Jesus Christ Too Far(神様が遠すぎる)

湖灯

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battle in Paris(パリでの戦い)

[night of martial law Ⅱ(戒厳令の夜) ]

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 ホテルに戻り、軍政局に電話を掛けてみたが繋がらなかった。

 仕方なく部屋に戻り窓から外の景色を見ていたが、さっきまで居た大勢の人たちは消え失せて、時折目にするのは治安維持部隊の兵隊たちばかりだが時折怪し気な人影も見える。

 戒厳令下で動き回る市民はいないから、あれは屹度レジスタンスに違いない。

 時刻はもう直ぐ19時。

 ジュリーとの約束の時間まで、あと1時間と少し。

 戒厳令下。

 治安維持部隊のパトロールに、レジスタンスが活動している気配が臭う。

 こんな中で軍服を着たままウロウロしているとレジスタンスの的になる事は確実だが、私服で出ると治安維持部隊や憲兵に出くわしたときに脱走兵に疑われる可能性が高い。

 軍人として脱走兵と間違われるのは屈辱。

 まして女に会うなんて理由は尚更。

 約束の場所に行くことに迷いは無かったが、服装は迷った。

 しかし軍服以外の服の持ち合わせもなく、店で買うにしても戒厳令下では店も開いてはいないだろうから俺はそのまま軍服で行くことにして、ホテルでランプを借りて出た。



 人目に付く大通りを避けて地下鉄のあるバスティーユ駅を目指す。

 万が一の用心のために拳銃を持って来ようとも考えたが、結局持ってこなかった。

 拳銃1丁で誰かを殺す事は出来たとしても、身を守る事は出来ない。

 ジュリーが一緒に居るとするとすれば、拳銃は持たない方が安全だ。

 何故なら相手がドイツ軍であれば拳銃など持つ必要もなく話をすることで解決できるだろうし、もしレジスタンスだとすればジュリーが話を付けてくれるはずで、もしその時に俺が拳銃を持っていれば在らぬ疑いを掛けられる恐れもある。

 たとえ向こうが武器を持っていたとしても、武器を持つことが出来る立場の俺がその武器を持たなければ、同じ人として話し合えることもあるだろう。



 無事駅に着くが、戒厳令下で鉄道が止まっているため、誰も居なかった。

 もっとも戒厳令下だから、もし鉄道が動いていたとしても誰も駅に向かう事も出来やしない。

 灯りの灯っていない暗い階段を、ランプも灯さずに降りて地下鉄のホームに着く。

 しばらくそのまま壁に寄りかかり、人の気配がしない事を確認してから煙草に火を点けた。

 ここから待ち合わせ場所の‎カンポ・フォルミオ‎駅までは約2km。

 一応ランプは持ってきたが、壁伝いに歩けばなんとか行ける。

 暗い中でランプを灯すリスクは、出来るだけ回避しておきたい。

 水溜まりだらけの地下道を歩き、カンポ・フォルミオ‎駅に辿り着いたのは約束の時間よりも5分遅れの20時5分。

 この駅にも人の気配はない。



「ジュリー……」

 小さく声を掛けるが、何の返事もない。

 遅れているのか、それとも戒厳令下で出られないのか。

 もうとっくに来て、5分を待つだけの余裕がなく帰ってしまったとはとても思えないが“無きにしも非ず”だ。


 兎に角、いまの俺に出来る事は、待つことだけ。

 だが、ジュリー以外の者に見つかるのは不味い。

 俺はホンの少しだけランプを点けて、板切れと隠れる場所を探し、ホームの下にあった狭い隙間に隠れることにしてジッとその時が来るのを待っていた。


 約束の20時から1時間ほど経ったころ、駅の階段を降りて来る足音が聞こえた。

 でもそれは俺の待っているジュリーではなく、複数人の男の足音だった。

 男たちはそれぞれ違う靴を履いているから、ドイツ軍ではない。

 人数は4人。

 男たちはホームに着くと、何やら話し出した。

「Pourquoi la loi martiale a-t-elle été instaurée ?(なぜ戒厳令なんだ)」

「Hitler a-t-il vraiment été assassiné ?(ヒトラーが暗殺されたって本当か)」

「La déclaration de Julie était-elle vraie ?(ジュリーが言っていたことは当たったのか)」

「C'est encore rapide. Même si Hitler meurt, il ne peut pas faire confiance à l'armée allemande(たとえヒトラーが死んだとしても、ドイツ軍は信用できない)」

「Où est Julie ! ??(ジュリーはどこだ)」

「Quelqu'un arrive!(誰か来た)」

「soldats allemands !(ドイツ兵だ)」

「échapper!(逃げろ)」

 男たちは話しを打ち切り、ホームから飛び降りると俺が来た方向に慌てて走り去っていった。



 しばらくして足並みを揃えて歩く軍靴の音が階段を降りてきた。

「いま何か話し声が聞こえなかったか?」

「よしてくれよ。こんな真っ暗の中で、話すとすれば幽霊かレジスタンスだぜ」

「幽霊は怖いだけで済むが、レジスタンスは厄介だから会いたくないな」

「なにしろ見つけ次第皆殺しに出来れば良いが、逃がしてしまったら、後始末が面倒だからな」

「親衛隊の奴等の様に、俺たちは村人を全員虐殺できるほどの勇気はねえし」

「馬鹿、アレは勇気じゃねえ」

「じゃあなんだ?」

「ここだけの話しだが、奴等は狂っている」

「それで、この戒厳令の中で親衛隊とゲシュタポを見つけ次第拘束しろっていう命令なのか?」

「知るかっ!とにかく今は命令に従うしかねえ」

 治安維持部隊のドイツ兵は、ランプを照らしながらホームの下に降りて話をしていた。

 俺の隠れている隙間もランプに照らされたが、俺は前に拾った木を衝立にしていたから彼等は気が付かずに暫くして来た階段を上って行き、俺は縦続くに訪れた2つの災難から逃れることが出来た。


 それにしても治安維持部隊が、親衛隊やゲシュタポの拘束を命令されているのは何故だ?

 しかもフラン人たちの話しの中で、HitlerヒトラーとJulieジュリーの名前が出てきたように聞こえたが……。

 嫌な予感を悶々と抱きながらも、俺は隠れたままジュリーを待っていた。

 ジュリーに会いたいし、ジュリーに聞けば全ての謎が解ける気がした。
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