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第一章 オーウェン・ブラッドリィ
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あろうことか婚約者のいる身でありながら同学年の女生徒と恋仲になってしまっただけでなく、一年遅れて入学してきた婚約者に向かって説明した挙げ句に衆目の前で解消の申し出をした――そんな事件が学園で起こってから、すでに一週間以上が経過していた。
学園内だけで起きた事件に留まらず、この件はあっという間に生徒の間に流れ、生徒からその親に流れ、貴族社会を駆け巡る大スキャンダルへと発展したのである。
勿論、こうなってはどうしようもない。
両家の親も王都に揃い、婚約を正式に解消とした。
本来であればオーウェンに過失有りとするところであったし、世間もそれを求めていたようだがまだ若いこと、彼らが本気であるならば大目に見てあげてほしいというアナの言葉もあって解消に落ち着いたのだ。
世間はその当時、アナに対して非常に同情的であった。
同時にオーウェンとその女学生……ミア・パラベル男爵令嬢に対して批判的な目も多かったように思われる。
浮気をしたオーウェンと、婚約者持ちの男性と恋に落ちたミア、そしてそんな彼らに手を差し伸べたアナという構図だ。
これらの話がアナにとって良いように広まったのは、周囲のおかげでもあった。
「つまりね、ブラッドリィ伯爵令息には地元に婚約者がいるって話は彼が入学してきた当初に自分で語っていたから、みんな知っていたの。それなのに一学年の半ば頃には、パラベル男爵令嬢と随分親しくなっていたものだから……」
そう語るのはブライアンの妹、バーネット公爵令嬢ディアナだ。
彼女によるとその二人の行動はやはり良識ある者たちからは顰蹙を買っていたらしい。
パラベル男爵令嬢は学園に婚約者探しをしにきたと豪語して憚らない令嬢で、男女で態度を使い分けることもあって好かれていなかったのだとか。
「彼女に騙される令息はその程度って思っていたけれど、婚約者の方があんまりだわってみんな言っていたの……」
そうして蓋を開けてみれば、その婚約者であるアナ・ベイアは王子妃候補筆頭であるジュディスのルームメイトであり、とても親しい友人となっていた少女だったのだ。
そこでディアナはこの件を兄であるブライアンに相談し、どうにかしてアナが傷つく前にこの話をして婚約破棄に持ち込んだ方がいいと伝えるつもりだったのだという。
「わたしが行けば良かったのだけれど、ジュディス様とも親しくなかったから……いきなり上級生が訪ねていってそんな話をしたら警戒されると思っていたのが悪かったんだわ」
兄経由で教師、あるいは後輩繋がりからヨハンに、そしてアナへ……とジュディスは思い描いていたようだ。
ディアナ経由でとも考えたが、それだと高位貴族絡みと捉えられる可能性もあったため、念には念を入れていたことが裏目に出た。
「一番いいのは、アナが入学してきたことであの男が目を覚ますことだったのよね……」
「ええ、それを期待していたこともあって、様子見してしまったのも良くなかったんだと今なら反省するわ……」
婚約者が来るまでの火遊び、それならばそれで……と周囲も少しだけそう思っていたことは否めない。
ところが問題の二人はそれを反省するどころか、真実の愛なんて言葉まで持ち出して、周りの目を気にすることなく宣言をしたのである。
「アナ、どうか一人の先輩としても、貴族令嬢としても、これから貴女の力にならせてちょうだい。本当にごめんなさいね、わたしがもっと早くに行動していれば……」
「いいえ、ディアナ先輩。そうやってお気遣いいただけるだけで、嬉しいです。先輩や、ジュディスが励ましてくれるし、友だちもみんな私を慰めてくれて寄り添ってくれるんですもの……オーウェンの、ブラッドリィ伯爵令息のことは残念ですけれど、縁がなかったんですわ。きっと……」
「アナ……」
ちなみに殴りかかったヨハンも暴力沙汰だと問題視されたが、止めに入ったブライアンによりアナの名誉のために怒った行為としてお咎めを受けることはなかった。
それでも、アナ・ベイアという少女が婚約解消されたという事実は、大勢が知ることとなってしまったのである。
学園内だけで起きた事件に留まらず、この件はあっという間に生徒の間に流れ、生徒からその親に流れ、貴族社会を駆け巡る大スキャンダルへと発展したのである。
勿論、こうなってはどうしようもない。
両家の親も王都に揃い、婚約を正式に解消とした。
本来であればオーウェンに過失有りとするところであったし、世間もそれを求めていたようだがまだ若いこと、彼らが本気であるならば大目に見てあげてほしいというアナの言葉もあって解消に落ち着いたのだ。
世間はその当時、アナに対して非常に同情的であった。
同時にオーウェンとその女学生……ミア・パラベル男爵令嬢に対して批判的な目も多かったように思われる。
浮気をしたオーウェンと、婚約者持ちの男性と恋に落ちたミア、そしてそんな彼らに手を差し伸べたアナという構図だ。
これらの話がアナにとって良いように広まったのは、周囲のおかげでもあった。
「つまりね、ブラッドリィ伯爵令息には地元に婚約者がいるって話は彼が入学してきた当初に自分で語っていたから、みんな知っていたの。それなのに一学年の半ば頃には、パラベル男爵令嬢と随分親しくなっていたものだから……」
そう語るのはブライアンの妹、バーネット公爵令嬢ディアナだ。
彼女によるとその二人の行動はやはり良識ある者たちからは顰蹙を買っていたらしい。
パラベル男爵令嬢は学園に婚約者探しをしにきたと豪語して憚らない令嬢で、男女で態度を使い分けることもあって好かれていなかったのだとか。
「彼女に騙される令息はその程度って思っていたけれど、婚約者の方があんまりだわってみんな言っていたの……」
そうして蓋を開けてみれば、その婚約者であるアナ・ベイアは王子妃候補筆頭であるジュディスのルームメイトであり、とても親しい友人となっていた少女だったのだ。
そこでディアナはこの件を兄であるブライアンに相談し、どうにかしてアナが傷つく前にこの話をして婚約破棄に持ち込んだ方がいいと伝えるつもりだったのだという。
「わたしが行けば良かったのだけれど、ジュディス様とも親しくなかったから……いきなり上級生が訪ねていってそんな話をしたら警戒されると思っていたのが悪かったんだわ」
兄経由で教師、あるいは後輩繋がりからヨハンに、そしてアナへ……とジュディスは思い描いていたようだ。
ディアナ経由でとも考えたが、それだと高位貴族絡みと捉えられる可能性もあったため、念には念を入れていたことが裏目に出た。
「一番いいのは、アナが入学してきたことであの男が目を覚ますことだったのよね……」
「ええ、それを期待していたこともあって、様子見してしまったのも良くなかったんだと今なら反省するわ……」
婚約者が来るまでの火遊び、それならばそれで……と周囲も少しだけそう思っていたことは否めない。
ところが問題の二人はそれを反省するどころか、真実の愛なんて言葉まで持ち出して、周りの目を気にすることなく宣言をしたのである。
「アナ、どうか一人の先輩としても、貴族令嬢としても、これから貴女の力にならせてちょうだい。本当にごめんなさいね、わたしがもっと早くに行動していれば……」
「いいえ、ディアナ先輩。そうやってお気遣いいただけるだけで、嬉しいです。先輩や、ジュディスが励ましてくれるし、友だちもみんな私を慰めてくれて寄り添ってくれるんですもの……オーウェンの、ブラッドリィ伯爵令息のことは残念ですけれど、縁がなかったんですわ。きっと……」
「アナ……」
ちなみに殴りかかったヨハンも暴力沙汰だと問題視されたが、止めに入ったブライアンによりアナの名誉のために怒った行為としてお咎めを受けることはなかった。
それでも、アナ・ベイアという少女が婚約解消されたという事実は、大勢が知ることとなってしまったのである。
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