Jesus Christ Too Far(神様が遠すぎる)

湖灯

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Julie(ジュリーとの出会い)

[meet Julie(ジュリーとの出会い)]

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 事件後、オスマン大尉に呼ばれて中隊本部が置いてあるホテルに入る。

 親衛隊とのトラブルでコッテリ絞しぼられると思っていたが、その件については殆ど問題にされず、分隊には1週間の休暇が与えられた。

 シェルブールとカーンが陥落してから、しばらく膠着状態が続いている。

 再び奪還する余力はもうドイツ軍には無い。

 だから敵の進路が決まるまで、むやみに部隊を動かす事は出来ないという事なのか。



 敵の次の攻撃目標はパリか、それとも海岸線を東に進んでベルギーから一気にドイツ本国を狙うのか、もしくは第2の上陸作戦を計画しているのか?

 たしかロンメル以外の上層部の想定では、敵の本格的上陸作戦はカレーからダンケルクの間だと言っていた。

 もはやドーバー海峡の制海権も制空権も我がドイツには無いから、作戦は連合軍の思いのまま。

 迂闊に部隊を動かす事は、尽きかけている燃料の浪費と、敵に裏をかかれた場合致命傷になりかねない。



「今回の件も含めて、この休暇期間の7月20日に、君にはパリに行ってもらう」

「パリに?」

「そう。正式に連隊長が新しい階級章を授与してくれる。戻ってきたら少尉だ」

「ですから、それは何度もお断りしているはずです。俺は分隊を離れるつもりはありません」

「……」



 結局、このまま分隊長として留まる事を条件に少尉昇格を受諾した。

 但し、万一小隊長が戦場で指揮を取れなくなった場合は、小隊長代行として指揮を取る事がオスマン大尉から交換条件として付きつけられ、この勝負はお相子に終わった。

 部屋を出ると、待っていたようにオットー・ヘイム中佐から切符を渡された。

「これは?」

「明後日、これでパリに行きなさい」

「知っていたのですか!?」

「まっ、少しはな。ところでこれから何をする?もう宿舎に戻っても夕飯は終わっているぞ。良かったら飯に付き合ってもらえないか?」



 中佐に誘われて、まあ親衛隊との揉め事を静めてくれた恩人であるし、特に断る理由もなかったので一緒に食事をすることにした。




 連れていかれたのはドイツ兵で賑わうバーではなく、街角にヒッソリと佇む地元の料理店。

 俺たち2人の他に軍服を着た兵隊が居ないことが逆に気が休まる。

「ドイツ兵で賑やかな方が良かったか?」

「いえ、自分の分隊となら良いですが、どうも同じドイツ兵と言っても考え方は様々ですから、この方が気が休まります。ただし、ここに居る人たちがドイツ兵の命を狙っていないと言う保証があればですが」

「……思っていた以上に、なかなか君は頭がいいようだ」



「ところで中佐は、うちの中隊長とはどういう関係なのです?親衛隊と問題を起こした俺を助けるために、中隊長が急に貴方の仕事場のドアをノックしたのは分りますが、初対面には見えませんでしたが」

「ああオスマンとは同郷で、家が近所だったんだ。おまけに落第生だったアイツに俺は家庭教師として勉強を教えたのさ。おかげでアイツは士官学校に無事入学出来て、今では中隊長としてノサバッテいるが、俺が居なけりゃあ奴は君の同僚としてどこかの分隊長として戦場で泥まみれなのさ。おっと失礼」

「いえ構いません」



 店の老婦人が注文を取りに来たので顔を上げると、丁度店の裏口のドアが開き、そこから若い女性が入って来るのが目に入った。


 ブロンドの長い髪は少し薄暗い電球の灯りを反射して周囲を鮮やかに明るく彩り、地味なこげ茶色の服の上にある白い肌を光り輝かせ、長いまつ毛が大きな青い瞳を神秘的に際立たせている。

 キュンと高く伸びた鼻先は、プライドの象徴として何者の侵入をも寄せ付けない気品と威厳を纏い、華奢な体つきなのにキビキビとした動きはまるでバネの様な彼女の行動力を表している。

 まるで戦場に突如として現れた、妖精。

 しかし朝露を舐めながら優雅に森の中を飛び回るか弱い妖精ではなく、森に住む者達の自由を自らの手で守り抜く決意と行動力それに知恵を持ち合わせた戦う妖精。

 まるで、ジャンヌダルク。

 俺の目は、一目見た瞬間に彼女の虜にされた。



 彼女は店の裏口から入って来ると、肩に掛けていた鞄を柱に引っ掛けた。

 オットー・ヘイム中佐が、そんな俺の様子を覗き込んでいるのが分かり、慌てて彼女から目を反らす。

「いい女だろう?」

 それまで好感度の高かった中佐の放った“いい女”という表現は、彼女に対して相応しくないばかりか失礼だと感じて少し嫌な気分になる。


 “彼女は、もっと尊大だ”


「ジュリー!友達を連れて来た。こっちに来ないか?」

「知り合いなのか!?」

「ああ、この店は彼女の叔父の店だ」

 彼女が近付くにつれ、俺は自身がまだ戦闘服のままだったことに焦りを感じた。

 今までこの軍服を恥じたことは無い。

 むしろチャンとした制服よりも、戦闘服を着ているほうが誇りを感じているくらいだった。

 それは、戦争を支えている自負があったから。

 しかしその自負は、彼女を前にして呆気なく崩れ去っていた。



「あら、オットー中佐が、お友達を連れて来るなんて珍しいのね」

「おいおい、それじゃあまるでこの俺が嫌われ者みたいに聞こえるじゃないか」

「実際、嫌われ者でしょう?ドイツ軍人のくせに、ドイツに便宜を図ろうとしない」

「それはルーアンの軍政局長として当然の事だろう。軍政局の主な仕事は治安維持と経済活動の支援だ。治安の維持はドイツ人・フランス人と偏ったモノの見方をしていては成り立たないし、この地の経済活動を支えるのはフランス人そのものだし、当然の事ながら人口は圧倒的にフランス人の方が多いから、行政はドイツ人寄りにする意味は薄い。特権階級を擁護していたのでは大衆の不満は大きくなるだけだろう?」

「それはそうでしょうけれど、本国から危険分子と見られてしまえば職を失ってしまう事もお忘れなく」

 女は、そう言うと俺に目を向けて笑顔を見せた。


「こちらは空軍空挺隊のルッツ軍曹。もう直ぐ少尉になる。村の人達を親衛隊から救ってくれた英雄だ」

「まあ素敵‼」


 ジュリーは一旦席を離れて叔父さんと何かを話し、そのまま店の奥にある地下室へ続く階段を降りて行った。

「どうだ?」

 中佐が揶揄う様に俺の顔を覗き込む。

「どうって、何が?」

「おいおい、とぼけるのは無しだ。とびっきりの美人だろう」

「ああ、何者だ?」

 中佐が耳を近づける様に指で合図するのに従うと、口に手を当てて他の誰にも聞こえないように囁いた。

「……レジスタンスの優秀なスパイだ」と。



「冗談じゃない‼俺は帰らせてもらう!」

 いくらなんでも、レジスタンスと関わるのは御免だ。

 如何なる戦場でも冷静でいられたが、この時ばかりは頭にきて席を立った。

「お、おい待てよ!」

 俺の反応に驚いた中佐が慌てて止めようと席を立つが、それを振り切って店を出ようとした。

 確かに俺はあの村でレジスタンスを匿っているという疑いを掛けられた人たち救ったが、それはレジスタンスを擁護するためでは無く、彼等の自由と命のためだ。

 止めようとする中佐に掴まれて、振り解くために思わず殴ってしまったが、そんなことは構わない。

 床に転がった中佐には目もくれず、ドアノブに手を掛けた時ジュリーの柔らかくしなやかな手が俺の手を止めた。

「どうしたのですか‼」

 その声に、一瞬怯んで立ち止まる。

「密告はしない。だが君たちの行動を肯定するつもりはない」

「密告?私たちの行動?中佐、アナタ彼に一体何を言ったの!?」
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