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23:花を贈る時期は過ぎている

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「あらバイカルト子爵令息、ごきげんよう」

 名前を呼ばれたことに若干苛立ちを覚えたものの、私はにっこりと笑って淑女らしく返してあげました。なんたって淑女ですからね!
 でもカーテシーはせず言葉だけ。
 だって私の方が立場が上ですもの。

 普段はそんなことしませんよ?
 基本的には私は平民の方に対してもできる範囲で丁寧に接したいと思っていますから。
 我が領民は慈しむべき家族と思わなければ! 未来の領主ですからね。

「以前も申し上げましたけれど、もう関係のない私たちですから名前を呼ぶことはおやめくださいませ」

 関係ないってところを強調して伝えても、エッカルト様は聞いているのかいないのか。
 聞えているけど理解はしたくないってところかしら。

 それにしても私とお姉様だけじゃなく、後ろの二人も見えていないご様子で……大分コレは追い詰められているのかしらね。
 
 道行く周囲の人々も異変を察知したのか、絡まれているのが私だと気づいて慌てて憲兵を呼んでくれているようです。
 そんな中で『ルイーズ様が変な人に襲われそうだから急いで!』『うちの次期後領主様が……』って心配してくれる声がちらほら聞えて、思わず顔がにやけそうになりました。
 あらまあ、愛されてるわ!

「ルイーズたん、愛されてるウ~! 羽ばたいてるぅ~!」

「はば……え? 飛ぶんですか……?」

 ごめんなさいお姉様、何を仰っているのか私にはちょっと理解ができません。
 多分領民の方々の声を聞いて褒めてくださった……んですよね?
 家族として愛はあれどもやっぱりまだわからないものはわからないのです。

「そうだ! 僕はルイーズを愛している!!」

「あ、間に合ってます」

 愛しているって違いますよ私が愛しているのは領民です。
 エッカルト様からの愛情は一切受け付けておりません。

 思わず間髪入れずにそう返事をしてしまいましたが、これも何か違うなと思いました。

「こほん。いえ、バイカルト子爵令息様、私と貴方は婚約を破棄した間柄。今後は気安く話しかけないでいただきたいとあの場でも説明させていただいたはずですけれど?」

「あれは全て誤解だったのだ! 僕らは結ばれる運命で、ちょっとした歯車のズレが大きくなってしまったのだ……修正するべきだ!!」

「あらまあ、ズレに気づいた時点で修正せず、壊れてから泣き言を言っても直るものではありませんわ。新しい恋をしてはいかが?」

 まあその相手がいないから私とよりを戻すことでなんとか信頼回復を図ろうとしているんだろうけどね!
 それに乗ってあげる義理はない。
 ものすごい有能なところがあるとかだったら人間性で欠点があっても許容……うーん、いや、できないな。

 そこに目を瞑るくらいなら、そこそこ真面目な凡人の方が婿に迎える分にはちょうどいい。
 きちんと向き合ってくれる人なら、私だって夫婦としてやっていく上で愛情を抱いてもらえるよう努力をするつもりだ。

「お花をいただく間柄だった時間は、とうの昔に過ぎ去っておりますの」

 そう私は微笑んではっきりきっぱり断ってあげた。
 これだって優しさだと思う。後がないエッカルト様からすると、見捨てる酷い女に見えるのでしょうけれどね。

「ここで引いて今後近寄らぬと約束してくださるのであれば、今回はバイカルト子爵家に苦情を言うことはいたしません。どうぞお引き取りを」

「ルイーズ……ッ、僕はッ、僕はァっ!」

 引き際の悪い男は格好悪いものだとあえて言葉にしなくてもわかれよ、と思ってしまったのは内緒だ。
 淑女としてどうかと思うが眉間に皺が寄ってしまいそうで、それを耐えるのに大変だった。

「悪いけど」

 そんな私の背後から、しなやかな腕が回されて引き寄せられる。
 これはいわゆるバックハグ……!!
 ランお姉様がすごい顔をしているのが一瞬見えたけれど、私はそれどころじゃなかった。

「エルドハバード嬢は私が今口説いている真っ最中なんだ、きみの出る幕はないと思ってくれたまえ」
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