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第二章 モーリス・モルトニア

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 アナは一学年の半ばで騒動が起きた際、哀れな・・・令嬢として不本意ながら周囲に認知されることとなった。

 さすがに学園で婚約者がいても愚かな行為をする者が現れることが懸念されていたとはいえ、衆目の中で派手な婚約解消劇を繰り広げるほどの醜聞はそうあるものではないし、あってはならない話であった。
 故にその原因であるオーウェンはもとより、その相手であるミアが悪い意味で注目を浴び、陰口に晒されるのは自業自得とも言える。
 だが、被害者であるアナもあの場にいたのだ。目立たないはずがない。
 
 その結果、学園内のどこを歩いても『彼女が、あの可哀想な……』『不憫だ』などと哀れみの目を向けられ、注目を浴びる結果となってしまったのである。

 それこそ、悪いことはしていないためにアナを非難する人などいなかったし、同情から声をかけ慰めてくれる人もいてそのこと事態はありがたいと彼女は思う。
 だが同時に、そうっとしておいてはくれないだろうかとため息を吐くことが増えていた。

 そんな彼女の支えになったのは双子の弟であるヨハンであり、同室のジュディスであったし、またブライアンの妹であるディアナでもあった。
 彼や彼女たちは常にアナと共にあり、そうした視線を遮るように立ち回ることもあれば静かなところや自分たちだけで過ごせるような場所へとアナを連れて行き、心を配ったのである。

 そのおかげでアナは学園の中でもなんとかやっていけたし、定期試験も乗り越えることができたのだ。

「人の噂もなんとやらよ、もう少しだけ辛抱してね、アナ」

「そうだぜ、あの二人が卒業する頃にはみんな忘れてる」

「ありがとう……」

 ヨハンとジュディスがいなかったら、今頃どうなっていただろうか。
 そのことを考えると、アナはぞっとするしかない。

 三年生となったディアナは研究が忙しいようでなかなか時間が取れないが、彼女が紹介してくれた読書クラブはとても楽しくてアナにとって憩いの場であった。
 ヨハンは読書よりも体を動かす方が性に合っていたので、ブライアンが所属している乗馬クラブに行っている。

 ちなみにブライアンは卒業後、公爵家を継ぐのではなく近衛騎士となることが決まっていて、将来的には王子の側近になるのだそうだ。
 そしてアナとジュディスが所属する読書クラブの代表者である四年生のハンナ・フリードはブライアンの婚約者であった。

 貴族の子供たちが所属する学園だ、そうした関係からクラブや教室内でも次第に家同士の関係なども見えてくる。
 対立派閥だからこの学園でもそうあるべきだ、とは言わずむしろ逆のことを学園は説くが、それらを踏まえて今後どのような態度をとるのか、そして家を継ぐ者たちはどのように判断し行動していくべきなのかを実地で学び、経験を培っていくのだ。

「二年生のうちに、次のことをよく考えろって話だから……こうして隠れるのも、いいのかもしれないわね」

「アナ……」

 ヨハンもジュディスも複雑な面持ちだ。

 本来、学園に慣れた二年次は生徒たちにとって学園生活を謳歌することと、将来に向けて考える時間を持たせるものであった。
 といっても今すぐにどうこうという話ではなく、漠然とでいいから三年次の身の振り方を考えろというものである。

 進学するか、領地に戻るか、あるいは就職の斡旋を受けるのか。
 いずれも学園の教師たちに三年次の夏期の長期休み後まで相談することができる。

 まず最初に進学する者は夏にそれに向けた試験を受ける必要がある。
 合否の結果如何ではほかの生徒同様、領地に戻るか就職かを決めなければいけない。
 
 そして領地に戻る者は残りの時間を社交に費やし、就職の斡旋を受ける者は学生課に通い面接の日々が始まるのだ。

 ただ進学には勿論金がかかることもあって、ある程度裕福な者に限られてしまうのが難点でもあったし、ある一種の篩いでもあった。
 その点、ベイア子爵家は裕福であるため二人とも通わせることは問題なく、学びたいことがあるかどうかを子供たちにしっかり考えるよう常々言っている。

 とはいえ、今回の醜聞を受けてアナにしろヨハンにしろ、要らぬ注目を浴びてしまったことが尾を引くかもしれないと家族が心配していることを二人も理解していた。
 
 学園に残れば人々の好奇の目を向けられ続けるかもしれないし、残らずとも社交の場でどのような目を向けられるかわかったものではない。
 ただ、噂が消えるならば学園の方が過ごしやすいかなとは双子も思う。

「……私はもう少し、学びたいなあ」

 アナは、領地に戻れば社交の場に顔を出すことになる。
 そうなればオーウェンたちと顔を合わせることだって少なからずあるに違いない。
 彼は領地に戻るはずだから。
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