お待ちしております。
※なろう、カクヨム、ノベルアップ+でも投稿中
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
大罪人の娘・前編 最終章 乱世の弦(いと)、宿命の長篠決戦
いずもカリーシ
歴史・時代
織田信長と武田勝頼、友となるべき2人が長篠・設楽原にて相討つ!
「戦国乱世に終止符を打ち、平和な世を達成したい」
この志を貫こうとする織田信長。
一方。
信長の愛娘を妻に迎え、その志を一緒に貫きたいと願った武田勝頼。
ところが。
武器商人たちの企てによって一人の女性が毒殺され、全てが狂い出しました。
これは不運なのか、あるいは宿命なのか……
同じ志を持つ『友』となるべき2人が長篠・設楽原にて相討つのです!
(他、いずもカリーシで掲載しています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる