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*****Opération“Šahrzād”(シェーラザード作戦)*****

Mr. Musa's house(ムサの家)

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 コンコンとドアをノックする音が聞こえ、ボーイが朝食を運んできた。
 背の高い黒人男性。

「ブラーム!」
 白い服が良く似合う。

 たった一日離れただけなのに、懐かしくて抱き着いていた。

「よう。軍曹」
 戸惑いながら、そのゴツゴツした手が肩に置かれる。
 “いけない、昨日からすっかりエマのペースに、はまって思わず抱き着いてしまった”

「どうしてここにいる?」
 体を離して俺が見上げると、ブラームがエマの方を向いて、回答を促す。

「実は、このホテルのオーナーはフランス人で、以前から懇意にしてもらっていて、つい先日ここのセキュリティー担当者が2名辞めて空席が出来たの。それでアフリカ人とスウェーデン人の2人を雇ったって言うわけ」

「スウェーデン人、ニルスもか?」
 ブラームがコクリと頷く。

「じゃあ、辞めた2人って言うのは……」
「そう、エージェントよ」

「回収した武器は、セキュリティー担当者のロッカーに仕舞っておく。俺とニルス少尉は交代でどちらかが部屋にいるが、もしも居ないときは暗証番号19450815を押せばいい」
「覚えやすい番号だな」

 暗証番号は、世界中を巻き込んだ大戦争が終結した日。
「他にHK416も余分に2丁置いてあるから自由に使ってくれ」

「さあ、さっさと朝食を食べてファジル(早朝の礼拝)に行くよ」

「気を付けろよ」
 帰ろうとするブラームに、そう言った。

「ああ、軍曹も……」



 朝食を済ませ外に出ると直ぐにアザーン(礼拝の始まりを告げる放送)が鳴り出したので急いでモスクに向かい、そして礼拝を終えるとセバが居ると言った場所に向かう。

 あのセバと言う男は居た。
 しかも仲間らしい5人の若い男たちと一緒に。

「よう、来たな。で、どうする?」

「泊めてもらうわ、もう少しここに居たいから」
「豪華ホテルじゃないけど、いいのかい」

「いいわ。あんな外国人が経営するホテルなんて、まっぴらよ」

 あれだけホテルを堪能しておきながら、どの口が、そう言うのかと思って聞いていた。

「荷物は、それだけかい」
「そうよ」

 エマが答えるなり、周りを取り囲んでいた男がエマと俺のバッグを取り上げた。

「何をする!」
 咄嗟に取られたバッグを取り戻そうとした俺を、エマが止める。

「ちょっとぉ、何すんのさぁ」
 エマがセバに文句を言った。

「すまねえな。宿の主は気の好い奴なんだけど、少し神経質でね。ほら、この辺りは治安が悪いだろ。この前もフランスのスパイってぇ奴と街中で銃を撃っ合ったばかりでね。まさかとは思うが、護身用の銃やナイフを持っていないか調べさせてもらうぜ」

 1人の男が俺たちのバッグを調べている間、2人の男が後ろから俺たちの肩を掴み、正面に立った男2人が銃床のないAK47を衣服に隠して構える姿を見て滑稽に思った。

 その体制で銃を撃ったら、俺たちの体を貫通して仲間にも当たってしまうじゃないか。

 所詮、テロ組織の底辺に居る奴なんて、この程度。
 銃の知識など殆ど知らない。

「大丈夫、普通の旅行者だ」

 バッグを調べていた男が声をかけるとセバが、まるで今気が付いたかのように銃を構えている二人に「何してるんだ、大切な客人に銃など向けやがって」と怒った。

 芝居じみている。
 肩を抑えていた男の手が離され、俺は肩を払う。
 着いたゴミを掃き捨てるように。
 それを見たセバが「生娘か?」とエマに囁く。

 エマは「シエヘラザードよ、王が求めるなら相手をさせるわよ」と、笑って言った。

 “おいおいこの女、作戦名まで言っちゃったよ!って、俺は求められても、王の相手などしないぞ!!”





 セバについて行くと通りの奥に古びた食堂らしい建物が見えて、開けっ放しの戸をくぐると、そこには白い髭を生やした老人が居た。

「その娘たちか」
 頑固そうな顔に、大柄で、ぶっきらぼうな物の言い方は威圧感がある。

「ああ、ムサ。宜しく頼む」
 ムサと呼ばれた男がジロリと俺たちを睨む。
 隙のない眼差し。
 チンピラとは違う。

「用は、それだけか?」
 俺たちから目を離し、今度は店内を屯すセバの仲間たちを睨んで言った。

「ああ」
「用が済んだなら、さっさと帰れ。客以外の長居はお断りだ」
「ちっ」
 セバの仲間が嫌な舌打ちをした。

「じゃあ、またな。えっと……」
「エマよ。そしてこっちがアマル」

「じゃあエマにアマル、またイシャ―(就寝前の礼拝)の後にでも会おう!」

「いいけど、脅しはなしよ」
 エマの言葉に、ムサが鋭い眼光でセバを睨んだ。
「なっ、なんにもしてねーよ」
 ムサの視線に怖気づいたセバが慌てて弁解し、逃げるように急ぎ足で帰って行った。

 明かりのつけられていない店内は、思った以上に暗く感じる。
 窓の外の景色が、やけに明るくてホワイトアウトしてしまいそう。

 ぶっきらぼうな物の言い方のわりに、店内は綺麗に掃除されていて清潔感が漂っている。
 屹度、この男の作る料理は美味いのだろうと思った。

「シリアから来たのか」

「ええ」
「なぜ、こんなところに来た」

「シリアが酷過ぎて逃げてきました」
「嘘を言うな。逃げるのなら、ここよりも治安の好いエジプトやクウェート、キプロスを選ぶはずだ。そんな理由ではセバは騙せても俺は騙せないぞ」

「では、正直に言います。戦争でレプティス・マグナやガダミスが壊される前に見ておこうと思ってきました。そして出来るなら壊さずに残しておきたいと思っています。……これなら、どうでしょう?」

 大胆過ぎると思って驚いた。
 素性も知らない、今あったばかりの老人に、そこまで話してしまうとは。

 確かに任務はバラクを捉えてザリバンの弱体化を狙うのが目的で、エージェントの救出は、その一部。
 もしも、この老人がエマの話した内容を誰かに話せば、勘の好い奴ならすぐ俺たちの正体を見破るだろう。
 しかしムサは、エマの言葉をスルーした。

「ふん。知ったことか。もう騒ぎは御免だ。それにセバにあまり調子を合わせんでくれ。あいつは悪い奴じゃないが調子者だから、後先のことが考えられない」

 そう言うと、ムサは店の奥に進んで行き、部屋を見せると言った。
 ムサについて階段を上がるエマと俺。

 部屋の前でムサは言った。
「この通り、普通の民家の一室だ。泊まるなら泊まれ、宿代は要らんが、その代わり夕方に店を手伝うのが条件だ。料理は出来るか?」

 顔を睨まれたエマが困ったように、ニヒヒと笑顔を見せる。

「お前は」
 次に俺の顔を睨んだので「できる」と答えた。

「では、お前は注文と給仕。そして白いほうは調理と皿洗いでどうだ。条件は他にない。空いた時間は好きにすればいい」

 夕方の少しの時間だけ店を手伝うだけで、泊めてもらえるなんて好条件だった。

 俺たちは、本当にそれだけで良いのか、なにか裏でもあるのか考えているとムサが「何をしている。泊まるのか、泊まらないのか?」と聞いてきてエマが慌てて「はっ、ハイハイ。泊まります」と答えた。



 ホテルとは違い、部屋は普通の家庭にある寝室。
 ベッドも二つある。

 どこかしら生活感があるのに、生活臭さがない。
 まるで大切なものを隠しているような、不思議な空間。

 どこかで時間を止められているようにも感じる。

「ちぇっ、ベッドが二つに分けてあるじゃない……ねえ、くっつけて一つにしようよ」
「だめ」
「ちぇっ」

 敵の真っただ中に入ったかもしれないのに、緊張もないエマを逞しいと思った。
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