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第一章 オーウェン・ブラッドリィ

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 その後のことではあるが、オーウェン・ブラッドリィとミア・パラベルの両名には周囲を騒がせた罰として多くの課題が与えられ、本人たちが希望しようとも四学年以降の進学は許されないとされた。

 これは多くを学ぼうとする子息令嬢の中にあって大変不名誉な話である。
 様々な事情をもって辞退することと、進学を学園から拒否されたという点では大きく話が異なるのだ。

 学園に通う間は子供待遇であっても、貴族は貴族。
 名誉と体面を重んじるその社会性は卒業後に大きな影響を与えてくる。
 社交の場に出れば『学園から拒否された落伍者』として失笑を向けられるし、その程度の人間であると認識されるのだ。

 これを挽回することはとても難しい。
 学園生活の中で余程の人間関係を築いているならばともかく、それができる人間はそもそもそのような烙印を押されることもない。

 だが当人たちはまだそれに気付いていないのか、多くの課題を出されたことに文句を言いながら過ごしている。
 周囲の目が、しらけたものになっていることは気付いているようだったけれども。

「アナ!」

「……ブラッドリィ伯爵令息」

「アナ、どうしてそんなに他人行儀なんだ。ぼくらは婚約を解消しても幼馴染みだろう? 破棄じゃなくて解消なんだから、円満じゃないか!」

「円満ではありませんことよ。本来なら破棄でしたものをアナが善意でそうしてくれただけじゃございませんか」

「モルトニア侯爵令嬢、ぼくは……」

「そもそも、婚約の話は当人たちだけでなく家の名前で行うもの。こんな場所で高らかに宣言するなどありえませんわ! 親を説得した上で双方話し合いの場を設け、それから解消としてこそ円満というもの。少々考えが足りないのではなくて?」

 ふんっと鼻息荒くジュディスがアナを守るようにしてそう言えば、オーウェンも言い返すことができない。

 実際、あの場でオーウェンが解消を申し出ようともその権限があるのは両家の親だ。
 であれば、本来はまず彼は自身の両親に話をし、理解を得るべきであった。
 そしてアナに話し合いの場で平身低頭、誠意をもって謝罪をし両家納得の上で……とするのが円満な解消である。

 ところが彼がやったのは他でもない、自己満足の謝罪と無用に人の目につく行動によって両家の名誉に傷をつけた、碌でもない行動である。
 しかも現段階でパラベル男爵家から、ベイア子爵家に対して謝罪の言葉すらない。

「ア、アナ……」

「ブラッドリィ伯爵令息、どうか私のことはベイア子爵令嬢、もしくはベイア嬢とお呼びください」

 他人行儀、そう、これは婚約者でなくなった以上当然の関係であった。

 親しい間柄であれば名前呼びも吝かではないが、基本的には未婚の男女。
 礼儀をもって接し、敬意を示すのが貴族としては当然のこと。
 女性側からであれば、家名に伯爵令息と呼ぶことは最も他人行儀な呼び方だ。
 家名や名前に嬢や卿といった敬称をつけるのは顔見知りから友人といったところだが、そこでも親しさが分かるようになっている。

 アナは一線を敷きながら、友人としての距離を許すと言っている。
 それでもオーウェンは不満そうだった。

 そんな二人の様子を見て、ジュディスは呆れたように大きなため息を吐いた。

「良いじゃございませんの、火の車の伯爵家は幸いにも・・・・ベイア子爵家との事業提携を取り消されず、なんとか持ちこたえておられるのでしょう? それ以上を望むのは欲をかきすぎでしてよ」

「えっ」

「あら、ご存じなかったの? ……そう」

 意外そうなオーウェンの反応に、ジュディスは今度こそ呆れてしまって扇子を広げて口元を隠した。

「卒業後が楽しみですわね。果たしてあの女性がアナ以上に貴方の力になるのか、是非とも運命の恋とやらの結果を拝見したいものですわ。さ、行きましょうアナ」

「え、ええ……」

「今日はジャネット先輩が読書クラブの他の先輩をご紹介くださるんですもの。楽しみねえ……アナの好きな異国語の本もあるという話よ」

「本当? 楽しみだわ」

 呆然とするオーウェンを、アナは肩越しに少しだけ振り返る。
 だけれどもう自分が声をかけるべき相手ではないと理解して、痛む胸を誤魔化すように持っていた本をぎゅっと強く抱きしめた。

 その本は、かつて彼にアナが勧めた悲しくも美しい物語だったのだけれども――余計に悲しい思い出が増えてしまったなとアナはそっと胸の内で呟くのであった。
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