Jesus Christ Too Far(神様が遠すぎる)

湖灯

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Surrender, retreat, or die(降伏か撤退か、それとも死か)

[Escape from Paris Ⅰ(パリからの脱出)]

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 渋滞の中、橋の上で泊まっていると、警察署の方からジョンソン中尉が誰かを探すようにキョロキョロしながら近づいて来るのが見えた。

 彼は検問所の兵隊から私が来た事を伝え聞いて、探しに来たのだろう。

 開いた窓から手を振ると、ようやく気が付いたジョンソン中尉は大袈裟なほどの笑顔を見せて走って来た。


「やあジュリー何所に行っていたんだい、パリで会えると思って“いの一番”に入場したのに居ないものだから心配して探していたんだよ。どうしてこんなトラックで?」


 心配してくれているジョンソン中尉には有難く思うが“こんなトラック”と言う表現は車を出してくれたシャルルに失礼だと思った。

 だから私はシャルルがこの日が来ることを予想してドイツ軍の接収から逃れるために巧妙にこの車を隠していてくれたことと、今日ここに来る道中に20人近いお客さんを乗せて来た事を伝え「ご自慢のM3ハーフトラックでは、こんな気の利いたことは出来ないでしょう」と釘を刺しておくと、ジョンソン中尉は私の言葉の意味を察して頭を掻きながらシャルルと“このトラック”にお礼を言ってくれた。


「ところで、連れの人達は?」

「こちらはシャルル・アルパーニさんで、私を助けて家で匿ってくれた人で、もう1人は……」


 いくら旧知の仲と言っても、3週間も前に撃墜されたイギリス軍パイロットが本隊に復帰する事も考えずにパリ見物に来たなんて同じ連合軍の将校に言えるはずもないから、孫のマークさんだと言っておいた。



 一旦ジョンソン中尉に連れられて警察本庁舎に入りド・ゴールの部屋を訪ねると、忙しそうにしているド・ゴールが手を止めて“待っていた”と言いワザワザ机から離れてその背の高い体を折ってビズをしてくれた(ビズ=頰を合わせてリップ音を立てる挨拶で、ある程度親しい間柄や感謝を伝える場合に使われるスキンシップ)

「これから新しいフランスが生まれ、忙しくなる。ジュリー、また手伝ってくれるね」

「はい、閣下」

「おお、有り難う!」

 ド・ゴールはもう一度ビズをすると、書類の束を小脇に抱えて跳ねる様に部屋を出て行った。

「忙しそうね」

「ああ、彼はこれから国造りと言う新しい戦場に身を置くからな」

「国を作るのに、戦場なの?」

「ああ、色々な人の意見を聞き、それを不公平の出にくい様に柔軟にまとめる。相手を攻めて勝利を収めるだけの戦争とは訳が違う」


「あら、上手い事言う様になったのね」

「僕はジュリー先生の教えを最も理解している生徒だからね」

 ジョンソン中尉が腰を折って私の顔に近付いて来る。


「アナタとビズはしないわよ」

「えっ、なんで!?」


 仕掛けた悪戯が事前にバレた子供の様な顔をするジョンソン中尉が可笑しくて、思わず笑ってしまう。


「英語圏の人達は、ビズを誤解しているからよ」


 英語の中にFrench kissフレンチキッスと言う造語がある。

 これは第一次世界大戦後にイギリスで誕生した言葉で、フランス人がどこでも誰とでも挨拶代わりにキッスを交わす“ビズ”を揶揄してできたものだが、そもそもその解釈が間違っている。

 まず、ビズは“誰とでも”ではなく、親しい間柄か特別な感謝を込める場合にしか使われないから親しくない人の場合は何らかの感謝を込めていると言うことになり、合っているのは“どこでも”の部分だけ。

 つぎに、夫婦や恋人同士など性的な関係では無い限り、普通はリップを鳴らすだけで実際に相手の肌に唇をつける事は無い。


 先の通りビズの基本はリップを鳴らすだけだが、造語であるフレンチキッスの方はお互いに口を開いて舌を絡め合うDeep kissディープキッスの事を意味する。

 神聖なフランス人の挨拶を、ディープキッスと一緒にしないで欲しい。

 ディープキッスをして良いのは、恋人同士だけ。



 忘れていた訳ではないが、恋人同士でルッツの事が気になってこうして急いで来たことを思い出しジョンソン中尉に用件を伝えた。


「中尉、通行許可証の発行をお願いできるかしら」

「出来るには出来るけど、このまま警察本部に入るんじゃなかったのかい」

「ちょっと探し物があって、極上の通行許可証が欲しいの」

「OK、丁度まだルクレール将軍が居るはずだから、直ぐ作成してサインを貰って来る!」


 しばらく待っていたがジョンソン中尉は戻って来なくて、代わりにルクレール将軍がやって来た。


「おおジュリー! パリに来て直ぐに会えると思っていたのに、居なかったから心配していたんだ」

 ルクレールもド・ゴールと同じ様に、背の高い体を低くして私にビズをくれた。

「コルティッツ将軍は?」

「あの野郎、さっきようやく降伏文章にサインして各部隊に降伏命令を出しやがった。しかしパリの破壊は待逃れたよ。これもジュリー、君のおかげだ」

「いえ、そんな」

「亡くなったお父様も喜んでおられる事でしょう」

「有り難うございます」

 話し終わるとルクレール将軍は、今度はアイクの野郎と闘わなくてはならんと言って廊下を小走りに走り去って行った。

 “相変わらず、忙しい人”と思いながら、その後姿を追っていると急に振り返って「特上の通行許可書を作っておいたから後でジョンソンから受け取ってくれ」と、言い終わるとまた走って廊下の角に消えて行った。

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