上 下
25 / 64
*****Opération“Šahrzād”(シェーラザード作戦)*****

Demon Sergeant Ⅰ(鬼軍曹)

しおりを挟む
 フランス軍駐屯地へ入ると、出迎えの兵士が大勢出ていた。

 検問所を潜り抜けジープで通り過ぎると、出迎えていた兵士達もジープを追いかけるように付いて来る。
 そのほとんどが後方支援の女性隊員。

 黄色い歓声が、殺伐とした砂漠に似合わないくらい華やかで、まるでコンサート会場に入る人気スターを追いかけているように見える。

「外人部隊は人気があるな」
「そんなことは無い。いつも鼻つまみ者だ」
「でも、歓迎されているぞ」

 俺が後ろを指さすと「俺たちじゃない、お前を歓迎しているんだ」と返された。
「なぜ?」
「おおかたテシューブが連絡したんだろう。“傭兵部隊に女性隊員が居るので、風紀の乱れが無いように”って」

 なるほどテシューブなら、そんな連絡も入れそうだ。
 そして、それが部隊に伝えられ騒ぎになる。

「逆効果って奴だな」

 フッとハンスが笑顔をこぼす。

 基地の中ほど。
 司令部のテントの前でジープが止る。
 現地司令官らしき人物がテントの奥から、こっちを覗いている。

 ハンスとニルスはジープを降りると、直ぐにテントの中に入って行った。
 俺は着任の挨拶をするため、皆を整列させなければならない。

「全員降車!」
 トラックから降りたモンタナ達が直ぐに集合する。

「整列!」
 俺の号令通りに素早い整列。
 さすがエリート戦士達だ。

 と、言いたいところだけれど、黄色い歓声を目の当たりにして、どいつもこいつも顔がニヤケていやがる。

 整列したみんなの前を歩きながら「シャキッとしろ!」と小さな声で注意する。

「でもよぉ~……」
 トーニがニヤけた顔のまま、不服そうに何か言おうとしたので、ギャラリーから見えない位置でズボンの上から思いっきりキン〇マを鷲掴みしてやる。

「シャキッとしないと、握り潰す!」
「りょ、了解です。軍曹殿!」

 トーニが驚いたようにシャキッとして答えた。

「よし、それでいい」

 他にニヤけた顔の奴はいないか、ひとりひとりチェックして歩き、一番端で俺も整列に加わる。

 テントからハンスとニルス、それに司令官らしき人物が出て来た。

「気を付け!」
 ザッっと足を揃える音が響く。

「敬礼!」
 バッと敬礼をするために上げられた服の音がひとつになる。

 さすがに最強傭兵部隊『LéMATリマット』の兵士、決める所はバッチリ決めてくる。
 そう思い誇らしげにハンスの顔を見る。

 しかし、ハンスの顔付きが少しおかしい。
 渋い顔。

 怒っているように見えるハンスとは対照的に、ニルスの方は笑いを堪えているように見えた。

 そのうち、集まったギャラリーたちも何やらザワザワソワソワし出した。

 そして司令官は、呆れ顔。

 いったい何だろう?
 ニルスが、笑ったままの目で俺に合図を送る。
 なにかと思って、ニルスの目線を追う。

 列も乱れてはいないし、皆、キッチリ引き締まった顔をしている。
 しかも、いつもより緊張感が半端ない。

 特に何も問題ないはず……。
 そう思った矢先、目が点になった。
 問題の原因が分かったのだ。
 列の中ほど、丁度ズボンの股の辺りに、まるで横向きにテントを張ったような出っ張り。

 トーニだ。

 ハンスの苦い顔、ニルスの笑い顔、ギャラリーの騒めき、指令の呆れ顔に隊員の半端ない緊張した顔付き。

 全てトーニが股に張ったテントが原因だ。
 もう一度列を覗くと、その張本人の顔は真っ赤で、額から零れる程汗が落ちていた。



 駐屯地入りの挨拶が終わり、分隊は割り当てられたテントに向かう。

 もちろん俺も。

 そう思って歩き始めたところで、ハンスに呼び止められ、司令部に誘われた。

 俺たちの任務はトリポリに潜むバラクの捕獲。
 特に現地指令と打ち合わせするようなことは無いと思っていたし、作戦の打ち合わせにしても下士官の俺が呼ばれるのはおかしい。

 ニルスは司令部の地下にある情報処理室に降りて行く。

「じゃあな、俺はまた後で顔を出す」

 俺を呼び出したハンスも、司令のテントの前まで俺を案内すると、小声でそう言ってテントを去った。
 俺が呼ばれた訳は、作戦の打ち合わせでもないらしい。

 ”まさか、女だから呼ばれただけなのか?”

「失礼します!」

 そう言って、指令の部屋に入ると紅茶の甘い香りと、苦い珈琲の香りがした。

「やあ、君が一世紀振りに復活した女性戦士かね。スーザンの国籍はイギリスだったけど、君は何処の出身かね?」

 司令官はそう言うと「指令のアンドレ大佐だ」と握手を求めて来たので、こちらも手を差し出す。

「綺麗な手だ。ウチの補給部隊に居るどの女性兵士よりも、2等軍曹の手は綺麗で柔らかく、それに白い」

 部隊内では、女性として扱うなと厳しいお達しがあり、それは国軍にも伝わってあるはず。
 なのに、このアンドレ大佐の俺への態度は、まるで女性へ対する敬意そのものなので戸惑う。

 “エロおやじか?”

 こういう世界だから、ゲイもいればエロもいる。
 だが、それが基地司令では示しがつくまい。

「まあ、腰掛けて紅茶でも飲んでくれ」
 そう言って指令自身は珈琲のカップを持ち上げた。

「頂戴いたします」

 紅茶を飲むときにアンドレ指令は腕時計に目をやり、時間を確認した。
 俺がまだ出身地の質問に答えてないことよりも、時間が気になるらしい。

「2等軍曹、君の経歴書は読ませてもらったよ。出身地不明、女子、コルシカ空挺試験はトップの成績で卒業、筆記試験では士官試験もクリア、なかなか頭がいい。それにもまして射撃成績は群を抜いて抜群じゃないか、どこで習った? もとはテロ組織にでも居たのかね?」

 ヤザと一緒に多国籍軍と闘っていた事がバレたら、なにかと面倒になるので養父が猟師だったので幼いころから習っていたと答える。

「養父に教わった……で、その養父は今どこに?」
「俺を置いてどこかへ消えた」

「なるほど、それは大変だったろう。それで、それ以降はどうして暮らしていた?」

 赤十字難民キャンプだと答えると“どこの?”と聞き返してくるだろう。
 しかし運の良い事に、この司令官と俺とは組織が違うから、クソ真面目に答える義務はない。
 だから「尋問ですか?」と逆に聞き返した。

「いやぁ、つい美人を見ると興味が湧く性質で、気分を害されたのなら謝るよ。すまない」

 アンドレ指令は、それから立ち入ったことは聞いてこなくなり、現地の情報などを俺に話した。
 テントの奥からハンスの声がした。

「入りたまえ」

 入って来たのは二人。
 ハンスの隣にはニルスが居た。

「終わったかね」

「終わりました」とニルスが答えた。

 その言葉を聞いて指令が席を立ったので、俺も立つ。

「いや、くだらない話に付き合わせて申し訳ない。この握手を最後に私の認識を改めさせてもらう。チャーミングな若いお嬢さんではなく、強く立派な兵士として歓迎するナトー2等軍曹。リビアへ、ようこそ!」

 差し出された手に、迷うことなく自分の手を出して握手をした。

 アンドレ指令は握手が未だ終わらないうちにニルスに尋ねた。

「使い方はウチの通信担当に?」

「ハイ。もう説明しました」

 ニルスが答えると、指令は俺の方を向き「これで安心」と言った。

「それでは、失礼します!」

 ハンスの号令で俺たち三人は一緒に指令のテントを出た。

「何をしていたのですか?」
 ニルスに聞くと、通信の情報制限を掛けていたと答えた。

「何のために?」
 俺が効くと、大勢のギャラリーたちが携帯をこっちに向けていた。

「写真!?」
 そう、ここの通信網にウィルスを掛けた。

 俺が不思議そうな顔をしているのに気が付いたハンスが、面倒臭そうに口を挟む。
「皆が、お前の写真を撮るからだ。写真が出回っては困る」

「それで、ナトちゃんの写真を撮影した場合に、送信できなくなるばかりか、削除してしまうスパムを入れたんだよ」

 あとに続いて、ニルスが自慢げに答えたので、いつも現地入りしたら行う作業かと聞いた。

「まさか。言ったろ、いつも俺たちは鼻つまみ者だって」
「こうして写真を撮られる事なんてない」

「……そうか。すまない」
 女性だということを申し訳なく思う一方、何だかほんの少しだけ甘く、くすぐったい気持ちになった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

裕也の冒険 ~~不思議な旅~~

ひろの助
キャラ文芸
俺。名前は「愛武 裕也」です。 仕事は商社マン。そう言ってもアメリカにある会社。 彼は高校時代に、一人の女性を好きになった。 その女性には、不思議なハートの力が有った。 そして、光と闇と魔物、神々の戦いに巻き込まれる二人。 そのさなか。俺は、真菜美を助けるため、サンディアという神と合体し、時空を移動する力を得たのだ。 聖書の「肉と骨を分け与えん。そして、血の縁を結ぶ」どおり、 いろんな人と繋がりを持った。それは人間の単なる繋がりだと俺は思っていた。 だが… あ。俺は「イエス様を信じる」。しかし、組織の規律や戒律が嫌いではぐれ者です。 それはさておき、真菜美は俺の彼女。まあ、そんな状況です。 俺の意にかかわらず、不思議な旅が待っている。

織姫と凶獣

京衛武百十
現代文学
両親との出会いに恵まれなかった少年、鯨井結人は、実の母親とその交際相手の男からの苛烈な虐待を生き延びたサバイバーである。 実の親にも存在を望まれなかった彼はこの世の全てを呪い、憎み、敵視していた。 しかしその彼にとっても唯一の例外とも言える存在、鷲崎織姫によって命を救われたことで、彼の人生は大きく動き始める。 そして彼は、次々と出会う人々との交流を通じ、『凶獣』ともあだ名された獣の如き危険な存在から、人間としての在り方を取り戻していくのであった。     筆者より。 「9歳の彼を9年後に私の夫にするために私がするべきこと」で少し触れられた鯨井結人(くじらいゆうと)の物語です。

十彩の音を聴いてーPower Switchー プロモーションVer

七兎参 ゆき
現代文学
たった三日間の出逢いに停まった時間は動き出す 不可解なプロローグから全てが始まる!その行方は? 祝福の鐘の音に時は動き、運命に導かれた二人は出逢う。 スピリチュアルな体験を経て歯車は噛み合い必然となる! 晴れのち〇〇ドキドキ飯テロ! ワーカホリックのヒロインがスローライフを始める一歩を踏み出した。 持ち前のポジティブさを活かしコミカルに時に切なくそして飯テロ決行! 魅力溢れるキャラクターが躍動する物語。 本作「Power Switch」から続編「Are you all set to go?」へ! そして「Let's Dance」で謳歌し どこまでも高く羽搏くヒロインは愛も楽しみも諦めない! 全てをその手に掴み取り誰かの元へ 独り占めは楽しくない! みんなで創りあげる彩りはオールカラーのハイビジョン! あなたへお届けする至福のひと時。 この鼓動はいまも強く高鳴り 誰かの背を押し、誰かに押され いつかまた戻る輪廻のメビウス。 考える時間は勿体無い! 留まるくらいなら高く跳ぶ! 好きに走って羽搏けば、きっと空にだって行けるはず 「十彩の音を聴いて」シリーズ三部作の第一弾です。 近況ノートに表紙イラスト掲載してます。 近況ノート https://kakuyomu.jp/my/news/16818023213992460961 この物語のサブタイトル 「Power Switch」完結済 「Are you all set to go?」完結済 「Let's Dance」執筆中 と続く三部作の進行形長編小説。 どうぞ末永くお付き合い下さい。

【実録】人が死にいたる道

すずりはさくらの本棚
現代文学
タイトル:ファースト・オピニオン「発達障害および譫妄処方箋」 【実録】人が死にいたる道 著者:遠藤さくら 構成作家:「すずりはさくらの本棚」 夕方・就寝前「投薬」 インチュニブ3mg*2=6mg「一日一回」、セパゾン1mg*2=2mg「一日一回」、漢方ツムラ84番 大黄甘草湯「一日二回」、漢方ツムラ19番 小青竜湯「一日二回」、タケキャプ10mg「一日一回」、アミティーザカプセル24ug「一日一回」、マグミット錠330mg*2=660mg「一日一回」、ピコスルファー内容液「一週間」、ラコール200kcal「一日三回」、その他内科薬品。 ラボナ50mgの換わりに出されたお薬は、ヒベルナ/ヒルナミン25mg「ベゲタミンと同様の効果」でした。 主治医の優しさ、患者の苦痛の度合いにあった処方だったと思います。 セロクエル500mg「合計/750mg maxでした。」 そして、ベンザリン15mg「合計/いままでは26mg(10mg*2=20mg 5mg 1mg =26mg)でした。」、ルネスタ3mg「不眠時 8mg(4mg*2)追加」、デパケンR200mg*2=400mg、エスゾピクロン3mg「いままでは、1mgもありましたが減りました。」、テグレトール400mg「200mg*2=400mg」。が本日からの就寝薬でした。 効果 お薬変わってもぜんぜん効かなかった。二日目から効果実感。三日目からは4時間「1時過ぎに服用。」しか眠れなくなった。一次産業として算出されたベゲタミンは既に最強ではない。投薬後、6月21日以降から、投薬し続けたが、本日をもち、完全に機能が停止。ご臨終です。 セカド・オピニオン「統合失調症(抗パーキンソン病処方薬)処方箋」過去に服用したことがあるお薬の名前を列挙しました。あくまでも、素人思考なので、ファースト・オピニオンをこの場合は、一番とします。あれば便利かなーと思い、書き出しましたが、副作用も強く、患者さんによっては、適さないでしょう。本当は恨みをかわない為。 リスペリドン2mg(経口禁注射)「一日一回」、ベゲタミンB 同等薬『ジプレキサ2.5mg*2錠「一日二回」、ウィンタミン錠200mg*2錠 同等薬「イソミタール原末ウインタミン顆粒混合(医師決定量)」「一日一回」、コントミン糖衣錠25mg*2錠「一日二回」、レボフロキサシン錠500mg、「一日二回」、セルシン5mg「一日二回」、ロキソニン60mg「一日二回」、漢方ツムラ41番 補中益気湯「一日二回」、ジアゼパム5mg「一日二回」、漢方ツムラ1番 葛根湯「一日二回」、漢方ツムラ10番 柴胡桂枝湯「一日二回」、メインテート錠5mg*2錠「一日一回」』。

春秋花壇

春秋花壇
現代文学
小さな頃、家族で短歌を作ってよく遊んだ。とても、楽しいひと時だった。 春秋花壇 春の風に吹かれて舞う花々 色とりどりの花が咲き誇る庭園 陽光が優しく差し込み 心を温かく包む 秋の日差しに照らされて 花々はしおれることなく咲き続ける 紅葉が風に舞い 季節の移ろいを告げる 春の息吹と秋の彩りが 花壇に織りなす詩のよう 時を超えて美しく輝き 永遠の庭園を彩る

社会復帰日記

社会復帰中
現代文学
鬱病に至る経過から、社会復帰の過程を書きます。 日記として、毎日更新を行っていきます。 この文章は、note、エブリスタ、小説家になろう、セルバンテス、ShortNoteに同じ内容のものを投稿しています。見やすい媒体でご覧ください。

【完結!】『山陰クライシス!202X年、出雲国独立~2024リライト版~』 【こども食堂応援企画参加作品】

のーの
現代文学
RBFCの「のーの」です。 この度、年末に向けての地元ボランティアの「こども食堂応援企画」に当作品で参加させていただきこととなりました! まあ、「鳥取出身」の「総理大臣」が誕生したこともあり、「プチタイムリーなネタ」です(笑)。 投稿インセンティブは「こども食堂」に寄付しますので、「こども食堂応援企画」に賛同いただける読者様は「エール」で応援いただけると嬉しいです! 当作の「原案」、「チャプター」は「赤井翼」先生によるものです。 ストーリーは。「島根県」が日本国中央政権から、「生産性の低い過疎の県」扱いを受け、国会議員一人当たりの有権者数等で議員定数変更で県からの独自の国会議員枠は削られ、蔑(ないがし)ろにされます。 じり貧の状況で「島根県」が選んだのは「議員定数の維持してもらえないなら、「出雲国」として日本から「独立」するという宣言でした。 「人口比シェア0.5%の島根県にいったい何ができるんだ?」と鼻で笑う中央政府に対し、島根県が反旗を挙げる。「神無月」に島根県が中央政府に突き付けた作戦とは? 「九州、四国を巻き込んだ日本からの独立計画」を阻止しようとする中央政府の非合法作戦に、出雲の国に残った八百万の神の鉄槌が下される。 69万4千人の島根県民と八百万柱の神々が出雲国を独立させるまでの物語です。 まあ、大げさに言うなら、「大阪独立」をテーマに映画化された「プリンセス・トヨトミ」や「さらば愛しの大統領」の「島根県版」です(笑)。 ゆるーくお読みいただければ幸いです。 それでは「面白かった」と思ってくださった読者さんで「こども食堂応援」に賛同下さる方からの「エール」も心待ちにしていまーす! よろしくお願いしまーす! °˖☆◝(⁰▿⁰)◜☆˖°

夫の親友〜西本匡臣の日記〜

ゆとり理
現代文学
誰にでももう一度会いたい人と思う人がいるだろう。 俺がもう一度会いたいと思うのは親友の妻だ。 そう気がついてから毎日親友の妻が頭の片隅で微笑んでいる気がする。 仕事も順調で金銭的にも困っていない、信頼できる部下もいる。 妻子にも恵まれているし、近隣住人もいい人たちだ。 傍から見たら絵に描いたような幸せな男なのだろう。 だが、俺は本当に幸せなのだろうか。 日記風のフィクションです。

処理中です...