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To Paris(パリへ)

[15:17, to Paris(15時17分パリ行き)]

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 昨夜会ったばかりなのに、お互いの欲求は収まらずに、俺たちは風呂からあがってお互いの体を拭き合いながら3回戦に突入してしまい、そのせいで支度が遅れて急いで駅に向かった。

 俺が脱いだ下着と靴下は直ぐにジュリーが洗ってアイロンをかけて乾かしてくれたけど、俺がバスの中に引き込んでしまったために濡れてしまったジュリーの下着は、結局叔母さんに洗ってもらう事になった。

 これじゃあ2階でイチャイチャしていたのが丸わかり。

 もっとも下で聞き耳を立てなくても、ジュリーの声は結構大きいから聞こえたかも知れない。



 頑張って稼がないと、これじゃあ安アパート暮らしと言う訳にはいかないな。

 と、つい忘れかけていた未来の事を考えてしまう。



 駅までの道を彼女のボストンバックを持って走り、15時17分発のバリ行きに飛び乗った。

 1等車の客席で席は彼女の隣。

 俺が窓際で、彼女が通路側だったので、窓際の席を彼女に譲る。

 テーブル付きのコンパートメントの向かい側の席には軍人ではなく、裕福そうなフランス人の老夫婦が座っていたので気兼ねなく列車の旅を満喫できる。

 これが軍人、特にナチスの奴等だったら最悪の旅になるところ。

 奮発して1等を取ってくれたオットー中佐に感謝だ。



「Et les cookies ?(クッキー居る?)」

 列車が駅を出発して直ぐに向かいの老夫婦に話し掛けられた。

「Oui(はい)」とジュリーが俺の顔をみて笑う。

 英語は大学で勉強したけれどフランス語は勉強していなかったので左程分からないが、簡単な単語くらいは拾えるので老婆がクッキーを勧めてくれたことは分ったので「Merci(ありがとう)」と言って、ひとつ戴いた。

 クッキーの後も老夫婦はよく俺たちに話し掛けてくれた。

 だが会話となると簡単な単語も拾えない。

 隣国の言葉もチャンと勉強すべきだった。




 俺が英語の習得を目指すようになったのは、ハイスクールに入ったとき。

 歴史が好きだった俺は、特に産業革命以降の近代史に注目していた。

 そして分かったことがある。

 我が祖国が先の戦争で敗北した大きな要因が、アメリカの参戦であることを。



 過去の戦史を紐解くと、そこには必ず英雄が居た。

 ローマのカエサル、カルタゴのハンニバル、モンゴルのジンギスハン、フランスのナポレオン……。

 しかし、先の大戦に英雄などいない。



 既に戦争は人間個人の力を凌駕する物となり、我が祖国はアメリカの莫大な工業力の前に屈した。

 いくら天才的な将軍がいたとしても、強力な兵器を持っていても、それで勝てるのは局地的な戦闘に過ぎない。

 1台の最新式の兵器を10台で取り囲めば、仕留められないにしても補給を断つことはできる。

 燃料や弾薬の尽きた兵器は、只の陳列物に過ぎない。

 進軍の速度も補給に合わせなければ、燃料や弾薬、そして食料も尽きてしまう。

 より多くの部隊を、より早く進軍させるための補給能力が最強の武装集団を支えるのだ。



 進学した大学で、アメリカへの留学の話しが出た時に俺は真っ先に手を上げた。

 ドイツの、いやヨーロッパ各地で行われている小・中規模の高級ブランドを意識した工場ではいずれアメリカの大量生産には敵わなくなる。

 我々に必要なのは100%以上の物を目指す力ではなく、80%でも絶え間なく配給できる力だと思った。

 そしてそれはこの戦争においても、見事に実証された。

 敗走する北アフリカ戦線の立て直しに名将ロンメルが送られ、その素晴らしい戦術であっと言う間に戦局を打開しイギリス軍を追い込んだ。

 だが補給線は伸びきり、ロンメル将軍は進軍の速度を落とすしかなくなる。

 そこにアメリカ軍が大部隊を投入してやって来た。

 敵の主力戦車はM3。

 この戦車ならⅢ号やⅣ号戦車でも何とか立ち撃ち出来る。

 我がドイツは、そこに新型のⅥ号戦車ティーガーを投入した。

 88mm砲という圧倒的な攻撃力と、全面装甲圧100 mmという完ぺきな防御力。

 それでも、戦局は何一つ変える事は出来なかった。

 もし戦場に一気に1000輌のティーガー戦車を投入する工業力があったなら……。






「どうしたの?」

「いや、少し考え事を……」

「いいこと?」

「うん、まあ」

 そう。

 超一流の工業力と生産力さえあったなら、こうして武力をもって他国を支配する必要もないはず。

 工業力がもたらす莫大な経済力をもってすれば、もっと円滑に且つ友好的にこの戦争さえも回避できたかも知れない。
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