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番外編 アベリアン・シェーモは不満を抱く

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 税収は十分ある土地だと、知っていた。
 だからそこを拝領することは、悪くない話だ。

 爵位が、伯爵ということには……頭で理解できても、納得はできなかったが。

(……俺は、王太子だったのに)

 確かに長子であるということに、胡座をかいていたことは認めよう。
 だが、それがロレッタのおかげで成り立っていたなんて認めたくなかった。

 両親の関係が愛情ではなく、利害の一致であることは知っていた。
 弟であるマルスの母親である第二妃と、自分の母親である王妃が不仲であることも。

 一見幸せそうなそれは、あまりにも歪で、だまし合いと誤魔化しあい。
 あまりにも醜い世界だった。
 これが民の規範たれと言われる王族なのかと思うと反吐が出る。

(だが、それこそが甘さだと……ロレッタは言った)

 愛し愛され、民の規範として正しく・・・ありたいと願って何が悪い。
 母と同じような笑みを浮かべるロレッタに早々に嫌悪感を抱いた。
 俺よりも優秀で、彼女がいるから安泰だなんて声が聞こえることにも腹が立った。

 俺だって努力をしていたし、彼女に劣るとは思っていない。
 だが周囲の評価は、王子であるから当たり前としか見ないのだ。
 父上も、母上も!

 それはいくつになっても変わらない。
 ロレッタと結婚した後は、きっとこれまでと変わらずに国を治めることができるだろう。
 だがそれでいいのかと自分の中で訴える声が聞こえた。

 父と母のように、欺瞞と偽善に満ちた偽りの家庭を築いて、誠に民を愛せるのか。
 ロレッタは俺を愛していないし、俺もロレッタを愛せない。
 互いに見ているものが違いすぎるのだ。

 歩み寄ろうとしてくれていたことは理解している。
 だがどこまでいっても平行線であることは、話をするまでもなくわかっていた。
 
 カリナに出会い、彼女の素直さに理想の家庭を築く未来が見えた気がした。
 だがそれは……ただの、俺の理想でしかなく、カリナに勝手に夢を見ただけで真実はどこまでも異なったのだ。

 そして俺は玉座から遠のき、小麦の豊かな土地の伯爵となった。

「……俺は王族であったのに」

「そうです、過去のことです。伯爵、本日の業務ですが……」

「お前たちがこれまでもやっていたのだろう。俺の手を煩わせるな」

「……ですが」

 豊かな土地、経験豊富な人員。
 愚かな失態を犯した王子に対して与えるには、十二分であると頭では理解している。

 だが、心はどうしても追いつかない。

 玉座から遠のいた途端、俺に対して非難の目を向けてきた学園の連中も。
 あっさりと自分の境遇を受け入れ、これまでよりも勤勉に学んでいたイザークも。
 あれほど『学べ』と厳しく言われていたのに、一切理解できていないカリナも。

 俺の居場所など知っているだろうに、連絡の一つも寄越さない遠方に旅立ったウーゴも、エルマンも。

 王家から離れ、この地に旅立つ息子を見送りすらしない両親も。
 ああ、俺がどうして不満を抱かないと思うのだ!
 
(そして、ロレッタ)

 どうして俺の婚約者で、破棄だと言い渡したはずのあの女が一つの傷もなく幸せそうに笑っているのだ。
 没落貴族の子息を婿に迎え、王子妃としては失格であったと笑いものになったくせに!

(どうして笑えるんだ、ロレッタ!)

 会いに行った際、彼女がやつれていてくれればと。
 苦労してくれていたら、きっとどこかで納得もできたと思うのだ。

 俺だけが、不満を抱いているだなんて思いたくなかった。
 みんなは前に進んでいるのに、俺だけが取り残されているなんて思いたくもなかった。

 伯爵という位に甘んじて、いつかの未来で陞爵を願うなんて。
 それが一番正しいとわかっていても、納得なんてできない。

 俺は、間違っていたのか?
 では、それはどこからだった?

 受け入れられない現実に、夢だと思い込むこともできずにただぼんやりとする。
 このままではいけないと、頭では理解しているのだ。

 役立たずの領主が来たとおそらくそう遠くないうちに領民たちが囁くだろう。
 すでに館で働く連中がそう思っているであろうことは、目を見ればわかるというものだ。
 学園にいた頃、向けられていた眼差しとよく似ていたからな。

(このままでいいはずもない)

 だが、じゃあどうする?
 
 良き王になるという目標は、とうの昔に潰えてしまったのだ。
 他でもない、この俺自身が潰したのだと父上は仰った。

 ならばそうならぬよう導いてくだされば良かったのに。
 そう言った俺に、父上は自らで気づかなければ意味が無いと仰った。
 導く気すらなかったくせに!!

(……いや、城内で、公爵が言っていたか)
 
 誰よりも気にかけてもらっていたのにそれに気がつかないからだと笑っていたか。
 俺が陛下に気にかけられていたからこそ、母上は俺のことを実は気に入っていなかったのだと。

『息子に悋気など、王妃様も可愛らしいことですよ』

 俺が生まれた際に、父は……国王として一度も泣いたことのなかった父が、涙したのだと教えてもらった。
 きっと、俺は愛されていたのだ。

(なら、どうして)

 導いてくれたら。
 俺は、きっと。

 いいや、父はずっと俺を導いていたのだろう。
 それを両親の不仲を理由に、目を逸らしていたのは自分なのだ。

(……ロレッタと、向き合えていたら)

 彼女が新しい婚約者に向けるような、信頼と愛情の眼差しは俺に向けられていたのだろうか。
 たら、ればと並べてみたところで今更どうにもならないとわかっている。

 わかっているからこそ、俺は不満に思うのだ。
 不満があるからこそそのようなことを思うのだから。

「伯爵。この俺が伯爵か」

 ああ、ああ。
 そうだ、その通りだ。
 俺は伯爵として、生涯この地に縛られるのだ。

 王家と縁があるだけの、アベリアン・シェーモ!
 なんと滑稽なことかと笑えてしまった。

(いつか)

 この胸に燻る不満は、消えるのだろうか。
 そうなった時、俺は成長しているのだろうか。
 あるいは、抜け殻になっているのかもしれない。

 そう思うとぞっとしたが、だからといって今すぐには立ち上がることはできなかった。
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