【完結】瓶詰めの悪夢

玉響なつめ

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PAGE1 マンション

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「ふうん? イイトコロに住んでんだなあ。映像処理を請け負うフリーランスってなぁ儲かるもんなのか……」
 
 警察の調査をすっかり終え、後は当人が帰ってくるのを待つばかりという部屋はなかなかの好物件だ。
 都内のデザイナーズマンション、高層階。コンシェルジュ付きで防音性も高い、
 一人暮らしって話だが、客や友人を招くことも多いってんで4LDKに住んでんだから、相当稼いでいなきゃやってられないだろう。

 カーテンは閉められていたが、ベランダの様子を見るために開けてみた。
 がらんとしていた。
 
「……にしても……」
 
 なんでもAは年単位で家賃を先払いしていたらしく、本人の安否がわかるまで契約はそのままらしいが……まあ、その辺りは俺の気にするところじゃあ、ない。
 
 それにしても気になったのは、室内の、物の少なさだろうか。
 男の一人暮らしだ、別に持ち物にケチをつけるわけじゃあないが、稼いでいるって割には質素だった。
 その代わり家具は割と良いものを使っているのが印象的だろうか。
 
 友人を招いてはしゃぐためなのか、リビングダイニングには八人がけの大きめのテーブルがあり、冷蔵庫もなかなかのサイズだ。
 
 電気も今月いっぱいは継続しておいてほしいという家族の意向でそのままだというので、中身もそのままだ。
 とはいえ、さすがに例の茶碗と米、それからお椀は片付けられていたが……もしかすると警察が物的証拠とやらで持って行ったのか?
 
「うへえ」
 
 炊飯器の中身を興味本位で覗いたが、こりゃ見ちゃいけなかった。ここまでは誰も片付けようと気を回さなかったらしい。
 
「そういや、食中毒の原因は……っと」
 
 Aは食に興味がなく、酒やタバコもしない。
 趣味は映画の鑑賞で自宅にホームシアターを用意して巨大画面で楽しむくらいで、他には思い当たることもないだ。
 
「あー、なるほど……?」
 
 なんでも食中毒の原因は、その食に帯する興味のなさが原因だったようだ。
 
 買い置きしてある味噌汁の素、それから白米にかけるふりかけや海苔、そして鮭フレークといったものが戸棚や冷蔵庫に常備されている。
 その中の一つ、シャケフレークを面倒くさいからとしまわず何日か放置してそれが原因で倒れたとのことだった。
 
「一人暮らしのあるあるだなあ」
 
 その報告書を読んで思わずしみじみしたのは何も自宅で今放置されている缶ビールの空き缶を思い出したからではない。決して。
 分別の日が来たら捨てようと思っているだけで、忘れてなんかいない。
 
「うお、これか……」
 
 ホームシアターのセットは本人の趣味というだけあってなかなかの代物だ。
 しかし、こちらも綺麗な状態だった。
 
(やはり強盗の線は薄い、か……)
 
 改めて部屋を見渡していくが、目立ったものはない。
 モデルルームかと思うような生活感のなさが気になったくらいだ。
 それでもAはこの部屋で生活していたのだろう。
 
 依頼者が気にしていた、電話の着信……それから同じく友人でもあり、管理会社勤務のBの行方が知れないということですっかりメンタルを病んでいた。
 それゆえに怪奇現象ではないかと思ったようだが……それらしいものも見当たらない。
 
(ハズレか)
 
 心霊研究を主とする学者である俺にとって、こういったことは珍しくない。
 
 自分の理解をちょっとでも超えたことが発生すると、人は何か見えないものにその理由を押し付ける傾向にある。今回もそうだろう。
 
 何かしらの理由があって失踪したAと、そして彼の失踪理由に触れたのか或いは他の理由かは不明だが、同じように失踪したBという二人の友人が突如として姿を消したことによる不安。
 着信に関しては依頼者のスマホは確認させてもらえなかったことを考えると、彼の自作自演ということも考えられる。
 或いは、本当に病んでいて幻覚・幻聴という可能性もあるだろう。
 依頼者には病院でケアをしてもらうのが一番良さそうだ。

 心霊案件とは異なる、俺はこの段階でそう判断した。
 
(あーあ)
 
 今回は面白いことになってくれと期待していただけにこの落胆はどうしてくれようか。
 だが昨今、なかなか依頼者もいなくて財布も寂しくなってきたところだし、調査は真面目にしなければ。
 私はAの仕事場に足を向けた。
 
「うお、ここもすげえな……」
 
 デスクトップパソコンが二台、ノートパソコンが二台、デュアルディスプレイだったりマイクやヘッドホン、ヘッドセット……他にもなんらかの機器がずらずらと置いてある。
 スマートホンはやはり見当たらなかった。
 
「……パソコンの中身は警察が確認してるだろうし……ってこれは押収しなかったのか?」
 
 情報の宝庫っぽいのにな。
 しかし、俺は機械には疎いので触らない方がいいだろう。
 
「ん?」
 
 踵を返しリビングに戻ったところで、カウンターキッチンの上に一冊のノートがあることに気がついた。
 
(来た時には、こんなもんなかったと思うんだがな……?)
 
 単純に見落としたのだろうか。
 A5サイズ程度の大きさのそれはやや分厚目で、一見すると本のようにも見えるが確かにノートだ。
 ぱらりと中を捲って、俺はそれが日記帳であると理解した。
 
「へえ、こまめなお人だったわけだ」
 
 これを見れば何かわかるかもしれない。
 俺は適当に近くの椅子に腰掛けて、日記帳を最初のページから読むことにした。
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