上 下
73 / 98
Surrender, retreat, or die(降伏か撤退か、それとも死か)

[Second Lieutenant Mark Kruger Ⅰ(マーク・クルーガー少尉)]

しおりを挟む
「マルシュ、話はまとまったのか?」

「ああ」

「じゃあ、こいつら全員降伏」

「いや、脱出させる」

「脱出!?? ドイツ軍の肩を持つって言うのか!?」

「嫌なら付いてこなくていい、俺一人でやる! だが約束通りここで会ったことは誰にも話すな!」

 驚くピエールたちに俺は啖呵を切った。


 いくらルーアンの村人を救ったとは言え、奴等はドイツ兵。

 敵の兵隊を護衛して逃がしたとなれば、これは立派な裏切り行為だ。

 もしパリの解放後にフランスで何らかの革命が起き、それが過去に起きたフランス革命(1789年~1795年:革命後の裁判で2500人以上が処刑された)と似たような経緯を辿るとすれば、俺は確実にギロチン台に送られるだろう。


 ルッツたちの先頭に立って、点検用の縦穴に入り地下鉄のトンネルに入る。

 外の明るさになれた眼では、運行を停止している地下鉄のトンネル内は真っ暗闇で何も見えない。

 かと言って灯りを点けると遠くからでも簡単に発見されてしまうので、しばらく動かないで目を慣らしてから壁に手を当てながら進む。

 地下鉄5号線の難関は、セーヌ川の下をくぐる手前にある“ガール・ドルレアン駅(Gare d'Austerlitz)”思った通り駅のホームには数人の連合軍兵士が立っていた。



「決して撃たないで下さい」

「ああ」


 マルシュに言われるまでもなく、俺達は撃たない。

 先制攻撃を仕掛ければ簡単に突破できるが、それは地下鉄を通って逃げようとしていることを宣伝しているようなモノ。

 しかも見境なく人を殺す凶暴な逃亡者が相手と分かれば、敵も本気で俺達を潰しに掛かって来る。

 だがここは島式ホームなので、その島伝いに突破する事が出来たが、ここから5号線は一旦地上に出て橋梁を使ってセーヌ川を渡らなければならない。

 夜中なら目立たないが、この警戒網の中で日中に突破するのは無理があるから夜を待つ必要がある。


「こっちに作業用の坑道がある」

 今まで一言も口を出していなかったジャンが、先頭に立ってルッツたちを導く。

「坑道を使うと、どこに繋がる?」

「この坑道は7号線に繋がっている」

 7号線と言えばセーヌ川はシテ島の地下を通るから昼間でも目立たない。

 しかしその真上には警察の本庁舎があり、更にその先にはパリ市庁舎もある。

 まさに連合軍の、ド真ん中を通過するという大胆なルート。


 もしもジャンが裏切ったら……いや、ジャンが裏切らなくても連合軍兵士に見つかってしまえば到底逃げられない。


 “どうする!?”


 ジャンはドイツ語が話せないのでフランス語で言った。

 ルッツはフランス語が分からないし、地下鉄の路線にも詳しくはない。

 これを、どうルッツに説明すればいいだろう?


 連合軍本部の真下を通るのだ。

 下手な説明をすれば、最初から裏切るつもりで連れてきたと思われてしまうし、もしも厳重な警備体制に気が付けばパニックに陥るかも分からない。


 俺はルッツの方を振り返った。

 するとルッツは涼しい眼を俺に向けて頷いた。

 なるほど、既に“死は覚悟済み”と言うことか。


「よし、ジャン。案内してくれ!」






 ゆっくと、静かに開くドア。

 真っ先に現れたのは、黒いブーツが見え、その後に青みを帯びたグレーの制服が見えた。

 ドイツ空軍!?

 いや、胸に付いているマークがアドラーではなく、ロイヤル・エアフォースのパイロット・ウィング。

 この制服はイギリス空軍で、袖に細い1本線が入っているので階級は少尉。

 袖の後ろにあるホルスターには、リボルバー式の拳銃。

 恰好は間違いなくイギリス軍だが……。


「アナタは?」

「私はマーク・クルーガー、イギリス空軍のパイロットです。

「失礼ですが、階級は?」

「少尉ですが」

「ああ、それでエンフィールドを?」

 私が、そう言って彼の腰に挿した拳銃を見つめると、マーク・クルーガー少尉はホルスターを手で撫でると、エンフィールドではなくウェブリー Mk VIであると教えてくれた。

 理由はエンフィールドの生産が追い付いていないからで、下端将校の自分には残念ながら回ってこなかったと言っていた。


 完璧な模範解答。


 ドイツ兵ならエンフィールドであろうがウェブリー Mk VIであろうが拘らないだろうし、おそらくその区別もつかないだろう。

 だが、それを鵜呑みにするわけにはいかない。


「何故、扉の後ろに隠れていたのですか? 軍人なら、堂々と出ていらしたら良かったのに」

「軍人と言っても、僕はパイロットだから人と面と向かって話すのは苦手だ。おまけに偵察任務が長かったおかげで、随分臆病になってしまってね」

「相手が、女性なのに?」

「確かにそうだけど、僕の推測ではは君は、どちら側かのスパイだ。だから世話はシャルルに頼んでいた」

「どうして私はここに?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

蒼穹(そら)に紅~天翔る無敵皇女の冒険~ 四の巻

初音幾生
歴史・時代
日本がイギリスの位置にある、そんな架空戦記的な小説です。 1940年10月、帝都空襲の報復に、連合艦隊はアイスランド攻略を目指す。 霧深き北海で戦艦や空母が激突する! 「寒いのは苦手だよ」 「小説家になろう」と同時公開。 第四巻全23話

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

我らの輝かしきとき ~拝啓、坂の上から~

城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
講和内容の骨子は、以下の通りである。 一、日本の朝鮮半島に於ける優越権を認める。 二、日露両国の軍隊は、鉄道警備隊を除いて満州から撤退する。 三、ロシアは樺太を永久に日本へ譲渡する。 四、ロシアは東清鉄道の内、旅順-長春間の南満洲支線と、付属地の炭鉱の租借権を日本へ譲渡する。 五、ロシアは関東州(旅順・大連を含む遼東半島南端部)の租借権を日本へ譲渡する。 六、ロシアは沿海州沿岸の漁業権を日本人に与える。 そして、1907年7月30日のことである。

葉桜

たこ爺
歴史・時代
一九四二年一二月八日より開戦したアジア・太平洋戦争。 その戦争に人生を揺さぶられたとあるパイロットのお話。 この話を読んで、より戦争への理解を深めていただければ幸いです。 ※一部話を円滑に進めるために史実と異なる点があります。注意してください。 ※初投稿作品のため、拙い点も多いかと思いますがご指摘いただければ修正してまいりますので、どしどし、ご意見の程お待ちしております。 ※なろう、カクヨム、ノベルアップ+でも投稿中

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

大罪人の娘・前編 最終章 乱世の弦(いと)、宿命の長篠決戦

いずもカリーシ
歴史・時代
織田信長と武田勝頼、友となるべき2人が長篠・設楽原にて相討つ! 「戦国乱世に終止符を打ち、平和な世を達成したい」 この志を貫こうとする織田信長。 一方。 信長の愛娘を妻に迎え、その志を一緒に貫きたいと願った武田勝頼。 ところが。 武器商人たちの企てによって一人の女性が毒殺され、全てが狂い出しました。 これは不運なのか、あるいは宿命なのか…… 同じ志を持つ『友』となるべき2人が長篠・設楽原にて相討つのです! (他、いずもカリーシで掲載しています)

処理中です...