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Liberation of Paris(パリの解放)

[Battle of Joisi Park Ⅱ(ショワージ公園での戦闘)]

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 ジョワージ公園の陣地はちょうどその頃、敵の激しい攻撃を浴びていた。

 だがルッツが構築した陣地は堅牢で、守勢だが国防軍の2個分隊でも充分に守られていた。

 しかも最初に突撃して来た戦車を陣地に近い場所で破壊したことで今ではその戦車を遮蔽物として利用しながら敵と交戦している。

 状況的にはかなり有利で、敵も馬鹿ではないから無理をしてワザワザ重要とも言えない小さな陣地に大戦力を投入はしない。


 むしろ今はこちらの動きを監視する程度の部隊を配置させて、状況を見ているに過ぎないが、それは今の状況が続けばと言う前提の下。

 もしディタリー広場の陣地の弱体化や市内東方面からの敵の援軍が増加して、このバランスが崩れれば状況は一気に変わってしまう。

 今の状況に甘んじることなく、そうなる前に何かひとつ手打っておきたい。


「はやり、最初に苦労して陣地を構築しておいたのが成功しましたね」

 ロスが疎らになった敵を見ながら話し掛ける。


 陣地に戻っても暫くは穏やかな戦闘が続いた。

 だが14時を過ぎたあたりから敵の攻撃が活発になって来た。


 “何かが変わった!”


 通常の戦闘状態ではない。

 敵は既に勝利者として自信に満ちた戦いを始めた。

 勝利者の戦いとはビクビクしながら戦うのではなく決して慌てず堂々としていて、作戦行動自体に優雅さと自信が満ち溢れて来る。

 逆に勝利を確信したものと戦う方は、次第に不安な気持ちに支配されてくるようになる。


 国防軍の兵士たちはどこかソワソワして注意力が欠如して来た。

 これは戦闘時間の長さが原因ではなく、連合軍の余裕が作り出した圧力。


 人間……いや全ての生き物には命を守ろうとする本能があり、それを妨げるものに敏感になる。

 だから目に見えない、音に聞こえない状況であろうとも、それを敏感に察知する能力が働く。

 国防軍の兵士たちのソワソワしている行動は、正常な反応と言えるだろう。


 だが俺たち兵士は、そこから逃げ出す事を許されない。

 たとえ死が目前に迫っていようとも。


 では、どうする?


 なすすべなく死を受け入れるのか?


 いや、俺達は何とかこの状況を回避する事を考えなければならない。

 たとえ、死と隣り合っていようとも。


 暫くすると規則性のない断続的な銃撃戦の音に、ある変化を感じた。

 どこか一方向での銃声が抜けている。


 銃声が止む理由は、幾つかある。

 部隊が移動して戦力が希薄になった時や、前線で負傷した兵を後方に運び出す時、そして突撃を仕掛けるため各自が弾倉を新しいものに交換した時。


 “敵が仕掛けて来る!”


 敵よりも先に、防御のための強力な一手を打たなければ、ここは崩れる。

「ロス、ザシャとホルツを連れて陣地に入れ! マイヤーは奥の建物から狙撃、グリーデンはマイヤーの護衛に付け!」

「了解‼」


 直ぐに持ち場に移動する仲間を見ながらシュパンダウが嫌そうな目で俺を睨む。

「どうした?」

「なんか嫌な予感しかしねえな……」

「さすが! 今日もお前は冴えているぞ」

「えー、もしかして、また死体とご一緒!?」


 シュパンダウがシャルル・ムルー通りに破壊されている2輌の戦車を恨めしそうに見た。


「素晴らしい勘じゃないか。さあ、行くぞ!」

「りょうかい」


 破壊した2輌のうち奥の1輌は火災が発生していて使い物にならない状態だが、公園側に面したもう1輌の方の被害状態が気になる。

 既に俺たちはパンツァーファーストと言う対戦車兵器を使い果たしているから、万が一敵戦車の出現に備えておかなければならない。

 幸い燃えていない戦車が1輌あるので、使用できる可能性は残されている。

 戦車に取り付く前に、その周りに取り残されていた先客を片付ける。


「中を調べる!」


 開いていた操縦席のハッチから戦車の中に入る。

 操縦手は脱出した様で、中には4人が取り残されていた。

 パンツァーファーストの着弾穴は副操縦席の辺りで、日の光が差し込んで見える彼のシルエットは右肩から斜めに切り裂かれていた。

 砲手と装填手は共に腹部から下に掛けて大きな損傷を受けており、副操縦手同様に即死状態。

 戦車長は……。


 “カチャッ”


 油断した。

 既に生き残っている者は脱出したものだと思っていたが戦車長が取り残されていて、進入してきた俺にM1911を向けた。

 戦車長は、左足の足首から下がない。

 M1911を持つ手が震えているのは恐怖心ではなく、おそらく外傷性ショックのせいだろう。


「いま止血をしてやるから、銃を降ろせ」


 英語で彼に話し掛け、用心しながら手を伸ばして彼の手から銃を奪う。

 死んだ装填手のズボンのベルトを抜き、それで彼の太ももを縛りシュパンダウを呼び彼を外に出し、通りの向かい側にあるアパートの入り口の奥に寝かせた。

 ここなら例え酷い銃撃戦になったとしても、銃弾が届くことは先ず無い。

 それに連合軍の兵士だから、住民による手当も期待できる。

 敵の負傷兵を置いて、再び戦車に戻り各部の点検を行った。


「よし、使えるぞ!」

「それは良かったですねぇ」


 外で見張っていたシュパンダウに伝えると、奴はワザと他人事のように返事をした。


「じゃあ、あとは任せた。入れ替わりにホルツを寄こすから装填の仕方を教えてやれ」

「やっ、やっぱ俺が??」


「他に誰がやる? お前ほど勘の鋭い奴は居ない。どう使うかはお前に任せるから自由に使え」

「合点承知の助!」
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