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To Paris(パリへ)

[La porte de la liberté qui apparaît faiblement I(微かに見えた自由への扉)]

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 カンカンカンカン……。

 “敵か‼”

 飛び起きると、そこは戦場ではなくベッドの上だった。



「大丈夫?」



 目の前には心配して俺の顔を覗き込むジュリーが居た。

「ここは?」

「列車の中よ」

「……そうか」

「うなされていたわ」

「すまない」

「謝る事ではないわ。戦場の夢?」

「ああ」

「辛いのね。可哀そうだわ」

 ジュリーが俺のベッドに横になり、髪を撫でてくれる。


「いや、俺なんか」

 俺など人に同情されるほどのものでもない。

 この戦争で家を失った人や、家族や恋人を失った人に比べれば、なんてことはない。

 しかも俺は、戦争の遂行者。つまり死刑執行人だ。


「1人で十字架を背負っていては駄目」

「えっ」

「戦争で苦しんでいる人たちは市民だけじゃない。アナタたちドイツ兵もアメリカやイギリスをはじめとする連合軍の兵士も、抵抗運動をするレジスタンスも皆同じ苦しみを味わっているの。そしてアナタたちを戦場に送り出す将軍たちも」

「ジュリー、君は、いったい……」

「悪いのは一部の権力者だけ」

「それは、ドイツの――」

 俺の口をジュリーが手で塞ぎ、周囲を見渡して小さな声で伝える。


「ヒットラーだけじゃない。ルーズベルトもチャーチルもスターリンも、それにドゴールも、誰一人として敵対する国の政治家と話し合おうとしない。自分たちは常に安全な所に居て、相手を非難してアナタたち軍人を危険な敵の陣地に送り込んで戦わせている」

「しかし、それは」

「そう。平和を愛する人なら誰でも直ぐに思いつく単純なこと。でも、そんな単純な事を誰もしようとしないのは何故なの?」

「それは、自身の保身?」

「違うと思うわ」

「じゃあ何故?」

「指導者たちは、結局誰も本当の意味での平和なんて望んではいないの。だから卓上のゲームを楽しんでいて、戦争に勝ったときの土地の分配などを考えているの」

「それは、本当なのか」

「それは……戦争が終わった時に全てわかる事だと思うけれど、誰もが、そう思っているはずよ。つまり一般論ね」


 ジュリーはそこで話を打ち切り、俺に甘えてキッスをしてきた。


 しかし俺はこの時、聡明なジュリーが珍しく一般論を持ち出したことに何かしらの違和感を覚えた。

「おい、止せよ。下には老夫婦が……」

「あの2人なら、早朝からセーヌ川にお散歩に行ったわ」

「だからって……」


「あら、戦争には抗わないのに、美女の誘惑には抗うの?」

「まさか」


 俺は素直にジュリーの挑発に乗ることにした。

 寝るときにストッキングを脱いだままの、きめ細やかな肌が俺の脚に絡みつき、俺の手を誘う。

 熱く柔らかい唇が、上質のブランデーの様に心を燃え上がらせる。

 そして胸に当てられたジュリーの豊かな胸が、俺の心臓を包み込む。

 ジュリーの体はまるで魔法で出来ている。

 こんなに華奢なのに、どこを触っても柔らかくて安心感を与えてくれる。

 そして何所を触っても、反応してくれる。

 甘い吐息と長いまつ毛が、幼い彼女の顔を妖艶なものへと変え、俺の心を淫靡な世界へと誘う。

 もう俺はジュリーの虜……。



「コホン!」



 通路の方からワザとらしい咳払いの声が聞こえて、俺たちはくっつけていた顔を放した。

 振り向くとコンパートメントのドアを半分開けたところに車掌が立っていた。


「あっ、この人うなされていて、少し具合が悪いようだったので……」

 ジュリーが咄嗟に機転を利かす。

「あー、なるほど。仲がお宜しいのは良いことですが、しかし他人から見て勘違いされる様な事はお控えください」


「すみません。ところで何なのですか?さっきのカンカンという金属音は?」

「ああ、出発の目途が立ちそうなので、窯の灰の掃除を始めたところなんです。なにしろ昨日は動けないことが分かっていましたから窯の火を止めていましたから」

「何時に出発ですか!?」

「順調に行けば、出発は今から5時間後の午後13時頃になりますから、15時前後にはパリに到着する予定です」

「朝食を食べに行っても大丈夫ですか?」

「はい。出発30分前には汽笛を鳴らしますので、それで戻って来て下されば構いませんが水溜まりには気をつけてください」

「水溜まり?」

「昨夜遅く、雨が降りましたので、所々濡れているはずです」

「ありがとう」
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