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「俺は、ディーヴァス王国では北の方にある寒村で生まれました。両親は流行病で赤子の俺だけが残りました。そして、同じような境遇で子を亡くした家族が、俺を引き取ってくれたのです」
ゼノン様のお話に、わたくしはただ目を瞬かせるしか出来ませんでした。
家族を病で失い、迎え入れてくれた別の家族と穏やかに過ごせると思ったら今度は山賊に襲われ、村は酷い被害を受けて人が住める状態にならなかっただなんて!
「そこで俺は自分がおかしいことに気がつきました。村を救いに来た騎士団が到着した頃には、俺は山賊を全て八つ裂きにしていた」
無我夢中だったとゼノン様は仰いました。
人並み外れた力で、敵の斧を掴み、砕き、相手をちぎったのだと……。
わたくしには、想像出来ませんでした。
ただ、それが普通ではないということは理解できました。
「……村を救えました。ですが、俺は村人に恐れられました」
普通ではない力も、怒れるゼノン様のお姿も、村人には畏怖の対象となってしまったようです。
そして彼は到着した騎士団と共に王都へ行き、そして兵士になったと……。
「今回戦があり、俺はただ言われるがままに戦いました。その過程で、将軍職をいただき、そして褒美として貴女を賜ったのです」
「……え?」
「誤解がある。アナスタシア殿下、貴女は国に嫁がされたのではない。この国の英雄が、愛を欲して『慈愛の人』である貴女を願ったのです。……だからどうか、そのようにご自分を卑下なさらないでください」
「え? え? 慈愛の、人……?」
「そうです」
ゼノン様の壮絶な人生になんとも言えない気持ちになっていたところで、私はポカンとしてしまった。
彼はなんと言ったのだろう?
慈愛の人? 厄災の娘ではなくて?
「そもそも、貴女が自身のことを『厄災の娘』と呼ぶことに俺の方も困惑している。ディーヴァス王国でも貴女のように、厄災をその身に引き取ってくれると言われる人間が数年に一度現れると聞いているが、彼らは大事にされ、役目を終えた後は『慈愛の人』と呼ばれる」
「……」
「これまで、ずっとその身で厄災を引き受けてくれたが故に成人するまで命が持たなかったり、苦労することが多かったその人たちを労うことと、尊敬を示していると聞いた。人々の為に、その身を削り守ってくれた慈愛の精神を湛えて、慈愛の人と……そう呼んでいる」
「そんな……」
国によって作法が違う、言葉が違う、神が違う、祈りの言葉が違う。
そんな当たり前のことに、わたくしは自分の立場もこの国で変わったことを、知らなかった。
「俺は、先ほどまで話したように、人よりも力が強く、一度怒りに身を任せれば敵を屠るまで止まれない化け物だ。人々は俺を英雄と湛えるが、それでも俺を恐れる。……だから、この館に使用人はいない。俺を恐れる者たちの怯えようを見るのは、悲しい」
呆然としながら、わたくしは目の前の男性を見ました。
これまで、わたくしの結婚相手……夫として彼を見ていました。
けれど、この結婚は『国との結婚』として、相手方の溜飲を下げるため、犠牲となるためにわたくしは嫁いだのだと――その汚れ役を、この方は押しつけられたのだとばかり思っておりました。
「慈愛の人ならば――貴女ならば、俺を……恐れず、受け入れてくれるのでは、と……」
この方は、愛がほしいのだ。
わたくしも求めていたから、よくわかる。
塔の中から外を眺め、この役目で忌み嫌われていることに、諦めたのはいつだっただろう。
「――わたくしは、あなたの、妻ですわ」
愛してくれと欲するこの方に、わたくしは、なにができるのでしょう。
わたくしを美しいと褒め、誰にも欲されなかったわたくしの愛を求めてくださるこの方に、わたくしは応じたい。
たとえ、愛を知らなくとも。
ゼノン様のお話に、わたくしはただ目を瞬かせるしか出来ませんでした。
家族を病で失い、迎え入れてくれた別の家族と穏やかに過ごせると思ったら今度は山賊に襲われ、村は酷い被害を受けて人が住める状態にならなかっただなんて!
「そこで俺は自分がおかしいことに気がつきました。村を救いに来た騎士団が到着した頃には、俺は山賊を全て八つ裂きにしていた」
無我夢中だったとゼノン様は仰いました。
人並み外れた力で、敵の斧を掴み、砕き、相手をちぎったのだと……。
わたくしには、想像出来ませんでした。
ただ、それが普通ではないということは理解できました。
「……村を救えました。ですが、俺は村人に恐れられました」
普通ではない力も、怒れるゼノン様のお姿も、村人には畏怖の対象となってしまったようです。
そして彼は到着した騎士団と共に王都へ行き、そして兵士になったと……。
「今回戦があり、俺はただ言われるがままに戦いました。その過程で、将軍職をいただき、そして褒美として貴女を賜ったのです」
「……え?」
「誤解がある。アナスタシア殿下、貴女は国に嫁がされたのではない。この国の英雄が、愛を欲して『慈愛の人』である貴女を願ったのです。……だからどうか、そのようにご自分を卑下なさらないでください」
「え? え? 慈愛の、人……?」
「そうです」
ゼノン様の壮絶な人生になんとも言えない気持ちになっていたところで、私はポカンとしてしまった。
彼はなんと言ったのだろう?
慈愛の人? 厄災の娘ではなくて?
「そもそも、貴女が自身のことを『厄災の娘』と呼ぶことに俺の方も困惑している。ディーヴァス王国でも貴女のように、厄災をその身に引き取ってくれると言われる人間が数年に一度現れると聞いているが、彼らは大事にされ、役目を終えた後は『慈愛の人』と呼ばれる」
「……」
「これまで、ずっとその身で厄災を引き受けてくれたが故に成人するまで命が持たなかったり、苦労することが多かったその人たちを労うことと、尊敬を示していると聞いた。人々の為に、その身を削り守ってくれた慈愛の精神を湛えて、慈愛の人と……そう呼んでいる」
「そんな……」
国によって作法が違う、言葉が違う、神が違う、祈りの言葉が違う。
そんな当たり前のことに、わたくしは自分の立場もこの国で変わったことを、知らなかった。
「俺は、先ほどまで話したように、人よりも力が強く、一度怒りに身を任せれば敵を屠るまで止まれない化け物だ。人々は俺を英雄と湛えるが、それでも俺を恐れる。……だから、この館に使用人はいない。俺を恐れる者たちの怯えようを見るのは、悲しい」
呆然としながら、わたくしは目の前の男性を見ました。
これまで、わたくしの結婚相手……夫として彼を見ていました。
けれど、この結婚は『国との結婚』として、相手方の溜飲を下げるため、犠牲となるためにわたくしは嫁いだのだと――その汚れ役を、この方は押しつけられたのだとばかり思っておりました。
「慈愛の人ならば――貴女ならば、俺を……恐れず、受け入れてくれるのでは、と……」
この方は、愛がほしいのだ。
わたくしも求めていたから、よくわかる。
塔の中から外を眺め、この役目で忌み嫌われていることに、諦めたのはいつだっただろう。
「――わたくしは、あなたの、妻ですわ」
愛してくれと欲するこの方に、わたくしは、なにができるのでしょう。
わたくしを美しいと褒め、誰にも欲されなかったわたくしの愛を求めてくださるこの方に、わたくしは応じたい。
たとえ、愛を知らなくとも。
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