【連載版】「すまない」で済まされた令嬢の数奇な運命

玉響なつめ

文字の大きさ
上 下
9 / 49
第一章 オーウェン・ブラッドリィ

8

しおりを挟む
「……オーウェン……そちらの、方は……」

 どく、どく。
 嫌に鼓動が早くなるのを、アナは感じていた。

 どこかで気付いていたものだ、そして目をそらし耳を塞いでいたものだ。
 こうして学園生活を送って、昨年彼がそうしていたであろう道筋をたどっている中で否が応でも気付かされる――手紙を書く暇がないなんて、嘘であることを。

 そして目の前にいる、あまりにも距離の近しい二人の姿。
 婚約者を持つ男としては女性に対して紳士的な振る舞いとは言えず、また女性も恋人に対する親密さであるとしか言えない距離。
 何も知らない人が見たならば、まず間違いなくオーウェンの恋人、もしくは婚約者はアナではなくあちらの女性だろうと思うほどに。

 ああ、やっぱりと考える自分が、アナは悔しい。

「あっ、か、彼女は……」

 アナの言葉にハッとした様子で、傍らの女子生徒を見たオーウェンは何かを言おうとして口を噤み、そして曖昧な笑みを浮かべた。
 その笑顔を見た瞬間、何故だかアナは『ああ、終わったな』と思ったのだ。

 周りには大勢の生徒たちがいて、隣にはヨハンとブライアンがいるにも関わらずアナには他の音が聞こえない。

「初めまして、一年生さんよね! あたしはミア・パラベルっていうの。よろしくね!」

 にこーっと場違いな笑みを浮かべた女生徒が、オーウェンの腕に絡みついたままそう挨拶する。
 常であれば上級生に対し礼儀をもって返事をするアナだが、今は動けなかった。

「おい、オーウェン・ブラッドリィ。これはどういうことだ!?」

 代わりに怒鳴るヨハンを止めることもできず、アナはどく、どく、と自分の鼓動がうるさくて耳を塞ぎたい衝動に駆られるのに動けずにいる。

「いや、違くて、彼女は……」

「オーウェン!」

「オーウェンってば、もういい加減ずるずるするのは良くないよ。ちゃんと判ってもらえるってオーウェンも言ってたでしょ?」

「ミア……」

 ヨハンと隣にいるミアに詰め寄られて、オーウェンは意を決したようにアナに向き合う。
 いつも優しい面差しで彼女を見つめていたはずのその目が、知らない人のもののようだとアナはぼんやりと思った。

「アナ、すまない――ぼくらは真実の愛を見つけてしまったんだ。どうか許してほしいとは言わない。だけどこの偽りの気持ちのまま君の婚約者でいられない。そんなの不誠実だ」

 高らかな宣言。
 おそらくオーウェンも自分の気持ちを口に出して、つい高揚してしまったのだろう。

 周囲の目もあって、逆に堂々としなければ行けないと思ったのかもしれない。
 注目を浴びて、いかに自分たちが正しいかを示したかったのかもしれない。

 少なくとも、婚約者がいながら他の女性に心を移したことはどうあっても褒められたことではないことくらい、彼だってわかっているはずなのだ。

「よって、僕……オーウェン・ブラッドリィはこの場でアナ・ベイアに婚約解消を申し出る!!」

 まるでこの世の主人公にでもなったつもりなのか、誇らしげな顔でとんでもないことを言い放つオーウェンのその姿に、アナは立っていられずふらついた。
 咄嗟に隣にいたブライアンが支えてくれなかったら、彼女は倒れていたかもしれない。

「オーウェン、お前ぇーー!!」

「う、わっ」

 その宣言を聞いてヨハンが怒りのままにオーウェンに飛びかかり、周囲の生徒たちは驚きに驚きを重ね、ブライアンがアナを近くの女生徒に頼んだ後に二人を取り押さえ大事に至ることはなかった。

 しかし、最終的に教師が呼ばれる事態になり――このことは、多くの人々に目撃された〝事件〟になってしまったのである。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

なんで私だけ我慢しなくちゃならないわけ?

ワールド
恋愛
私、フォン・クラインハートは、由緒正しき家柄に生まれ、常に家族の期待に応えるべく振る舞ってまいりましたわ。恋愛、趣味、さらには私の将来に至るまで、すべては家名と伝統のため。しかし、これ以上、我慢するのは終わりにしようと決意いたしましたわ。 だってなんで私だけ我慢しなくちゃいけないと思ったんですもの。 これからは好き勝手やらせてもらいますわ。

妹に全てを奪われた令嬢は第二の人生を満喫することにしました。

バナナマヨネーズ
恋愛
四大公爵家の一つ。アックァーノ公爵家に生まれたイシュミールは双子の妹であるイシュタルに慕われていたが、何故か両親と使用人たちに冷遇されていた。 瓜二つである妹のイシュタルは、それに比べて大切にされていた。 そんなある日、イシュミールは第三王子との婚約が決まった。 その時から、イシュミールの人生は最高の瞬間を経て、最悪な結末へと緩やかに向かうことになった。 そして……。 本編全79話 番外編全34話 ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

殺された伯爵夫人の六年と七時間のやりなおし

さき
恋愛
愛のない結婚と冷遇生活の末、六年目の結婚記念日に夫に殺されたプリシラ。 だが目を覚ました彼女は結婚した日の夜に戻っていた。 魔女が行った『六年間の時戻し』、それに巻き込まれたプリシラは、同じ人生は歩まないと決めて再び六年間に挑む。 変わらず横暴な夫、今度の人生では慕ってくれる継子。前回の人生では得られなかった味方。 二度目の人生を少しずつ変えていく中、プリシラは前回の人生では現れなかった青年オリバーと出会い……。

【完結】あなたを忘れたい

やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。 そんな時、不幸が訪れる。 ■□■ 【毎日更新】毎日8時と18時更新です。 【完結保証】最終話まで書き終えています。 最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)

私を運命の相手とプロポーズしておきながら、可哀そうな幼馴染の方が大切なのですね! 幼馴染と幸せにお過ごしください

迷い人
恋愛
王国の特殊爵位『フラワーズ』を頂いたその日。 アシャール王国でも美貌と名高いディディエ・オラール様から婚姻の申し込みを受けた。 断るに断れない状況での婚姻の申し込み。 仕事の邪魔はしないと言う約束のもと、私はその婚姻の申し出を承諾する。 優しい人。 貞節と名高い人。 一目惚れだと、運命の相手だと、彼は言った。 細やかな気遣いと、距離を保った愛情表現。 私も愛しております。 そう告げようとした日、彼は私にこうつげたのです。 「子を事故で亡くした幼馴染が、心をすり減らして戻ってきたんだ。 私はしばらく彼女についていてあげたい」 そう言って私の物を、つぎつぎ幼馴染に与えていく。 優しかったアナタは幻ですか? どうぞ、幼馴染とお幸せに、請求書はそちらに回しておきます。

悪役断罪?そもそも何かしましたか?

SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。 男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。 あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。 えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。 勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。

【完】ある日、俺様公爵令息からの婚約破棄を受け入れたら、私にだけ冷たかった皇太子殿下が激甘に!?  今更復縁要請&好きだと言ってももう遅い!

黒塔真実
恋愛
【2月18日(夕方から)〜なろうに転載する間(「なろう版」一部違い有り)5話以降をいったん公開中止にします。転載完了後、また再公開いたします】伯爵令嬢エリスは憂鬱な日々を過ごしていた。いつも「婚約破棄」を盾に自分の言うことを聞かせようとする婚約者の俺様公爵令息。その親友のなぜか彼女にだけ異様に冷たい態度の皇太子殿下。二人の男性の存在に悩まされていたのだ。 そうして帝立学院で最終学年を迎え、卒業&結婚を意識してきた秋のある日。エリスはとうとう我慢の限界を迎え、婚約者に反抗。勢いで婚約破棄を受け入れてしまう。すると、皇太子殿下が言葉だけでは駄目だと正式な手続きを進めだす。そして無事に婚約破棄が成立したあと、急に手の平返ししてエリスに接近してきて……。※完結後に感想欄を解放しました。※

冤罪を受けたため、隣国へ亡命します

しろねこ。
恋愛
「お父様が投獄?!」 呼び出されたレナンとミューズは驚きに顔を真っ青にする。 「冤罪よ。でも事は一刻も争うわ。申し訳ないけど、今すぐ荷づくりをして頂戴。すぐにこの国を出るわ」 突如母から言われたのは生活を一変させる言葉だった。 友人、婚約者、国、屋敷、それまでの生活をすべて捨て、令嬢達は手を差し伸べてくれた隣国へと逃げる。 冤罪を晴らすため、奮闘していく。 同名主人公にて様々な話を書いています。 立場やシチュエーションを変えたりしていますが、他作品とリンクする場所も多々あります。 サブキャラについてはスピンオフ的に書いた話もあったりします。 変わった作風かと思いますが、楽しんで頂けたらと思います。 ハピエンが好きなので、最後は必ずそこに繋げます! 小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。

処理中です...