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「どうだ、ゼノン。新婚生活は不自由ないか? 別に休みを取ってくれてもいいんだぞ? それともまさか不仲なのか?」

「いや、そのようなことは」

「ならばいいのだが。本来ならば国を挙げてお前の結婚式を大々的に行い、花嫁殿にも歓迎の言葉を伝えたいところではあるのだが……今もまだ、あちらの王家に対して不満がくすぶっている現状ではな、すまない」

「いいえ。王太子殿下のそのお言葉だけで、俺には過分です」

「……ゼノン……」

 王太子殿下が困ったような顔をする。
 だけれど、これは俺の本音だ。

 俺のような化け物を傍に置き、友と呼び、案じ、恐れず接してくれる。
 それがどれだけありがたいことか、俺はよく知っている。

 さらに彼は俺のためにと花嫁まで見つけてきてくれたのだ。
 敗戦国の王女ということで断りづらい状況というのが誤解を受けそうではあるがと前置きをして、その上で『慈愛の人』だということから、国家間の橋渡しも含め双方から苦情が起きづらいだろうと。

 実際、そのおかげで俺とアナスタシアは夫婦になれた。
 それで、十分だ。

(だが……)

「……どうかしたのか?」

 王太子殿下が首を傾げる。
 この場には、人払いをされているから、俺と彼しかいない。

「ゼノン。俺には話せないのか?」

「いや。……友だとしても、相談しづらいことくらい、あるだろう? クレオン」

「お前の場合、一人で悩んだって碌な結論が出ないだろう」

「……それは、まあ、そうなんだが」

 俺には学がない。
 いや、まあ。クレオンが王子時代から傍に俺を控えさせるついで・・・で一緒に勉強をさせられたから、読み書きくらいは勿論出来るが。

 それでも、クレオンほど物知りで、思慮深い男を俺は知らない。

「……笑わないか?」

「言ってみろ」

「……その。アナスタシアは俺を受け入れてくれると言ったんだ。自分は俺の妻だと」

「良かったじゃないか」

 ぱあっと嬉しそうな表情を見せたクレオンに、俺もそっと笑う。
 我がことのように喜んでくれる友がいる。

 周囲にいくら恐れられようと、敵陣に一人で突っ込めと命令が下っても従う理由なんて、それで良かった。
 ……これからは、そうもいかないが。
 今まではいつこの命が散ろうと気にしなかったが、今はアナスタシアを遺して、死ぬ気なんてこれっぽっちもない。

 それに、目の前のこの友人が、俺の幸せを願ってくれていることも、今なら素直に受け入れられる。

「……以前、お前は言っていたな。閨の教育で、相手を苦しめないように振る舞うのが紳士だと教わったと」

「……ん? ああ、まあ、そうだな。なるほど、そっちのハナシか」

 俺の言葉に対し、即座に理解を示してニヤリと笑うところはちょっとだけ、いや、かなりいただけないが。
 いずれこいつが婚約者を得て、相手に骨抜きにされたら俺は大笑いしてやろう。

「アナスタシアは、華奢で……俺はこの体格だ。壊してしまいそうで」

「……だが、受け入れてくれると言ってくれたのだろう? それなら、慣らしていけば」

「それだ。いつまで・・・・慣らせば、大丈夫なのか俺には不安で踏み出せない」

「……は?」

 アナスタシアは日々の触れ合いで俺を拒むことはない。
 それどころか嬉しそうにしてくれることもあるし、女の悦びを得ている……のだと思う。
 少なくとも苦痛はない、はずだ。

 だが、だからといってこの体格差。
 慣らせば良い、それは俺の少ない知識の中で唯一の情報。

 しかしその先は?
 どれだけ慣らせば・・・・次に進んでいい? もしくは進むべきなのか?

 アナスタシアに聞くなど無粋もいいところだし、俺も彼女も未経験である以上、或いは王女であることから彼女の方はどのタイミングでも受け入れる一択になってしまうだろう。

「……というわけだ」

「なるほどなあ。いや、しかし……俺はそのアナスタシア王女に会ったことがないが、惚れた欲目を抜いても華奢なんだな?」

「ああ。……それと、聞きたいことがもう一つ。彼女は自分を『厄災の娘』と呼び、塔に閉じ込められ一人で暮らしていたようだ。日中、家事をしにくるエヴリンという老女がいるんだが、彼女によれば暴力もあったのではないかと……」

「待て。まてまて、情報が多すぎる」

 クレオンが頭を抱えるようにして、少しだけ考えを巡らせているようだ。
 そしてすぐに顔を上げたかと思うと、彼は俺に指を突きつけるようにして言った。

「まず、二人の関係だが……どうあっても女性は破瓜の痛みというものがあるという。お前が何日も触れ合いを重ねているのなら、そちらも少しずつ進めて痛みを訴えるなら止める位の男気を見せればいい。……大変だとは思うが」

「我慢くらい、なんということはない。……辛いが」

 お互いにそっと目を逸らすが、まあ、そこは……アナスタシアのことを思えば、なんということはない。
 辛いは、辛いが。
 それは俺が一人で処理すれば良いだけの話だからな、今までと変わらん。

「次に、日中来ている老女の話についてはこちらでも調べるとしよう。というか、日中だけなのか? 他に人は」

「……俺を疎む人間の方が多い中で、人を雇えば彼女にとって益かどうかが」

「王城からお前に対して好意的な人間を寄越す。なるべく年嵩の、物腰穏やかな執事と侍女を数名、それから警護ができそうな退役軍人を当たるから苦情は聞かん」

「……わかった」

 あの館に、人が増えるのか。
 アナスタシアのためになるならば、文句は言いたくないが……いや、クレオンの人選ならば信頼出来るだろう。

 今まで、俺が一人でいた方が、ワガママだったのだから。

 人に恐れられるからと、俺が人を恐れた結果だ。
 妻となってくれた彼女に、苦労をさせるようではいけない。

「最後に、『厄災の娘』だと? そう彼女は呼ばれていたと?」

「ああ」

「まったく、あちらの王家は何を考えているんだ! 一族の厄災をその身に宿し、その人間を幸せにすることによって祖先の厄を祓うという意味は同じはずなのに……」

 ギリギリと音が聞こえそうなほど、クレオンが歯を噛みしめている。
 対外的には穏やかな好青年を演じているが、割と好戦的な男なんだよなと思って俺は苦笑する。

 そもそも、二国間の戦争、その始まりはインフォルトニ王国からの挑発を受けてのことだったし、その上この国で『慈愛の人』として大切にする存在を軽んじていた事実に、クレオンは怒っていたわけだし……。

 そんな境遇にあって救い出したい、その人とならきっと俺が幸せになれるからと周囲を押し切ったクレオンを思い出して俺は本当にいい友人に恵まれたと思わずにいられない。

「……アナスタシア王女は、犠牲者かもしれないな。お前と同じで、大勢の人間が押しつけた、価値観の」

「クレオン」

「今はまだ、戦後処理で忙しいが。いずれは王太子としてではなく、ゼノンの友人として奥方に挨拶に行くとしよう。そう、伝えておいてくれるか」

「……承知した」

「しかし、インフォルトニ王国の同じ王女でありながら、どうしてそうも違う扱いとなったのか……彼女は知っているのか? 戦争を引き起こしたきっかけは、彼女の姉、アリョーナであるということに」

 彼女の実家であるインフォルトニ王国については、あまり良い思い出がないと言っていたことを思い出し、俺はクレオンの言葉にただ、無言で首を横に振るのだった。
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