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第二章 モーリス・モルトニア

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 アナに対してあれこれと噂をするのはあまり親しくない同級生、それから事情を知らない下級生たちであった。
 下級生たちは噂を耳にしてどんな女性なのかと興味津々に読書クラブを見に来ることもあって、そのことにアナは辟易していた。

「……ごめんなさいね、みんな」

「いいのよ。ああいう子たちは逆に次から注視するべき対象として気をつけることができるから、助かっているのよ?」

 そう笑うクラブの仲間に救われる思いだ。
 自分のことだけならば我慢すれば済む話だが、周りに迷惑がかかるとなればまた別問題であったから。

 とはいえ、アナとしても初めから我慢をしていたわけではない。
 噂の的となったことは致し方ないとはいえ、あげつらうような真似をしてくる相手には真っ向から抗議したこともあった。
 それにより一時は落ち着くのだが、他に娯楽が少なかったからなのか噂は途切れることもなく、最近では相手にするのが疲れた、というところだろうか。

 少なからずジュディスが王子妃となるということもあって、モルトニア侯爵家絡みという点が噂に火を点けているのだろう。
 もう婚約そのものは覆ることはないのだが、それでもジュディスが王子の婚約者になったことを今だに認められない人間たちがいるのだ。

 ジュディスを直接的に攻撃できない連中が、その友人であるアナに目をつけて嫌がらせをしているというのが正しい図式だ。
 モルトニア侯爵令息と婚約を解消したという件がその話題として最も適しており、突っつきやすいのだから。

 そしてジュディスもそれを好きにさせてはいない。
 行動に出る連中は元より、そうやって噂を広め影でこそこそしている人間を探り当て、家を通して苦情を告げるということを繰り返している。

「兄は、大馬鹿者よ。アナほどいい子はいないのに」

「……あの方とは縁がなかったのよ。とても優しくて、夢を見せていただいたわ」

「アナは優しすぎるわ!!」

「もう済んだことよ。お詫びの言葉もいただいているし、私が思うところはないの」

「……ごめんなさい、アナ……」

 アナは進学せず、一度領地に戻ることになった。
 文官試験を受けることも考えたのだが、やはり噂が途切れないままでは王城や城下のどこかに勤めたところであまり芳しくないだろうというのが家族と話し合った結果だ。

 ヨハンも進学はせずに領地に戻り、次期領主として父親から指導を受けることになっている。

「冬の長期休暇で、一度領地に戻ることになっているの」

「そう……あんなことがなければ、うちに遊びに来てもらいたかったわ」

「いつかね。……ここだけの話だけれど、私、領地でお見合いすることになっていて」

「ええっ!?」

「父が後見人を務めている方なのだけれど、会ってみないかって」

「まあ……」

 父親の気遣いを無駄にしたくない、そうアナが言えばジュディスは困った顔をするしかない。

 実際、貴族の令嬢としては二度の解消という大きな傷を負ってしまったアナに良縁は難しい。
 領地にいる父親が手を尽くして縁談の話を持ってきたなら、少なくとも悪い話ではないはずだ。

「どんな相手なの?」

「年は二十五歳、西部の暴動の際に活躍した騎士なんですって。その功績で叙勲を受け方と聞いているわ」

 平民であったから礼儀作法そのほかについては今も勉強中だが、将来性のある男だと父親はそう締めくくっていた。
 アナにとってはまだ傷の癒えていない中でのお見合い話に戸惑う気持ちはあったが、それでも父親が彼女のことを案じて場を設けてくれたのだろうということは理解できたので断る理由もなかった。

(二度も婚約解消をされた女を押しつけられるなんて、相手の方は可哀想ね)

 女性としての自信をすっかりなくしてしまったアナは、それでも、と空を見上げる。
 今度は、愛も恋も最初から期待しないけれど、誠実に時間を積み重ねられたらいいなと思うのだった。
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