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第三章 ロビン・マグダレア

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 オーウェンの手紙に関しては、ブラッドリィ伯爵家としては関与していないことであったとはいえ大変失礼した――そういった内容の謝罪文が届いたのは、ベイア子爵が苦情を入れた翌日だった。

 どうやらオーウェンの妻となった元パラベル男爵令嬢のミアは、学園に在籍はしていたものの座学そのほか諸々、あまり成績も振るわなかったらしい。
 学園では努力次第で下位貴族も上位貴族の勉強を学ぶことができるが、彼女は下位貴族の勉強内容だけで精一杯だったようだ。

 ブラッドリィ伯爵家は家柄としては由緒正しいものであったため、求められる勉強は高位貴族のそれであったため、妻として迎え入れられた彼女が苦労することは自明の理であった。
 それができない、努力しないからこそブラッドリィ伯爵夫妻が彼女を快く思わないのも当然である。

 そんな両親と妻との間に挟まれてオーウェンが暴走したのだろうとまとめられていたが、ヨハンは「自業自得じゃねえか」と一蹴し、親交を再開することはできないと今一度手紙を送った。

 アナは、何もしなかった。

「まあ、すごい」

「どうしたんだ?」

「これを見てください、ロビン様。バーネット公爵令嬢が卒業研究で認められ、王立研究院に就職が決まったそうです」

「それはすごいな!」

 学園で過ごすディアナは薬学の道に進んでいる。
 三年以降の研究に所属する学生たちは、薬科のプロたちと共同で研究をする機会を得るのだ。
 勿論学業に手を抜くことは許されないが、その研究いかんでは将来の道が決まるというもので、進学をすると決めた生徒たちにとって何よりも大事なものであった。

 以前、なかなかこれといった決め手が見つからない……と嘆くディアナに、オフィーリアの薬草の件を連絡しておいたところ、それが上手く当てはまったとのことだった。

「ディアナはこの功績をもって、かねてからの恋人と結婚が決まったそうです」

「……そうか、それは良かったな」

 公爵令嬢であるディアナは、それこそ政略結婚を求められる女性であった。
 兄であるブライアンが公爵家を継ぐし、王子妃にはモルトニア侯爵家の令嬢が内定していたこともあって諸外国との婚姻も視野にあった。

 それは正しく貴族家の令嬢としての生き方の一つであったが、ディアナは違った。
 彼女はずっと自身の護衛騎士に恋していたのだ。

 そこで学園で進学し、さらにその後二年以内に何かしらの結果を出したならば二人の関係を認めると公爵から言質を取っていたというのだから驚きである。

「ふふ、結婚式には呼んでくれるそうです。素敵」

「……アナ嬢も、やはり結婚式には思い入れが?」

「どうでしょう。私は……」

 一度ならず、二度までも。
 アナは曖昧に笑う。

「……周りのみんなに祝福してもらえたら、それでいいなと思います」

 ロビンの叙爵式は、まだ連絡が来ない。
 あれこれと遅れているようだとベイア子爵も困った様子であった。

 彼が叙爵されない限り、二人の関係は恋人のままということになるのだろうかとアナは少しだけそのことが心配になる。

(……ロビン様は、この状況をどう思われているのだろう)

 急かすつもりはないし、今もまだアナは自分が相手でいいのかと悩むところではある。
 彼はアナの知識や努力を認めてくれ、褒めてくれるがやはりアナはどこまでいっても〝傷物令嬢〟なのだ。

 実際、母と共に訪れたとある貴族家の茶会では『早く婚約しなくては、二度も失った縁に続いて三度目があるかもしれない』『実はすでに三度目を迎えているが恥ずかしくて公言できないのではないか』『相手が先延ばしにしているのでは』などと憶測が飛び交っているようだ。

 ロビンとの件は公にしていない以上、そうなるかもしれない相手がいる、程度に言葉を濁して釣書を受け取らないようにしていた故の憶測なのだろう。

 これから貴族となるロビンの足を引っ張ることにならないか、アナは気が重くなる。

「アナ嬢、突然で悪いと思うんだが、明日……俺に時間をくれないだろうか」
 
「明日、ですか?」

 何も約束していなかったはずだが、どうしたのだろうとアナは沈む気持ちを忘れてロビンを見た。

「ああ。明日……明日、正午に迎えに来るから」

 何か決意を秘めたような眼差しのロビンに、アナはただ頷くしかできない。
 ただ胸が、ざわついた。
 その眼差しを、アナはどこかで見たことがあると思ったから。
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