35 / 49
第三章 ロビン・マグダレア
30
しおりを挟む
「わかったぞ、どうして叙爵の件が進まないか!」
「まあ、お父様お帰りなさいませ」
「義兄さんの叙爵の件、まだ進んでないのかよ!?」
荒々しい靴音と共に帰ってきたベイア子爵の後ろには、ヴァンダ補佐官の顔もある。
二人とも酷く苦々しげな様子に、アナとヨハンは顔を見合わせた。
ロビンはきょとんとした様子だ。
「実はな……」
夫人が使用人たちにテキパキと指示を出し、茶の準備をさせている間に子爵はどかりとソファに腰を下ろし、ヴァンダ補佐官もそれに倣った。
そして語ったことによれば、なんとも滑稽な話だった。
自身を救ったロビンに対し、報償として叙勲を願い出たのは王弟だ。
王はそれを聞き受け入れる。
ただ、あの場には王弟以外にもそれなりの地位にある人間がいた。
それはパラドゥミ枢機卿である。
暴動を鎮圧の後、哀れな迷い子たちを救うために王弟に同伴していたのだ。
彼もまたロビンの活躍を認め、推挙してくれた人物であった。
「……ところが、だ。枢機卿にはご息女が二人おられて、そのうちの姉姫、エドウィーズ嬢が『ロビン・マグダレアと自分は運命で結ばれている』と言い出したんだそうだ」
「は、はあ……!?」
「ないとは思うがロビン、お前、エドウィーズ嬢と関係は?」
「ありませんよそんなもの! そもそもそのエドウィーズ嬢とやらのことも知らないのに!!」
この国の国教は聖職者も妻帯を認めており、枢機卿には息子が一人、娘が二人。
貴族としての身分こそないもののそれ相応の待遇をされている枢機卿家の姉姫が『運命』などと言い出したから問題となったのだ。
ただ、ロビンが言っているように関係がまるでないなら彼女が彼に想いを寄せた、それだけで済む話だった。
ところが、問題はそうではない。
ロビンがベイア子爵家の後見を受け、アナと付き合い出してからエドウィーズ嬢がそのような発言をしてきたのだ。
王はロビンとアナの関係を内々に報されているが、国教会の重鎮を無視するわけにもいかない。
関係は特に見当たらないというのに頑強に『運命』を言い張る娘に枢機卿も手を焼き、叙爵の後見も婚約者も枢機卿家に鞍替えしてはもらえないかと遠回しに言ってきている。
だがそれをおいそれと認めてしまえば、貴族よりも国教会を重んじたことになるし、また困ったことにエドウィーズ嬢は王の母親……つまり王太后の侍女でもあったのだ。
これがより事情をややこしくしてしまった。
自分の侍女が恋をしているのだから、内々の婚約ならば一度ロビンと見合いをさせてみてはどうかなどと王太后は言う。
後見人であるベイア子爵の顔を立て、後見は変えずに婚約者をすげ替えてはどうか。
いっそのこと国教会側の教会騎士として取り上げてはどうだ、と話がまああちらこちらに飛んでしまっているらしい。
おかげで王太后率いる侍女たち、国王率いる貴族たち、国教会の権力を強めたい勢力、叙爵そのものをよく思わない者たち……と意見が割れに割れて結論が出せずにいるのだとか。
「まあ……」
これにはアナもなんと言っていいのかわからない。
ロビンなど呆れて言葉を失ったまま、苦虫を噛み潰したような表情だ。
「まあ、我慢できずに結婚した二人こそが想い合っていると宣言してやってきたから安心しろ。もう周囲もそうなれば認めざるを得まい!」
「でも、そのエドウィーズ嬢はいったいどこでロビン様のことを見初めたのかしら」
やりきった態度のベイア子爵に対し、アナは至極当然の疑問をぶつける。
ロビン自身が知らないと言っているのに、あちらだけ運命を感じ、それを周囲が応援しているのはなんとも気味が悪い話である。
それを受けてヴァンダ補佐官が苦笑した。
「王弟殿下と枢機卿に連れられ、暴動鎮圧の立役者として王都にやってきた際に父親を心配してやってきた枢機卿家の姫君らと一度ご挨拶をしたとのことだよ」
「ええ……?」
一度の挨拶。
アナはロビンと顔を見合わせる。
「覚えはありますか?」
「……正直、大勢と挨拶をしたから覚えちゃいないな……」
アナの問いに、ロビンが大真面目に答えた。
その返答にヨハンが吹き出し、ベイア子爵家は『まあこれで世間が落ち着いてくれたらいいなあ』とようやく家族揃って落ち着いたのであった。
「まあ、お父様お帰りなさいませ」
「義兄さんの叙爵の件、まだ進んでないのかよ!?」
荒々しい靴音と共に帰ってきたベイア子爵の後ろには、ヴァンダ補佐官の顔もある。
二人とも酷く苦々しげな様子に、アナとヨハンは顔を見合わせた。
ロビンはきょとんとした様子だ。
「実はな……」
夫人が使用人たちにテキパキと指示を出し、茶の準備をさせている間に子爵はどかりとソファに腰を下ろし、ヴァンダ補佐官もそれに倣った。
そして語ったことによれば、なんとも滑稽な話だった。
自身を救ったロビンに対し、報償として叙勲を願い出たのは王弟だ。
王はそれを聞き受け入れる。
ただ、あの場には王弟以外にもそれなりの地位にある人間がいた。
それはパラドゥミ枢機卿である。
暴動を鎮圧の後、哀れな迷い子たちを救うために王弟に同伴していたのだ。
彼もまたロビンの活躍を認め、推挙してくれた人物であった。
「……ところが、だ。枢機卿にはご息女が二人おられて、そのうちの姉姫、エドウィーズ嬢が『ロビン・マグダレアと自分は運命で結ばれている』と言い出したんだそうだ」
「は、はあ……!?」
「ないとは思うがロビン、お前、エドウィーズ嬢と関係は?」
「ありませんよそんなもの! そもそもそのエドウィーズ嬢とやらのことも知らないのに!!」
この国の国教は聖職者も妻帯を認めており、枢機卿には息子が一人、娘が二人。
貴族としての身分こそないもののそれ相応の待遇をされている枢機卿家の姉姫が『運命』などと言い出したから問題となったのだ。
ただ、ロビンが言っているように関係がまるでないなら彼女が彼に想いを寄せた、それだけで済む話だった。
ところが、問題はそうではない。
ロビンがベイア子爵家の後見を受け、アナと付き合い出してからエドウィーズ嬢がそのような発言をしてきたのだ。
王はロビンとアナの関係を内々に報されているが、国教会の重鎮を無視するわけにもいかない。
関係は特に見当たらないというのに頑強に『運命』を言い張る娘に枢機卿も手を焼き、叙爵の後見も婚約者も枢機卿家に鞍替えしてはもらえないかと遠回しに言ってきている。
だがそれをおいそれと認めてしまえば、貴族よりも国教会を重んじたことになるし、また困ったことにエドウィーズ嬢は王の母親……つまり王太后の侍女でもあったのだ。
これがより事情をややこしくしてしまった。
自分の侍女が恋をしているのだから、内々の婚約ならば一度ロビンと見合いをさせてみてはどうかなどと王太后は言う。
後見人であるベイア子爵の顔を立て、後見は変えずに婚約者をすげ替えてはどうか。
いっそのこと国教会側の教会騎士として取り上げてはどうだ、と話がまああちらこちらに飛んでしまっているらしい。
おかげで王太后率いる侍女たち、国王率いる貴族たち、国教会の権力を強めたい勢力、叙爵そのものをよく思わない者たち……と意見が割れに割れて結論が出せずにいるのだとか。
「まあ……」
これにはアナもなんと言っていいのかわからない。
ロビンなど呆れて言葉を失ったまま、苦虫を噛み潰したような表情だ。
「まあ、我慢できずに結婚した二人こそが想い合っていると宣言してやってきたから安心しろ。もう周囲もそうなれば認めざるを得まい!」
「でも、そのエドウィーズ嬢はいったいどこでロビン様のことを見初めたのかしら」
やりきった態度のベイア子爵に対し、アナは至極当然の疑問をぶつける。
ロビン自身が知らないと言っているのに、あちらだけ運命を感じ、それを周囲が応援しているのはなんとも気味が悪い話である。
それを受けてヴァンダ補佐官が苦笑した。
「王弟殿下と枢機卿に連れられ、暴動鎮圧の立役者として王都にやってきた際に父親を心配してやってきた枢機卿家の姫君らと一度ご挨拶をしたとのことだよ」
「ええ……?」
一度の挨拶。
アナはロビンと顔を見合わせる。
「覚えはありますか?」
「……正直、大勢と挨拶をしたから覚えちゃいないな……」
アナの問いに、ロビンが大真面目に答えた。
その返答にヨハンが吹き出し、ベイア子爵家は『まあこれで世間が落ち着いてくれたらいいなあ』とようやく家族揃って落ち着いたのであった。
229
お気に入りに追加
497
あなたにおすすめの小説
王子は婚約破棄を泣いて詫びる
tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。
目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。
「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」
存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。
王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。
愛を語れない関係【完結】
迷い人
恋愛
婚約者の魔導師ウィル・グランビルは愛すべき義妹メアリーのために、私ソフィラの全てを奪おうとした。 家族が私のために作ってくれた魔道具まで……。
そして、時が戻った。
だから、もう、何も渡すものか……そう決意した。
公爵閣下に嫁いだら、「お前を愛することはない。その代わり好きにしろ」と言われたので好き勝手にさせていただきます
柴野
恋愛
伯爵令嬢エメリィ・フォンストは、親に売られるようにして公爵閣下に嫁いだ。
社交界では悪女と名高かったものの、それは全て妹の仕業で実はいわゆるドアマットヒロインなエメリィ。これでようやく幸せになると思っていたのに、彼女は夫となる人に「お前を愛することはない。代わりに好きにしろ」と言われたので、言われた通り好き勝手にすることにした――。
※本編&後日談ともに完結済み。ハッピーエンドです。
※主人公がめちゃくちゃ腹黒になりますので要注意!
※小説家になろう、カクヨムにも重複投稿しています。
【完結】あの子の代わり
野村にれ
恋愛
突然、しばらく会っていなかった従姉妹の婚約者と、
婚約するように言われたベルアンジュ・ソアリ。
ソアリ伯爵家は持病を持つ妹・キャリーヌを中心に回っている。
18歳のベルアンジュに婚約者がいないのも、
キャリーヌにいないからという理由だったが、
今回は両親も断ることが出来なかった。
この婚約でベルアンジュの人生は回り始める。
【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない
曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが──
「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」
戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。
そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……?
──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。
★小説家になろうさまでも公開中
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
嘘を囁いた唇にキスをした。それが最後の会話だった。
わたあめ
恋愛
ジェレマイア公爵家のヒルトンとアールマイト伯爵家のキャメルはお互い17の頃に婚約を誓た。しかし、それは3年後にヒルトンの威勢の良い声と共に破棄されることとなる。
「お前が私のお父様を殺したんだろう!」
身に覚えがない罪に問われ、キャメルは何が何だか分からぬまま、隣国のエセルター領へと亡命することとなった。しかし、そこは異様な国で...?
※拙文です。ご容赦ください。
※この物語はフィクションです。
※作者のご都合主義アリ
※三章からは恋愛色強めで書いていきます。
全てを諦めた令嬢の幸福
セン
恋愛
公爵令嬢シルヴィア・クロヴァンスはその奇異な外見のせいで、家族からも幼い頃からの婚約者からも嫌われていた。そして学園卒業間近、彼女は突然婚約破棄を言い渡された。
諦めてばかりいたシルヴィアが周りに支えられ成長していく物語。
※途中シリアスな話もあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる