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To Paris(パリへ)
[La porte de la liberté qui apparaît faiblement Ⅲ(微かに見えた自由への扉)]
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写真を撮ってもらったあと、またお互いに制服に着替え直した。
「ひと時の自由だったな」
「でも、そのひと時こそ大切だとは思わない?」
俺は、その言葉に素直に頷いた。
ジュリーと一緒に居る時は別として、今までホンの一瞬でも自由になった間隔すら覚えていない。
今までの俺なら扉の奥に消えたジュリーに何かないかとか、店の主人は信用あるのかとか、制服を脱いでいる隙を何者かに襲われる危険を常に意識していただろう。
それがどうだろう、俺は制服を脱いで着替えるとき、確かに自由を感じていた。
「写真はいつできる?」
「昼には出来ているよ」
丁度その時、駅の方から汽笛の音が聞こえた。
「あら、もう出発の合図だわ。どうして楽しい時は直ぐに過ぎてしまうのかしら。神様は意地悪ね。オジサン明日、パリからの帰りに寄るから」
「ああ、いつでも取りにおいで」
「Merci Bon journée!」
「Bon retour !」
店を出て教会に寄ってお祈りをしてから駅に向かうと、またしてもあの少佐が俺たちを待ち構える様に見ていて、ジュリーが小声で「Disgusting!(※下段参照)」と言って胸を押さえて吐く真似をしてみせた。
少佐はジュリーの不快な行動を見逃さず、煙草を投げ捨てるとドカドカとブーツを鳴らしながらこちらに近付いて来たが、途中で車に進路を塞がれた際に車の車輪が水溜まりに入って水飛沫を掛けられていた。
当然少佐の怒りの矛先は水飛沫を掛けた車の方に移り、車のボディーを蹴って止めさせて降りてきた運転手を捕まえたまでは良かったが、後部座席から降りてきた将軍に逆に急ぎの車を止めさせたことを叱られていた。
出発の合図の汽笛が鳴り響いても、将軍の説教は終わらない。
「馬鹿な奴、自業自得ね」
その光景をズット窓から眺めていたジュリーが呟く。
悪い行いを頻繁に行っていると、それが体に染みついて癖になってしまう。
人の車を平気で蹴るような横柄な態度が、招いた災い。
おかげで少佐は列車に乗り遅れて、俺たちは平穏にパリへと向かう事が出来る。
午後12時42分、ガシャンと言うものが壊れるような音と振動、それに悲鳴のような汽笛の音が鳴り響き列車は動き出した。
動き出した列車は、まるで遅れた時間を取り戻すように勢いよく線路上を走る。
走る列車の中でジュリーとの楽しい会話。
しかし彼女は何故か時々時間を気にしている。
俺と違って、かなり重要な用件でパリに向かっているのだろう。
14時30分。
列車は思ったよりも随分早く、パリに到着した。
早く到着したので、のんびり構えている俺と違って、ジュリーは何だか急いでい居る様子。
何故かその事に不安を覚える。
もしかしたらここで普通に別れてしまうと、この先二度と会う事が出来ない様な、そんな気がしてならなかった。
「仕事が片付いたら一緒に夕食に行かないか?」
「いいけれど、戒厳令が敷かれて居たら外出できなくなるわよ」
「戒厳令?なんで、そんな事になるんだ?」
「だから、もしもの事も考えておかないといけないでしょう?戦時下なんだから」
「まあそれはそうだな、空襲って言う事も有り得るから。ところで何所で待ち合わせする?」
「そうね……地下鉄5号線のカンポ・フォルミオ駅はどう?」
「地下鉄の駅が待ち合わせ場所?」
「そうよ。地下鉄だったら空襲があっても安全だし、たとえ戒厳令を敷かれていても地下道として移動できるでしょ」
「OK、じゃあ時間は20時でいい?」
「……いいわ」
駅でジュリーと分かれて、俺は直ぐにミューゲル准将が居る空軍空挺部隊の本部があるビルに向かった。
歩きながら、何故かこのパリ滞在だけは必要以上に神経質になっているジュリーの事を考えていた。
まだまだ連合軍は遠いカーンに居るのだから、テロやクーデターでも起きない限り戒厳令が発令されることはないし、パリの空爆だってドゴールがイギリスにへばり付いている限り実現の可能性は薄い。
もっとも空爆を切り出したのは俺の方だが、賢いジュリーの事だから直ぐにその事に気が付きそうなのに、まるで何も考えていなかったように俺の空爆説を真に受けていた。
ビルに入り、受付係に書類を見せると、しばらくして名前を呼ばれた。
「ルードウィヒ・ツァインホルン少尉、ドアの前でお待ちください」
言われるままドアの前に立って待っていると、直ぐにドアが開けられてミューゲル准将が笑顔で出迎えてくれた。
「よぉ、ルッツ。カーンでも大活躍だったらしいじゃないか。戦果報告書によると君の活躍はティーガー戦車にも引けを取らん」
「いえ、自分だけの活躍ではありません。分隊全員のチームワークがあってこその戦果です。それにクルッペンとゼーゼマン、カミールの3人を失いました」
「相変わらず君は謙虚だな。君みたいな分隊長が各小隊に1人か2人居るだけで、我々ドイツ軍は各地で敗退する事も無かったろう」
「恐れ入ります」
「実は君が嫌がるのを承知のうえで、私が君を士官に昇進させたのには訳があるんだ」
「……」
「実は親衛隊内で、ある動きがあってな。奴等はアメリカ在住経験のある下士官並びに兵卒を探しているらしい」
「それは、スパイ活動のためですか?」
「詳細は分からんが、恐らくそうだろう」
「下士官以下の引き抜きに関しては、大隊長の権限に委ねられる。もちろんオスマン大尉は人格者だから、親衛隊が君を寄こせと言って来ても頑なに断ってくれるだろう。だが彼は大尉だ……分かるね」
「はい」
どんなに断ろうとも階級の上位者に逆らい続ける事は難しい。
特に相手がナチスともなれば、尚更。
「そこで少尉に昇進させれば、その移動に関しては連隊長である私の権限なしには移動が叶わない。と、言うわけだから、今度こそ受けてくれるだろうね」
「承知しました」
(※)Disgusting!は、かなり強めな嫌悪感を表す言葉になり、日本での使い方に直すと「おえ~!」とか「ゲロゲロ」となり、嫌な奴(物)を表す言葉としてはかなり上位に位置する表現となります。
「ひと時の自由だったな」
「でも、そのひと時こそ大切だとは思わない?」
俺は、その言葉に素直に頷いた。
ジュリーと一緒に居る時は別として、今までホンの一瞬でも自由になった間隔すら覚えていない。
今までの俺なら扉の奥に消えたジュリーに何かないかとか、店の主人は信用あるのかとか、制服を脱いでいる隙を何者かに襲われる危険を常に意識していただろう。
それがどうだろう、俺は制服を脱いで着替えるとき、確かに自由を感じていた。
「写真はいつできる?」
「昼には出来ているよ」
丁度その時、駅の方から汽笛の音が聞こえた。
「あら、もう出発の合図だわ。どうして楽しい時は直ぐに過ぎてしまうのかしら。神様は意地悪ね。オジサン明日、パリからの帰りに寄るから」
「ああ、いつでも取りにおいで」
「Merci Bon journée!」
「Bon retour !」
店を出て教会に寄ってお祈りをしてから駅に向かうと、またしてもあの少佐が俺たちを待ち構える様に見ていて、ジュリーが小声で「Disgusting!(※下段参照)」と言って胸を押さえて吐く真似をしてみせた。
少佐はジュリーの不快な行動を見逃さず、煙草を投げ捨てるとドカドカとブーツを鳴らしながらこちらに近付いて来たが、途中で車に進路を塞がれた際に車の車輪が水溜まりに入って水飛沫を掛けられていた。
当然少佐の怒りの矛先は水飛沫を掛けた車の方に移り、車のボディーを蹴って止めさせて降りてきた運転手を捕まえたまでは良かったが、後部座席から降りてきた将軍に逆に急ぎの車を止めさせたことを叱られていた。
出発の合図の汽笛が鳴り響いても、将軍の説教は終わらない。
「馬鹿な奴、自業自得ね」
その光景をズット窓から眺めていたジュリーが呟く。
悪い行いを頻繁に行っていると、それが体に染みついて癖になってしまう。
人の車を平気で蹴るような横柄な態度が、招いた災い。
おかげで少佐は列車に乗り遅れて、俺たちは平穏にパリへと向かう事が出来る。
午後12時42分、ガシャンと言うものが壊れるような音と振動、それに悲鳴のような汽笛の音が鳴り響き列車は動き出した。
動き出した列車は、まるで遅れた時間を取り戻すように勢いよく線路上を走る。
走る列車の中でジュリーとの楽しい会話。
しかし彼女は何故か時々時間を気にしている。
俺と違って、かなり重要な用件でパリに向かっているのだろう。
14時30分。
列車は思ったよりも随分早く、パリに到着した。
早く到着したので、のんびり構えている俺と違って、ジュリーは何だか急いでい居る様子。
何故かその事に不安を覚える。
もしかしたらここで普通に別れてしまうと、この先二度と会う事が出来ない様な、そんな気がしてならなかった。
「仕事が片付いたら一緒に夕食に行かないか?」
「いいけれど、戒厳令が敷かれて居たら外出できなくなるわよ」
「戒厳令?なんで、そんな事になるんだ?」
「だから、もしもの事も考えておかないといけないでしょう?戦時下なんだから」
「まあそれはそうだな、空襲って言う事も有り得るから。ところで何所で待ち合わせする?」
「そうね……地下鉄5号線のカンポ・フォルミオ駅はどう?」
「地下鉄の駅が待ち合わせ場所?」
「そうよ。地下鉄だったら空襲があっても安全だし、たとえ戒厳令を敷かれていても地下道として移動できるでしょ」
「OK、じゃあ時間は20時でいい?」
「……いいわ」
駅でジュリーと分かれて、俺は直ぐにミューゲル准将が居る空軍空挺部隊の本部があるビルに向かった。
歩きながら、何故かこのパリ滞在だけは必要以上に神経質になっているジュリーの事を考えていた。
まだまだ連合軍は遠いカーンに居るのだから、テロやクーデターでも起きない限り戒厳令が発令されることはないし、パリの空爆だってドゴールがイギリスにへばり付いている限り実現の可能性は薄い。
もっとも空爆を切り出したのは俺の方だが、賢いジュリーの事だから直ぐにその事に気が付きそうなのに、まるで何も考えていなかったように俺の空爆説を真に受けていた。
ビルに入り、受付係に書類を見せると、しばらくして名前を呼ばれた。
「ルードウィヒ・ツァインホルン少尉、ドアの前でお待ちください」
言われるままドアの前に立って待っていると、直ぐにドアが開けられてミューゲル准将が笑顔で出迎えてくれた。
「よぉ、ルッツ。カーンでも大活躍だったらしいじゃないか。戦果報告書によると君の活躍はティーガー戦車にも引けを取らん」
「いえ、自分だけの活躍ではありません。分隊全員のチームワークがあってこその戦果です。それにクルッペンとゼーゼマン、カミールの3人を失いました」
「相変わらず君は謙虚だな。君みたいな分隊長が各小隊に1人か2人居るだけで、我々ドイツ軍は各地で敗退する事も無かったろう」
「恐れ入ります」
「実は君が嫌がるのを承知のうえで、私が君を士官に昇進させたのには訳があるんだ」
「……」
「実は親衛隊内で、ある動きがあってな。奴等はアメリカ在住経験のある下士官並びに兵卒を探しているらしい」
「それは、スパイ活動のためですか?」
「詳細は分からんが、恐らくそうだろう」
「下士官以下の引き抜きに関しては、大隊長の権限に委ねられる。もちろんオスマン大尉は人格者だから、親衛隊が君を寄こせと言って来ても頑なに断ってくれるだろう。だが彼は大尉だ……分かるね」
「はい」
どんなに断ろうとも階級の上位者に逆らい続ける事は難しい。
特に相手がナチスともなれば、尚更。
「そこで少尉に昇進させれば、その移動に関しては連隊長である私の権限なしには移動が叶わない。と、言うわけだから、今度こそ受けてくれるだろうね」
「承知しました」
(※)Disgusting!は、かなり強めな嫌悪感を表す言葉になり、日本での使い方に直すと「おえ~!」とか「ゲロゲロ」となり、嫌な奴(物)を表す言葉としてはかなり上位に位置する表現となります。
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