17 / 21
16
しおりを挟む
「バッカスでしたね。わたくしからいくつか質問をさせてもらってもよいのかしら」
「なんなりと、奥様」
「ありがとう」
おそらく――王太子殿下の意図とは別に、彼らはわたくしたちを主人としてある程度敬ってはくれるだろうけれど、あくまで主人は王太子殿下だと思っているはず。
それについては当然のことと思うので、わたくしも気にはしない。
「あなたたちの主人は王太子殿下、そして役割は今後この館で正しく働く人材を育成し、わたくしたち自身も正しく主人として成長させること……で合っているかしら?」
わたくしの問いに何故かゼノン様が目を丸くなさったので、思わずわたくしもびっくりしてしまいましたが……。
バッカス以外の人たちも驚いているし、なんだったらエヴリンも「あんれまあ!」って大きな声を出すし。
「わ、わたくし変なことを質問したかしら……?」
「奥様。大変失礼ながら……それは我らの忠誠を疑ってのお言葉ですかな?」
「え? 疑うなどとんでもない!」
ああ、わたくしの言葉が足りなかったために誤解させてしまったのね!!
大慌てで否定をして、わたくしはゼノン様に弁明の意を込めて言葉を続けました。
「ゼノン様もそうですが、わたくしもあまり人と接する機会はなく、人を使うことに不慣れです。王太子殿下はお優しい方でそこを理解してくださった上であなたたちを派遣してくださったとゼノン様より伺っています」
「……ああ」
「ですから、あなた方ははあくまでこの館が将軍の館に相応しい形となるまで王太子殿下から派遣された人員と思って……その確認がしたかったの。誤解を招くような発言をしてごめんなさいね」
はあ、わたくしったら……ゼノン様のお役に立てるかと思ったのにやっぱり十才までの教育では女主人としてあれこれ足りなさすぎるのだわ。
思わずションボリとしてしまったところで、エヴリンがわたくしを見てにこにこしていることに気がついた。
「エヴリン?」
「あんれまあ、あたしゃ感激したんですよう! てっきりあたしゃ、旦那様と一緒に全部人任せにしちまうのかとばっかり……なんせ旦那様は生活能力皆無ですんでねエ」
「それを言ったらわたくしもそうでしょう? エヴリンに教えてもらわないとまだまだだもの」
「旦那様に比べりゃあ人並みってもんですよう!」
カラカラと笑ったエヴリンのその笑顔に、わたくしもホッとする。
少なくともポジティブに捉えてくれる人が近くにいてくれるというのは、とてもありがたいことだ。
(こういう時、お姉様だったらどうしたのかしら……)
華やかで、誰からも好かれる人だった。
両親の愛はそっくりそのまま姉に注がれていることを知っていて、走るあの姿にどれほど憧れたことか。
(でも、お姉様がこの戦を引き起こした……)
ゼノン様を『化け物』と呼ぶ人たちから見たらわたくしも『敗戦国の姫』ではなく『戦を引き起こした女の妹』なのだろう。
そう考えれば、両親とお姉様は正しくわたくしを『生け贄』として差し出したのだという事実にいきついて胸が苦しくなる。
この国に来たのは、家族に切り捨てられたから。
けれど、この国に来たおかげでゼノン様に出会えたのだ。
(でも……わたくしのせいで、ゼノン様の評判が落ちる可能性もある……)
お姉様のことを聞く前までは、わたくしがこの国では『慈愛の人』として大切にされるであろうことは少しずつ理解できるようになってきた。
なにより、この容姿のおかげでゼノン様がわたくしを求めてくださるならば、とても嬉しい。
だけど、お姉様が戦の原因だと知った今では将軍の下に憎き女の妹がいると、それだけで悪感情を持たれてしまうかもしれないということを理解した。
「バッカス、もし、わたくしの考えが間違いでなければお願いがあるのです」
「……お願い、ですかな。それはどのような?」
「わたくしに、よき女主人となれるよう教育を施す人を紹介していただけるよう手配していただきたいの。それと、あなたたちはそれぞれ自身を『長』と言っていたから人を雇うつもりなのでしょうけれど、その採用の現場に立ち会わせてもらえないかしら。口は一切挟まないと約束するわ」
「シア、なにを」
「わたくしは、この国を知りたい。ゼノン様の妻として、できることをしたいと思っております」
ゼノン様はお優しいから、わたくしがいるだけで良いと仰ってくださるでしょう。
わたくしも、ゼノン様がいてくださればいい。
だけど、それだけではいけないことも理解できているつもりだ。
王太子殿下が人を寄越したのは、ただ親切なだけではない。
その意図をくみ取って、正しく行動ができれば……それはきっとわたくしたちの幸せに繋がるのだと思う。
「ゼノン様にとって、王太子殿下はとても信頼の出来る方なのでしょう?」
「……ああ、そうだ」
「でしたら大丈夫ですわ」
わたくしたちは、わたくしたちだけの世界に閉じこもるにも『わたくしたちだけの』居場所を、これから作らねばならないのだ。
そう今度こそ言葉を選びながらゼノン様に告げれば、彼は嬉しそうに微笑んでわたくしの手を優しく握ってくださったのだった。
「なんなりと、奥様」
「ありがとう」
おそらく――王太子殿下の意図とは別に、彼らはわたくしたちを主人としてある程度敬ってはくれるだろうけれど、あくまで主人は王太子殿下だと思っているはず。
それについては当然のことと思うので、わたくしも気にはしない。
「あなたたちの主人は王太子殿下、そして役割は今後この館で正しく働く人材を育成し、わたくしたち自身も正しく主人として成長させること……で合っているかしら?」
わたくしの問いに何故かゼノン様が目を丸くなさったので、思わずわたくしもびっくりしてしまいましたが……。
バッカス以外の人たちも驚いているし、なんだったらエヴリンも「あんれまあ!」って大きな声を出すし。
「わ、わたくし変なことを質問したかしら……?」
「奥様。大変失礼ながら……それは我らの忠誠を疑ってのお言葉ですかな?」
「え? 疑うなどとんでもない!」
ああ、わたくしの言葉が足りなかったために誤解させてしまったのね!!
大慌てで否定をして、わたくしはゼノン様に弁明の意を込めて言葉を続けました。
「ゼノン様もそうですが、わたくしもあまり人と接する機会はなく、人を使うことに不慣れです。王太子殿下はお優しい方でそこを理解してくださった上であなたたちを派遣してくださったとゼノン様より伺っています」
「……ああ」
「ですから、あなた方ははあくまでこの館が将軍の館に相応しい形となるまで王太子殿下から派遣された人員と思って……その確認がしたかったの。誤解を招くような発言をしてごめんなさいね」
はあ、わたくしったら……ゼノン様のお役に立てるかと思ったのにやっぱり十才までの教育では女主人としてあれこれ足りなさすぎるのだわ。
思わずションボリとしてしまったところで、エヴリンがわたくしを見てにこにこしていることに気がついた。
「エヴリン?」
「あんれまあ、あたしゃ感激したんですよう! てっきりあたしゃ、旦那様と一緒に全部人任せにしちまうのかとばっかり……なんせ旦那様は生活能力皆無ですんでねエ」
「それを言ったらわたくしもそうでしょう? エヴリンに教えてもらわないとまだまだだもの」
「旦那様に比べりゃあ人並みってもんですよう!」
カラカラと笑ったエヴリンのその笑顔に、わたくしもホッとする。
少なくともポジティブに捉えてくれる人が近くにいてくれるというのは、とてもありがたいことだ。
(こういう時、お姉様だったらどうしたのかしら……)
華やかで、誰からも好かれる人だった。
両親の愛はそっくりそのまま姉に注がれていることを知っていて、走るあの姿にどれほど憧れたことか。
(でも、お姉様がこの戦を引き起こした……)
ゼノン様を『化け物』と呼ぶ人たちから見たらわたくしも『敗戦国の姫』ではなく『戦を引き起こした女の妹』なのだろう。
そう考えれば、両親とお姉様は正しくわたくしを『生け贄』として差し出したのだという事実にいきついて胸が苦しくなる。
この国に来たのは、家族に切り捨てられたから。
けれど、この国に来たおかげでゼノン様に出会えたのだ。
(でも……わたくしのせいで、ゼノン様の評判が落ちる可能性もある……)
お姉様のことを聞く前までは、わたくしがこの国では『慈愛の人』として大切にされるであろうことは少しずつ理解できるようになってきた。
なにより、この容姿のおかげでゼノン様がわたくしを求めてくださるならば、とても嬉しい。
だけど、お姉様が戦の原因だと知った今では将軍の下に憎き女の妹がいると、それだけで悪感情を持たれてしまうかもしれないということを理解した。
「バッカス、もし、わたくしの考えが間違いでなければお願いがあるのです」
「……お願い、ですかな。それはどのような?」
「わたくしに、よき女主人となれるよう教育を施す人を紹介していただけるよう手配していただきたいの。それと、あなたたちはそれぞれ自身を『長』と言っていたから人を雇うつもりなのでしょうけれど、その採用の現場に立ち会わせてもらえないかしら。口は一切挟まないと約束するわ」
「シア、なにを」
「わたくしは、この国を知りたい。ゼノン様の妻として、できることをしたいと思っております」
ゼノン様はお優しいから、わたくしがいるだけで良いと仰ってくださるでしょう。
わたくしも、ゼノン様がいてくださればいい。
だけど、それだけではいけないことも理解できているつもりだ。
王太子殿下が人を寄越したのは、ただ親切なだけではない。
その意図をくみ取って、正しく行動ができれば……それはきっとわたくしたちの幸せに繋がるのだと思う。
「ゼノン様にとって、王太子殿下はとても信頼の出来る方なのでしょう?」
「……ああ、そうだ」
「でしたら大丈夫ですわ」
わたくしたちは、わたくしたちだけの世界に閉じこもるにも『わたくしたちだけの』居場所を、これから作らねばならないのだ。
そう今度こそ言葉を選びながらゼノン様に告げれば、彼は嬉しそうに微笑んでわたくしの手を優しく握ってくださったのだった。
12
お気に入りに追加
2,752
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
選ばれたのは美人の親友
杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。
【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。
三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。
それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。
頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。
短編恋愛になってます。
王女殿下の秘密の恋人である騎士と結婚することになりました
鳴哉
恋愛
王女殿下の侍女と
王女殿下の騎士 の話
短いので、サクッと読んでもらえると思います。
読みやすいように、3話に分けました。
毎日1回、予約投稿します。
白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。
【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
愛する義兄に憎まれています
ミカン♬
恋愛
自分と婚約予定の義兄が子爵令嬢の恋人を両親に紹介すると聞いたフィーナは、悲しくて辛くて、やがて心は闇に染まっていった。
義兄はフィーナと結婚して侯爵家を継ぐはずだった、なのにフィーナも両親も裏切って真実の愛を貫くと言う。
許せない!そんなフィーナがとった行動は愛する義兄に憎まれるものだった。
2023/12/27 ミモザと義兄の閑話を投稿しました。
ふわっと設定でサクっと終わります。
他サイトにも投稿。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる