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*****Opération“Šahrzād”(シェーラザード作戦)*****

仮アジトのあるホテルへ

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「さあ、グズグズしていられないぞ! これからあとは、エマ大尉とナトーに任せる。俺たちは、あまり表立って行動する訳にはいかないから、ここまでだ。あとはDGSEに雇われたニルスとブラームに任せるから、はやくバラクを連れて、そこへ行け!」

「了解! さあエマ。バラクを連れて行くよ!」

 口では元気に言ったものの、ハンスとここで別れてしまうのは正直寂しい。

 ホテルまで一緒に着いて来てくれると思っていた。

 しかしプライベートとはいえバラクの引き渡しには大使館や国軍も立ち会うだろうから、そこで部隊がザリバンの攻撃を受けていたとなると、後々厄介なことになるのは目に見えている。

 軍事力を使わずに物事を解決するということは、もしかしたら軍事力を使うよりも難しい事なのかも知れない。

 エマとバラクを連れて車を降りる。

 後ろを振り返ると、もうハンス達の影は見えなくて、その代りに1台の車が猛スピードで近づいて来ていた。

 “少し話をし過ぎたか……”

 前を向いて、逃げ道を探すが、良さそうな逃げ場が見つからない。

 正面から野太い排気音が聞こえ、反射的にそれを見た。

 音の正体はハーレーダビッドソン。

 そして、それに乗る金髪にサングラスを掛けた革ジャンの大きな男。

 まるで映画の『ターミネー〇―』に出てくるシュワちゃん。

 そして男が肩にかけたショットガンを手に持ちブッ放すと、追ってきた車は避けるように俺たちの乗ってきたワンBOXの後ろにぶつかって止まった。

 通りを向こうに過ぎて行くハーレーのライダー。

 その後姿の手が肩まで上がり、親指を立てていた。

 “フランソワ。ナカナカやるな……”



 角を2つ曲がって、もう直ぐホテルの建物が見えると言うところで、3人の敵とバッタリ出会ってしまった。

 3人共武器はナイフ。

 やはり街中が近くなってきたところで発砲すると、直ぐに警察がやって来てしまうのでマズイと思っているのだろう。

 エマと俺とで3人を片付け終わった丁度その時に、携帯が鳴った。

 今まで鳴ったことのない俺の携帯にいったい何の用だ? しかもこの忙しい時に。

 そう思いながら、ひょっとしたらハンスからかも……と思い、出る。

「ナトちゃん元気?」

 相変わらずの軽いノリ。この緊迫した中でこういうノリを見せるのはニルスしかいない。

「今さっき、裏に3人向かったけど携帯に出たって事は、もう片付けたって事だね。さすがさすが」

 屹度モニターを見ていたのだろう。

 しかしそれならば、教えてくれてもいいはずなのに、なんて呑気なのか……いや彼こそは本物のニルアドミラリなのかも知れない。

「あっ、そこの角から少し顔を出してくれる? そこでチョッと手を振って見せて」

 言われるまま顔を出し、手を振ってみせた。

「おそらく、このモニターは敵にハッキングされているみたいだから、今頃敵もナトちゃんの手を振る様子を見て歯ぎしりをしているはずだよ」

 “おいおい。なんてこと、させるんだよ”

「今、そっちにブラームを向かわせたから、二手に分かれてこっちに来てくれ。あと30分もすれば大使館のヘリが到着するから、それでバラクを回収する」

 それで通話は終わり、直ぐにブラームが白いシーツを抱えてやって来た。

「やあ!ブラーム」

「軍曹、相変わらず派手にやっていますね」

 そう言って、カメラの死角でそのシーツを羽織って見せた。

 ブラームが着たのはカンドゥーラというアラブ人が良く着る全身真っ白な布で覆われた民族衣装。

 白い手袋をして、顔の部分の布で顔を隠して目に大きめのサングラスをすれば、黒人のブラームですら分からなくなる。

 それと同じものをバラクにも着せて、二人のバラクが出来上がった。

「凄いな。これじゃあどっちがバラクが見分けがつかない」

 肌の色は違うが、バラクとブラームは背格好が似ているので、カンドゥーラをこうして着ると本当に見分けがつかなくなる。

「ひょっとして、ブラームを選んだのは、このため?」

 エマに聞くと「優秀なエージェントは、想定されるあらゆることを事前にチェックしておくものなのよ」と久し振りに特異な表情を見せて笑った。

「ところで、武器は?」

「ああ……昨日、隊長から俺たちの持ってきている武器の使用については厳しく言われて、結局使えるのはDGSEのこれだけでさぁ」

 そう言ってベレッタPX4 ストームを2丁渡してくれた。

「ブラーム、お前は?」

「ああ、俺はさっき敵の一人にキックをお見舞いしたら、これをご褒美に頂いたので使わせてもらいます」

 そう言ってトカレフ TT-33を見せてくれた。

「じゃあ、俺がブラームを連れて囮になるから、先に行く」

「気を付けてね。集合場所はホテルの屋上にあるヘリポートよ」

「了解。エマ大尉!」

 久し振りにエマに階級を付けて呼んだ。

 ニルスからは出発前に、携帯を直ぐに聞けるようにしておくようにと言われたので、あまり気は進まなかったがイヤフォンを付けて出発した。

 ひとつ目の角を曲がろうとしたときニルスから連絡が入った。

「ナトー聞こえる? 今君のいる路地を真直ぐ住むとT字路になるから、そこを右に回ると、その先に拳銃を持った2人がいる。そして左に曲がると一旦通りに出るけれど、その道の向こう側に停まっている黒いセダンにAK47を持った奴が2人居る」

「なるほど。水先案内人ってわけだ」

「どう?有難いでしょ」

「たしかに」

「当然ここは、右に曲がって拳銃の2人をやっつけてから行くよね」

「いいや、迂回して左に回り込む」

「迂回するって――おいおい、そっちは方向が違うよ。もしもし!ナトー、聞いている?」

 俺は通話を切った。

 どうせ、どこかで必ず敵に見つかってしまうはず。

 そのときに、この自動小銃を持つ奴らも必ず応援にやって来る。

 ホテル内で、強力な火器をぶっ放されたら堪ったものじゃないし、ヘリで脱出する時にもその威力と射程は脅威になる。

 一旦来た道まで戻ると、ついさっきまで居た所にはエマとバラクの姿はもうなかった。

 こっちの方も、屹度ニルスが敵にも見えているはずの監視カメラには映らないように、安全に誘導してくれているはず。

 俺たちは遠回りして大通りを越え、黒いセダンに近寄った。

 ニルスの言った通り、2人の男が通りの向こう側に建つ白いホテルを見ていた。

 膝の上に隠し持っているのは、AK47。

 俺たちが迂回して、後ろから近づいて来ていることには気が付いていない。

 そっと近寄ってドアノブに手を掛けるとロックが掛かっていなかった。

 ブラームに目で合図して、片手をルーフに掛けてもう一方の手でドアノブを持った。

 “1、2、3!”

 2人で一気にドアを開けルーフに掛けた手で上半身を支えるようにして伸びあがり、ちょうど鉄棒で逆上がりをするような体制で、そのまま思いっきり足から車内に突入した。

 強く蹴り出された足に驚いて振り向いた男の顎を靴の踵が捉え、そのまま窓ガラスにぶつかる。

 持っていたAK47は、向きを変えることも出来ずに床に転げ落ちた。

 もっとも、この狭い車内で迅速に小銃の向きを変える事自体困難だから、無理もない。

 目立つのを恐れたとはいえ、車内の見張り員に自動小銃を持たせたのは、不意打ちを想定していなかった敵のミスだろう。

 敵のAK47のレバーをセーフティーの位置にして、その隙間にナイフを刺しこみ一気に折った。

 これで撃とうと思っても、ペンチでもない限り、レバーを切り替えることはできないから撃つことはできないが、用心のためマガジンは抜いてゴミ箱に捨てておいた。
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