上 下
31 / 49
第三章 ロビン・マグダレア

26

しおりを挟む
 オーウェンの手紙に関しては、ブラッドリィ伯爵家としては関与していないことであったとはいえ大変失礼した――そういった内容の謝罪文が届いたのは、ベイア子爵が苦情を入れた翌日だった。

 どうやらオーウェンの妻となった元パラベル男爵令嬢のミアは、学園に在籍はしていたものの座学そのほか諸々、あまり成績も振るわなかったらしい。
 学園では努力次第で下位貴族も上位貴族の勉強を学ぶことができるが、彼女は下位貴族の勉強内容だけで精一杯だったようだ。

 ブラッドリィ伯爵家は家柄としては由緒正しいものであったため、求められる勉強は高位貴族のそれであったため、妻として迎え入れられた彼女が苦労することは自明の理であった。
 それができない、努力しないからこそブラッドリィ伯爵夫妻が彼女を快く思わないのも当然である。

 そんな両親と妻との間に挟まれてオーウェンが暴走したのだろうとまとめられていたが、ヨハンは「自業自得じゃねえか」と一蹴し、親交を再開することはできないと今一度手紙を送った。

 アナは、何もしなかった。

「まあ、すごい」

「どうしたんだ?」

「これを見てください、ロビン様。バーネット公爵令嬢が卒業研究で認められ、王立研究院に就職が決まったそうです」

「それはすごいな!」

 学園で過ごすディアナは薬学の道に進んでいる。
 三年以降の研究に所属する学生たちは、薬科のプロたちと共同で研究をする機会を得るのだ。
 勿論学業に手を抜くことは許されないが、その研究いかんでは将来の道が決まるというもので、進学をすると決めた生徒たちにとって何よりも大事なものであった。

 以前、なかなかこれといった決め手が見つからない……と嘆くディアナに、オフィーリアの薬草の件を連絡しておいたところ、それが上手く当てはまったとのことだった。

「ディアナはこの功績をもって、かねてからの恋人と結婚が決まったそうです」

「……そうか、それは良かったな」

 公爵令嬢であるディアナは、それこそ政略結婚を求められる女性であった。
 兄であるブライアンが公爵家を継ぐし、王子妃にはモルトニア侯爵家の令嬢が内定していたこともあって諸外国との婚姻も視野にあった。

 それは正しく貴族家の令嬢としての生き方の一つであったが、ディアナは違った。
 彼女はずっと自身の護衛騎士に恋していたのだ。

 そこで学園で進学し、さらにその後二年以内に何かしらの結果を出したならば二人の関係を認めると公爵から言質を取っていたというのだから驚きである。

「ふふ、結婚式には呼んでくれるそうです。素敵」

「……アナ嬢も、やはり結婚式には思い入れが?」

「どうでしょう。私は……」

 一度ならず、二度までも。
 アナは曖昧に笑う。

「……周りのみんなに祝福してもらえたら、それでいいなと思います」

 ロビンの叙爵式は、まだ連絡が来ない。
 あれこれと遅れているようだとベイア子爵も困った様子であった。

 彼が叙爵されない限り、二人の関係は恋人のままということになるのだろうかとアナは少しだけそのことが心配になる。

(……ロビン様は、この状況をどう思われているのだろう)

 急かすつもりはないし、今もまだアナは自分が相手でいいのかと悩むところではある。
 彼はアナの知識や努力を認めてくれ、褒めてくれるがやはりアナはどこまでいっても〝傷物令嬢〟なのだ。

 実際、母と共に訪れたとある貴族家の茶会では『早く婚約しなくては、二度も失った縁に続いて三度目があるかもしれない』『実はすでに三度目を迎えているが恥ずかしくて公言できないのではないか』『相手が先延ばしにしているのでは』などと憶測が飛び交っているようだ。

 ロビンとの件は公にしていない以上、そうなるかもしれない相手がいる、程度に言葉を濁して釣書を受け取らないようにしていた故の憶測なのだろう。

 これから貴族となるロビンの足を引っ張ることにならないか、アナは気が重くなる。

「アナ嬢、突然で悪いと思うんだが、明日……俺に時間をくれないだろうか」
 
「明日、ですか?」

 何も約束していなかったはずだが、どうしたのだろうとアナは沈む気持ちを忘れてロビンを見た。

「ああ。明日……明日、正午に迎えに来るから」

 何か決意を秘めたような眼差しのロビンに、アナはただ頷くしかできない。
 ただ胸が、ざわついた。
 その眼差しを、アナはどこかで見たことがあると思ったから。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

踏み台令嬢はへこたれない

三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

公爵令嬢の辿る道

ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。 家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。 それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。 これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。 ※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。 追記  六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。

なんで私だけ我慢しなくちゃならないわけ?

ワールド
恋愛
私、フォン・クラインハートは、由緒正しき家柄に生まれ、常に家族の期待に応えるべく振る舞ってまいりましたわ。恋愛、趣味、さらには私の将来に至るまで、すべては家名と伝統のため。しかし、これ以上、我慢するのは終わりにしようと決意いたしましたわ。 だってなんで私だけ我慢しなくちゃいけないと思ったんですもの。 これからは好き勝手やらせてもらいますわ。

母と妹が出来て婚約者が義理の家族になった伯爵令嬢は・・

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
全てを失った伯爵令嬢の再生と逆転劇の物語 母を早くに亡くした19歳の美しく、心優しい伯爵令嬢スカーレットには2歳年上の婚約者がいた。2人は間もなく結婚するはずだったが、ある日突然単身赴任中だった父から再婚の知らせが届いた。やがて屋敷にやって来たのは義理の母と2歳年下の義理の妹。肝心の父は旅の途中で不慮の死を遂げていた。そして始まるスカーレットの受難の日々。持っているものを全て奪われ、ついには婚約者と屋敷まで奪われ、住む場所を失ったスカーレットの行く末は・・・? ※ カクヨム、小説家になろうにも投稿しています

追放された悪役令嬢は辺境にて隠し子を養育する

3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)
恋愛
 婚約者である王太子からの突然の断罪!  それは自分の婚約者を奪おうとする義妹に嫉妬してイジメをしていたエステルを糾弾するものだった。  しかしこれは義妹に仕組まれた罠であったのだ。  味方のいないエステルは理不尽にも王城の敷地の端にある粗末な離れへと幽閉される。 「あぁ……。私は一生涯ここから出ることは叶わず、この場所で独り朽ち果ててしまうのね」  エステルは絶望の中で高い塀からのぞく狭い空を見上げた。  そこでの生活も数ヵ月が経って落ち着いてきた頃に突然の来訪者が。 「お姉様。ここから出してさし上げましょうか? そのかわり……」  義妹はエステルに悪魔の様な契約を押し付けようとしてくるのであった。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

処理中です...