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第一章 オーウェン・ブラッドリィ
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「……オーウェン……そちらの、方は……」
どく、どく。
嫌に鼓動が早くなるのを、アナは感じていた。
どこかで気付いていたものだ、そして目をそらし耳を塞いでいたものだ。
こうして学園生活を送って、昨年彼がそうしていたであろう道筋をたどっている中で否が応でも気付かされる――手紙を書く暇がないなんて、嘘であることを。
そして目の前にいる、あまりにも距離の近しい二人の姿。
婚約者を持つ男としては女性に対して紳士的な振る舞いとは言えず、また女性も恋人に対する親密さであるとしか言えない距離。
何も知らない人が見たならば、まず間違いなくオーウェンの恋人、もしくは婚約者はアナではなくあちらの女性だろうと思うほどに。
ああ、やっぱりと考える自分が、アナは悔しい。
「あっ、か、彼女は……」
アナの言葉にハッとした様子で、傍らの女子生徒を見たオーウェンは何かを言おうとして口を噤み、そして曖昧な笑みを浮かべた。
その笑顔を見た瞬間、何故だかアナは『ああ、終わったな』と思ったのだ。
周りには大勢の生徒たちがいて、隣にはヨハンとブライアンがいるにも関わらずアナには他の音が聞こえない。
「初めまして、一年生さんよね! あたしはミア・パラベルっていうの。よろしくね!」
にこーっと場違いな笑みを浮かべた女生徒が、オーウェンの腕に絡みついたままそう挨拶する。
常であれば上級生に対し礼儀をもって返事をするアナだが、今は動けなかった。
「おい、オーウェン・ブラッドリィ。これはどういうことだ!?」
代わりに怒鳴るヨハンを止めることもできず、アナはどく、どく、と自分の鼓動がうるさくて耳を塞ぎたい衝動に駆られるのに動けずにいる。
「いや、違くて、彼女は……」
「オーウェン!」
「オーウェンってば、もういい加減ずるずるするのは良くないよ。ちゃんと判ってもらえるってオーウェンも言ってたでしょ?」
「ミア……」
ヨハンと隣にいるミアに詰め寄られて、オーウェンは意を決したようにアナに向き合う。
いつも優しい面差しで彼女を見つめていたはずのその目が、知らない人のもののようだとアナはぼんやりと思った。
「アナ、すまない――ぼくらは真実の愛を見つけてしまったんだ。どうか許してほしいとは言わない。だけどこの偽りの気持ちのまま君の婚約者でいられない。そんなの不誠実だ」
高らかな宣言。
おそらくオーウェンも自分の気持ちを口に出して、つい高揚してしまったのだろう。
周囲の目もあって、逆に堂々としなければ行けないと思ったのかもしれない。
注目を浴びて、いかに自分たちが正しいかを示したかったのかもしれない。
少なくとも、婚約者がいながら他の女性に心を移したことはどうあっても褒められたことではないことくらい、彼だってわかっているはずなのだ。
「よって、僕……オーウェン・ブラッドリィはこの場でアナ・ベイアに婚約解消を申し出る!!」
まるでこの世の主人公にでもなったつもりなのか、誇らしげな顔でとんでもないことを言い放つオーウェンのその姿に、アナは立っていられずふらついた。
咄嗟に隣にいたブライアンが支えてくれなかったら、彼女は倒れていたかもしれない。
「オーウェン、お前ぇーー!!」
「う、わっ」
その宣言を聞いてヨハンが怒りのままにオーウェンに飛びかかり、周囲の生徒たちは驚きに驚きを重ね、ブライアンがアナを近くの女生徒に頼んだ後に二人を取り押さえ大事に至ることはなかった。
しかし、最終的に教師が呼ばれる事態になり――このことは、多くの人々に目撃された〝事件〟になってしまったのである。
どく、どく。
嫌に鼓動が早くなるのを、アナは感じていた。
どこかで気付いていたものだ、そして目をそらし耳を塞いでいたものだ。
こうして学園生活を送って、昨年彼がそうしていたであろう道筋をたどっている中で否が応でも気付かされる――手紙を書く暇がないなんて、嘘であることを。
そして目の前にいる、あまりにも距離の近しい二人の姿。
婚約者を持つ男としては女性に対して紳士的な振る舞いとは言えず、また女性も恋人に対する親密さであるとしか言えない距離。
何も知らない人が見たならば、まず間違いなくオーウェンの恋人、もしくは婚約者はアナではなくあちらの女性だろうと思うほどに。
ああ、やっぱりと考える自分が、アナは悔しい。
「あっ、か、彼女は……」
アナの言葉にハッとした様子で、傍らの女子生徒を見たオーウェンは何かを言おうとして口を噤み、そして曖昧な笑みを浮かべた。
その笑顔を見た瞬間、何故だかアナは『ああ、終わったな』と思ったのだ。
周りには大勢の生徒たちがいて、隣にはヨハンとブライアンがいるにも関わらずアナには他の音が聞こえない。
「初めまして、一年生さんよね! あたしはミア・パラベルっていうの。よろしくね!」
にこーっと場違いな笑みを浮かべた女生徒が、オーウェンの腕に絡みついたままそう挨拶する。
常であれば上級生に対し礼儀をもって返事をするアナだが、今は動けなかった。
「おい、オーウェン・ブラッドリィ。これはどういうことだ!?」
代わりに怒鳴るヨハンを止めることもできず、アナはどく、どく、と自分の鼓動がうるさくて耳を塞ぎたい衝動に駆られるのに動けずにいる。
「いや、違くて、彼女は……」
「オーウェン!」
「オーウェンってば、もういい加減ずるずるするのは良くないよ。ちゃんと判ってもらえるってオーウェンも言ってたでしょ?」
「ミア……」
ヨハンと隣にいるミアに詰め寄られて、オーウェンは意を決したようにアナに向き合う。
いつも優しい面差しで彼女を見つめていたはずのその目が、知らない人のもののようだとアナはぼんやりと思った。
「アナ、すまない――ぼくらは真実の愛を見つけてしまったんだ。どうか許してほしいとは言わない。だけどこの偽りの気持ちのまま君の婚約者でいられない。そんなの不誠実だ」
高らかな宣言。
おそらくオーウェンも自分の気持ちを口に出して、つい高揚してしまったのだろう。
周囲の目もあって、逆に堂々としなければ行けないと思ったのかもしれない。
注目を浴びて、いかに自分たちが正しいかを示したかったのかもしれない。
少なくとも、婚約者がいながら他の女性に心を移したことはどうあっても褒められたことではないことくらい、彼だってわかっているはずなのだ。
「よって、僕……オーウェン・ブラッドリィはこの場でアナ・ベイアに婚約解消を申し出る!!」
まるでこの世の主人公にでもなったつもりなのか、誇らしげな顔でとんでもないことを言い放つオーウェンのその姿に、アナは立っていられずふらついた。
咄嗟に隣にいたブライアンが支えてくれなかったら、彼女は倒れていたかもしれない。
「オーウェン、お前ぇーー!!」
「う、わっ」
その宣言を聞いてヨハンが怒りのままにオーウェンに飛びかかり、周囲の生徒たちは驚きに驚きを重ね、ブライアンがアナを近くの女生徒に頼んだ後に二人を取り押さえ大事に至ることはなかった。
しかし、最終的に教師が呼ばれる事態になり――このことは、多くの人々に目撃された〝事件〟になってしまったのである。
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