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*****Opération“Šahrzād”(シェーラザード作戦)*****

Miss Layla Hamdan Ⅰ(レイラ・ハムダン)

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 さすがに取り残された状況で、俺も帰るとは言いにくい。

 まあ任務でもないのだから、今日は腹をくくってレイラと遊ぼう。
 しかしそのときは、遊んだことにない俺にとって、遊ぶのは任務よりも難しいことなどとは思ってもいなかった。

「どこへ行く?」

 早速レイラに聞かれて、どこへ行けばいいのか思い浮かばなくて焦る。
 過去の楽しい思い出と言えば、入隊試験の初日ハンスに連れられてブッティックとレストランへ行ったことくらい。
 そうだ、あの日をなぞれば何とかなるかも。

「ブティックを見て歩こう」
 そう言ったあと“しまった”と後悔した。
 遊びを誘ってきたのはレイラの方なのだから、先ずはレイラの希望を聞くのが先だ。
「あっ。で、でもレイラはどこに行きたかった?そっちを優先するけれど」

「うん。私もブティック行きたかったから行こう」
 レイラにそう言ってもらい、二人で街に向かった。

 ブティックに入るとレイラは楽しそうに服やスカーフを選びだしたのに、俺ときたら何にも楽しくなくて、ただ楽しそうに服を選んでいる客たちをボーと見ているだけ。
 時折レイラが「これ似合う?」とか「アマルに、これ似合いそう」とか言ってくれるけれど、こんな時の俺ときたら、まるでニルアドミラリ。

 なんの感動もない。

「つまらない?」
「いや、そんなことはない。感情を外に出すのが苦手なだけだ」

 我ながら上手い事言ったと思ったが、その通りの部分もある。
 同世代の他の子に比べると、俺は感情を出すことが苦手。
 特に喜怒哀楽の四つの感情のうち、喜と楽は経験が乏しすぎるので、そのこと自体に先ずは戸惑う。
 そして、今日のような遊びの日は、その苦手な感情の日になる。

 せめてエマがいてくれたら、俺はその後ろでハラハラしながら着いて行くだけで済むのに、どうしてこんな日に……いや、これはひょっとしたら何かの作戦なのかもしれない。
 昨夜あんなことが有ったものだから、私を泳がせておいて、それを監視する敵を逆に監視する。
 エマは、ああ見えてもDGSEの優秀なエージェント。
 ただ単にムサのお店を手伝う、なんてことはない。

 つまり俺は“囮”。

 レイラには、怖い思いをさせてしまうかもしれないけれど、囮は、おとりらしく普通の少女として立派に勤めてみせよう。
 綺麗なブティックを出て、街をぶらついていると空爆で壊れたままの建物もまだあった。

「NATO軍の空爆のあとね」
 レイラがポツリと言った。

「まだ残っているんだね」

「直せないのかも知れない。いいえ、直さないのかも」

「どういうこと?」

「んっ?なんとなくね。思い出が詰まっているとしたら、これ以上壊したくないかなって思って」

「でも、危ないよ。まるで――」

 壁が抜けて突き出している梁が、まるで尖った牙のように思えた。
 近づくものを威嚇して、己の身を崩す事でこの場所を守る哀れな戦士。
 重傷を負いながらも、主が戻ってくるのを待ち続ける戦士。

 昔から瓦礫と化した家を沢山見て来た。
 空爆で力尽きて崩壊した建物たち。
 そう。
 彼らは力尽きて建物としての命は尽きていた。

 でも、この建物は……。

「どうしたのアマル?」

「いや、なんとなく生きている気がして」

「生きて居るって、誰が?」
 レイラが驚くように聞いてきた。

「人じゃなくて、この建物がさ」
 一瞬間が開いて、レイラが笑い出した。

 何が可笑しいのか分からないけれど、ナカナカ止まらない。
 お腹を抱えるようにして俯せで、苦しいのか目から涙までうっすら見せている。

「どうしたレイラ。何が可笑しい?」
「だって、そうじゃない。古い歴史のある建物ならわかるけど、これはただのコンクリートで固めただけの建物よ。しかもまだ30年くらいしか経ってなさそうな」

 確かに俺の話は飛躍しすぎていると自分でも思ったが、笑うほど可笑しなものでもないと思った。



 それから二人で海辺へ向かった。

 実はブティックを出てから誰かにつけられている気がしていたので、いちど見晴らしの好い所に出たいと思ってレイラを誘った。
 見通しが好い所では、追跡者は非追跡者との間に距離を置く必要がある。
 でなければ自分の正体を相手に晒すことになるから。
 そして距離が離れると、追跡の手から逃げやすい。

「レイラは、よく海で泳ぐの?」

「そうね、昔は何度かホテル前のビーチで泳いだかな?」
「彼氏と?」

「そうね」

「いまは?」
「いまは、もう泳がないのよ。ホラもう、おばさんだから」
 そう言って笑ったレイラの顔は、年よりも遥かに若々しく見えた。
 まるで世間に出る前の、野心に燃えた少女のよう。

「風が強いな……戻ろうか」

「そうしましょう」
 でも、実際は来た道を戻らず、その先の市街地に向かって進んだ。
 そして、道を間違えた振りをして路地をジグザグに進みながら、追跡者から距離をとって行く。
 通りの南側の二階にあるカフェを見つけたので、一緒に休もうと誘った。

 チョッと遅いランチ。

 窓際の席をとる。
 ここならば、光の反射で追跡者からは見えなくて、こちらからは見やすい。

 注文をした後、直ぐにアザーンが鳴ったので、レイラと二人でお店の礼拝室に入ってズフルの礼拝を済ませた。
 席に戻ると、昨日の男たちが通りを掛け回っているのが見えた。

「どうしたの?」

 レイラが聞いてきた。

「きのうの夜、エマと私を襲ってきた男たちに似ていると思って」
 そう言って、通りを行ったり来たりする男たちを指さした。

「まあ。大変!それで怪我はなかったの?」
「うん。すごく怖かったけれど、バイト先の主人が助けに来てくれたから」

「よかったわね。でも夜道はお互い気を付けましょうね」
「うん」

 レイラは注文が来る前にと言って化粧室に立った。

 そして注文した料理が届けられ、それを食べ終わる頃には、もう昨夜の男たちは何処にも居なくなっていた。



 レイラを連れてお店に戻ると、そこにはセバも来ていた。
「爺ちゃん、無茶すんなよ。そういう時には直ぐ俺に連絡してくれれば飛んでくるんだからさあ」
 昨夜のことをどこからか聞きつけて、心配して様子を見に来たらしい。

 能天気なように見えても、ナカナカお爺ちゃん思いの好い青年なのだと少し見直すが、セバ一人……いや、あの五人の仲間と一緒でも昨夜の男たちには敵わなかっただろう。

 ムサが簡単に蹴散らしたように見えたけれど、あの6人は格闘技の訓練を受けている。
 ただのチンピラとは訳が違う。

「あら、なにかあったのかしら?」
「ああ、昨日の夜。バーからの帰り道、アマルとエマがチンピラに絡まれたんだ」

「大変でしたわね、さっきアマルさんにお伺いしましたわ」
「大丈夫さ。アマルの悲鳴を聞きつけた爺ちゃんが、直ぐに駆け付けて6人のチンピラどもをあっという間に片付けたから」
「まあっ6人も!お爺様すごいわ」

 “俺の悲鳴ではなく、それはエマの悲鳴だ” と言おうとしたが、レイラのほうが先に喋ったので、我慢した。

「そりゃ強いさ、だって俺の爺ちゃんは、もと――」
 そこまで行ったときムサが大きな咳払いをして、話を止めさせた。
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