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第二章 モーリス・モルトニア
幕間 モーリスは思い知った
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モーリスは正式な婚約解消の後、恋人となったミィナを連れてモルトニア侯爵邸で暮らしていた。
実家が持っていた男爵位をもらい、愛する人を妻に迎えた幸運な男――端から見ればそのように見えるかもしれないが、実際は違う。
「もう! もう無理よ!」
「……ミィナ」
「あたしは確かにモーリス、あんたが好きよ。その気持ちは本当。娼婦みたいな真似もしなけりゃ一夜の恋だってよしとしなかった。だからこの思いも何もかもモーリスにだけ捧げた恋よ」
ミィナは髪をかきむしるようにして、ドレスの裾をぐっと持ち上げる。
煩わしそうに、苦しそうに。
「だけどね、あたしは生粋の踊り子なの! あんたと生きると確かに言った、だけどあんたも言ったじゃない! 平民になるって!!」
そうだ、モーリスはそのつもりだった。その覚悟だった。
騎士ではなく一兵卒になるつもりで、侯爵家の贅をこらした生活も捨てるつもりで。
なんなら、家族に縁を切られる覚悟までしていた。
「……すまん」
「あたしは貴族になりたかったわけじゃないのよ……!」
誰もが憧れる貴族という身分よりも、自由に踊る生き方を愛しているミィナ。
彼女はモーリスに婚約者がいると知って申し訳ないと涙を流し、モルトニア侯爵家の人々にも謝罪をした。
けっして悪い人間ではないが、生きる世界が違ったのは事実だ。
考えが甘かったと言われればその通り。
愛しているから結ばれた、めでたしめでたしと終えられるものではない。
(これが父上の考えた俺たちの罪滅ぼしか)
自由という翼をもぎ取られ、ミィナがもっとも嫌がる型にはまった生活。
贖罪という名の逃亡を防がれて、これから妻の癇癪と嘆き、そして世間からの厳しい目を向けられ続けることになったモーリス。
いつかは時間がこの件を忘れさせていくだろう。
だがモーリスが高位貴族の息子であったことは事実で、そうした人々ほど忘れない。
余程のことがない限り、モーリスは落伍者として扱われるだろう。
そしてミィナは彼を誑かした平民として陰で言われ続けるのだ。
それでも食うには困らず、ある程度は敬意を払われ続けるという中途半端さが彼らをどこにも行かせることなく、苛み続けるのだ。
真実の愛を見つけたと嘯いた彼らは、手に手を取って逃亡などできるはずがない。
侯爵家からの首輪、世間からの目、逃げたところで見つかるのが関の山。
真実の愛があるなら耐えられるだろうと言われて頷いたのだ。
モーリスはあの時何故頷いてしまったのかと自分の浅慮を悔やむばかり。
「ねえモーリス! 聞いているの!?」
「ああ、聞いているよ」
「もう礼儀作法なんか知らないよ、手づかみでご飯食べさせてよ。大口で馬鹿笑いして、好きに踊らせてよ……」
「ミィナ」
キラキラとした目で踊るミィナに恋をした。
モーリスの目の前で、まるで炎が爆ぜるように全身を使って感情を表現する彼女が今は、知らない女のように見えて――モーリスは、その考えを振り切るように彼女を胸にかき抱いたのだった。
実家が持っていた男爵位をもらい、愛する人を妻に迎えた幸運な男――端から見ればそのように見えるかもしれないが、実際は違う。
「もう! もう無理よ!」
「……ミィナ」
「あたしは確かにモーリス、あんたが好きよ。その気持ちは本当。娼婦みたいな真似もしなけりゃ一夜の恋だってよしとしなかった。だからこの思いも何もかもモーリスにだけ捧げた恋よ」
ミィナは髪をかきむしるようにして、ドレスの裾をぐっと持ち上げる。
煩わしそうに、苦しそうに。
「だけどね、あたしは生粋の踊り子なの! あんたと生きると確かに言った、だけどあんたも言ったじゃない! 平民になるって!!」
そうだ、モーリスはそのつもりだった。その覚悟だった。
騎士ではなく一兵卒になるつもりで、侯爵家の贅をこらした生活も捨てるつもりで。
なんなら、家族に縁を切られる覚悟までしていた。
「……すまん」
「あたしは貴族になりたかったわけじゃないのよ……!」
誰もが憧れる貴族という身分よりも、自由に踊る生き方を愛しているミィナ。
彼女はモーリスに婚約者がいると知って申し訳ないと涙を流し、モルトニア侯爵家の人々にも謝罪をした。
けっして悪い人間ではないが、生きる世界が違ったのは事実だ。
考えが甘かったと言われればその通り。
愛しているから結ばれた、めでたしめでたしと終えられるものではない。
(これが父上の考えた俺たちの罪滅ぼしか)
自由という翼をもぎ取られ、ミィナがもっとも嫌がる型にはまった生活。
贖罪という名の逃亡を防がれて、これから妻の癇癪と嘆き、そして世間からの厳しい目を向けられ続けることになったモーリス。
いつかは時間がこの件を忘れさせていくだろう。
だがモーリスが高位貴族の息子であったことは事実で、そうした人々ほど忘れない。
余程のことがない限り、モーリスは落伍者として扱われるだろう。
そしてミィナは彼を誑かした平民として陰で言われ続けるのだ。
それでも食うには困らず、ある程度は敬意を払われ続けるという中途半端さが彼らをどこにも行かせることなく、苛み続けるのだ。
真実の愛を見つけたと嘯いた彼らは、手に手を取って逃亡などできるはずがない。
侯爵家からの首輪、世間からの目、逃げたところで見つかるのが関の山。
真実の愛があるなら耐えられるだろうと言われて頷いたのだ。
モーリスはあの時何故頷いてしまったのかと自分の浅慮を悔やむばかり。
「ねえモーリス! 聞いているの!?」
「ああ、聞いているよ」
「もう礼儀作法なんか知らないよ、手づかみでご飯食べさせてよ。大口で馬鹿笑いして、好きに踊らせてよ……」
「ミィナ」
キラキラとした目で踊るミィナに恋をした。
モーリスの目の前で、まるで炎が爆ぜるように全身を使って感情を表現する彼女が今は、知らない女のように見えて――モーリスは、その考えを振り切るように彼女を胸にかき抱いたのだった。
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