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口寄せ口紅、古賀玲奈編
一生のお願い。
しおりを挟むダンスの振り付けが、皆と違う事に気付いたのは、曲が始まって五秒も掛かりませんでした。
何故なら教えて貰ってダンスでは数歩前進する予定だったのに対し、皆が中央のセンターを軸に扇のように広がっていったからです。
目に入ったメンバー皆さんの手の振りや、ステップが私の練習していたのと全く違う。一瞬で異空間に飛ばされたかような違和感で頭の中は真っ白になりました。
私は戸惑いながらも、その場の判断で見様見真似で和葉ちゃんや他のメンバーの動きを真似をします。
ですが、馬鹿な私に、そんな天才的かつ器用な事が瞬時に出来る訳もなく、見た目はロボットダンスのぎこちなさを兼ね揃えた、ある意味独創的なダンスになってしまいました。
穴があったら入りたい気分です。私は必死にテンパりながらも踊っていましたが、異変は直ぐに気付かれました。
ファンの皆さん。春風のメンバーの皆さん。撮影スタッフの方々が私に憐れむような視線を向けれるのです。
「おい、玲奈ちゃん。なんかおかしくねぇ?」
「どうしたんだ?」
春風サンセットが静かな曲調だけに、観客のザワつく声が微かに耳に届き、私は更なる不安が募りました。案の定、ぎこちない足は床を踏み外し、ステージ上で転んでしまったのです。
「カメラをずらせ!」
無線内の会話で指示するディレクターさん。私が画面に映らないように咄嗟に判断したネットTVのスタッフの方々。……正直に言えば、ありがとうございますとお伝えしたいです。こんな恥ずかしい姿。私だって全国ネットに見せたくはありません。
結局、私はステージ上で転ぶ姿を最後にし、TVの画面から姿を消しました。
カメラはそのまま、私が映らないように放送を進め、無事ライブは終了しました。
〇
私は目から涙が込み上げていまいした。曲が終わり、観客の歓声が響き渡る中、私は舞台袖に逃げるように退散して行きまいた。
ですが観客席の常連さん達からは「玲奈ちゃん! ドンマイ!」「大丈夫だよ玲奈! 可愛かったよ!」っと励ます言葉と拍手が飛び交います。混み上げてる涙は止まりませんが、皆さんの深い優しさには心底救われました。
ですが、現実はとても残酷なのです。今日始めて私を知ったネットTVを見たお客さん達。その目はとても冷ややかなで、冷酷な眼差しを私に向けたのです。
後から分かった事ですがSNSを通しての誹謗中傷の数々。炎上のターゲットにされた私は、ネットTVのコメント欄にも私の批判が殺到し。最後にはネットニュースの記事にもされ、私は投票券を勝ち取る所の話では無くなってしまったのです。
でも、どうして私だけ、振り付けが違い。都合のよく私がカメラの枠から切れやすいように一番左端にいたのでしょうか? ……それは勿論偶然ではありませんでした。全ては和葉ちゃんとおかめ仮面の入り知恵だったのです。
〇
私はLIVEが終わった後、楽屋で、なぜあんな事をしたのか、和葉ちゃんを問いかけました。
和葉ちゃんは私の質問に鼻で笑って答えました。
「自分が可愛かっただけ。私が輝く為には玲奈が邪魔だったのよ」
和葉ちゃんはまるで何かを吹っ切れるかのように、今まで隠していた事を洗い浚い話して下さいました。その言葉を聞いて、私は信じていた全てに、裏切られたような絶望感が襲ってきました。
和葉ちゃんは私との共同生活の間で、メンバーを説得と称して、夜な夜な正規のダンスの練習と、内密に付き合ってた、おかめ仮面プロデューサーと会っていたそうです。
わざわざ皆に嘘を付いてまで、私に嘘の振り付けを教えていた理由は、単純に私の成長と活躍が憎たらしかったとの事。
私は末っ子アイドルを経て、ここ一年で春風セブンティーンの人気TOP三に入る程のファンの方々がいたとの事。
それは私自身が和葉ちゃんを必死で追い掛け、掴んだ結果だったのに、和葉ちゃんにとって私は非常に迷惑で、邪魔な存在だったのです。
自身が目立てばそれでいい。和葉ちゃんにとって春風のメンバーはお立ち台のような存在だったのでしょう。色仕掛けでプロデューサーを手札に入れた彼女は、私を陥れる為に相談を持ち掛け、作戦を練り、この日までの一ヶ月間。私を騙し続けたそうです。
全てを信じて練習して来た時間。その全てが嘘だったのです。失った時間と取り戻せないファンの信頼、和葉ちゃんの身勝手な行動によって私の全ては犠牲にされたのです。
怒り、憤り、哀しみ、私の行き場のない感情が絞り出るように頭に巡りました。
「信じていたのに……。私の憧れは和葉ちゃんだったのに……」
「あなたが悪いのよ。私よりも人気を取ろうとするからよ」
どうしてこんな酷い事をするのでしょうか? 私は春風セブンティーンを想って今まで全力でアイドルに取り組んで来ました。ですが私は最初から和葉ちゃんの引き立てる為の道化役だったのでしょうか? 何の為に頑張って来たのでしょうか? 私は頑張ってはいけなかったのでしょうか?
抑えきれない感情は苦汁の涙となって止めどなく溢れます。精一杯の抵抗ですが、私は歯を食いしばって和葉ちゃんを睨みました。憧れていた和葉ちゃん。私の理想は、結局幻想だったんです。
「おい、和葉。話は聞いたぞ」
殺伐な空気を割るように春風のメンバーの皆さんが間に入って下さいました。
「和葉、お前の入り知恵だったんだな。玲奈がレッスン場に来なかったのも、私達に駄目出ししまくったのも、嘘を嘘で塗り固めた答えが、玲奈の人気を落とす為だったとはな」
メンバーの皆さんに全てを理解されたと悟った和葉ちゃんは作り笑顔のまま答えました。
「そーよー。皆が二年間、真剣に春風に向き合ってくれたお陰。たとえ嘘でも駄目出しすれば、真剣な皆は絶対完璧を求めるもんね。だから敢えて利用させてもらったわ。お疲れさまでした」
「この野郎!」
全ての話を聞いて、堪え切れなくなった岬ちゃんが和葉ちゃんの顔面に平手打ちを振りかざしました。あまりの強打。勢いで和葉は膝を付きました。
「なにすんのよ……。あんたに殴られる覚えはないわよ」
春風メンバーの皆さんが激怒する岬ちゃんをなだめ、代わりにリーダーの沙也加さんが私を庇うように和葉ちゃんと間に立って、問い詰めました。
「和葉、春風セブンティーンのリーダーとして、私はお前を許さない。玲奈に謝罪しろ」
沙也加さんの言葉に和葉ちゃんはニヤニヤしながら、腫れ上がった頬を抑え、答えました。
「いいわよ? もう手遅れだし、誤っても変わらないでしょうけどね、ほら玲奈。ゴメンナサイ。逆に私は一ヶ月間皆を騙せた達成感で今サイコーにイイ気分だけどね」
開き直る態度を見せる和葉ちゃん。私以上に春風メンバーの皆さんが黙っていませんでした。
「ふざけるな! 殴られねぇと分かんねぇのか!」
「てめぇ! よくも玲奈をハメたな!」
怒号が怒涛する楽屋。皆さん、日頃のうっぷんが溜まっていたのでしょうか……。皆さんは私の代わりに和葉ちゃんに暴力を行使します。
「痛い! 痛い! 止めてよ! あんた達には駄目出しで結果、上手になったからいいじゃない!」
揉みくちゃになって破れる和葉ちゃんの衣装。引っ張られる和葉ちゃんの綺麗な髪。顔には痣が出来ています。仲の悪さはまるで一ヶ月前の状況に、また戻ってしまったみたいです。
「止めなさい! あなた達!」
物音を感じ取ったスタッフやマネージャーさん達も突入し、止めようとしました。ですが春風メンバーの皆さんは全く止まりません。カオスが乱舞する春風セブンティーン。
私は耐え切れず。一ヶ月前、言いたくて言えなかった言葉が喉を張り裂く勢いで飛び出しました。
「しぇからしかーーーー!」
おばあちゃん譲りの方言丸出し大声が周辺に木霊し、静まり返る楽屋。
一斉に私を見る皆さま。
「いいんです。私が去ればいいんです。和葉ちゃん。今までありがとうございました。皆さん……お疲れさまでした」
「待って! 玲奈!」
私を止める声が微かに聞こえた気がしましたが、もう耳にも心にも届きません。
私は溢れる感情をゴミ箱に投げ捨て、楽屋を飛び出し、ただただ走りました。
〇
夜九時を過ぎ、相変わらず小雨の雨が降り続けています。寮から自宅までの帰り道。喪失感と絶望感であまり記憶が定かではないですが、私はもう春風には二度と戻らないと誓い、寮から服も全部持って帰る事にしたため、大荷物を抱えていました。
手に傘を差す余裕も、感情のゆとりもなく、全身に滴る雨は冷たく、私の心に鞭を打ちました。スマホでSNSを見る度に、私の評価は最悪と言う記事が目に留まります。ため息は肺と心の奥底から溢れ出ます。もうこのままでは、私のアイドル人生はお終りを迎えても仕方なでしょう。
脳裏に虚しさが込み上げてきました。
今まで頑張って来た時間はいったい何だったのでしょう?
頑張れば絶対報われると信じていた私が馬鹿だったのでしょうか?
波風立てず、頑張りもせず、和葉ちゃんの眼を付けられないアイドルをやっていればまだ私は良かったのでしょうか?
何もかも投げ出したくなった私は冬時雨が降り注ぐ曇天の雲に叫びました。
「ああーーー!ふざけんなーー!くそったれー!」
〇
この世の全てがどうでもよくなると、人と言う生き物は全てに対して敬意を失い、乱雑に扱うようになるのでしょうか。
自宅に着く頃にはずぶ濡れ。私は玄関の扉を空け、荷物を投げ飛ばすと靴を脱ぎ捨てました。
一ヶ月ぶりに帰った実家。なぜか妙に綺麗に片付いていて、あちらこちらに散らかっていたおばあちゃんの雑貨などが見当たりません。
「おかえり」
久しぶりに娘が帰って来たと言うのに、素っ気ないお母さんの返事。募る話は一杯あるでしょうに。ですが、今の私は誰とも話したくない気分です。丁度良かったのです。
お母さんはずぶ濡れ私を見つめ、状況を把握したのか、タオルを投げるとリビングに戻り、台所の皿洗いを再開しました。
余りに冷たすぎる態度に、少し腹が立ちましたが、翌々考えれば、この一ヶ月間。私はライブに専念する為、親の反対を押し切って全てを犠牲にしてきた訳です。その結果がこれです。そりゃ、口も聞きたくはないですよね。
でも私も被害者です。こんな仕打ち受ける必要はないはずです。
私は憂さ晴らしの気持ちで、敢えてお母さんを怒らせようと企てる事にしました。
一応タオルで全身は拭いたけど、服が濡れたままでテーブルの椅子に座れば、いつものお母さんなら激怒してくるはずです。
私は着替えもせず、何気ない顔で冷蔵庫からオレンジジュースを取り出すと食器棚からコップを取り出し。テーブルの椅子に着座しました。
「………」
お母さんは黙ったまま黙々と食器を洗い続けてます。目が合いました。でも何も言ってきません。絶対分かっているはずなのに、話掛けようともしない。これは冗談抜きに本当に怒っているのでしょうか?
私はお母さんが何を考えているのか、少し怖くなり、ご機嫌を伺うつもりで目を泳がせて会話する内容を探しました。
「と、ところでおばぁちゃんは?」
「………」
私の質問にお母さんは洗い物をしていた手が急に止まりました。
ですが、止まったのはお母さんだけで、蛇口の水は沈黙の中、黙々と流れ続けます。
お母さんが私に対してどれだけ怒っているのか。身がすくみます。
私はこの張り詰めた空気に耐えきれず、言葉をはさみました。
「お、お水、勿体ないよ」
いつもは母に怒られて注意されるセリフ。私からお母さんを注意したのは多分これが最初で最後です。
「うう……」
お母さんは無言で蛇口を締めると、崩れるように台所に座り込みました。
「お母さん?」
お母さんは手で口を塞ぎ、止めどない涙が目から零れていました。
「玲奈……ごめんね。私、おばぁちゃんとの約束を守ったの。玲奈のライブに負担を掛けさせないように、黙っておけって」
「………? どうゆうこと?」
お母さんは泣きながらおばぁちゃんの部屋を指指しました。
私はお母さんの指の先にある、おばあちゃんの部屋の襖を開けました。
お線香の匂いがする綺麗に片付いた部屋。お仏壇に供えてあるロウソクの明かりだけが辺りを照らしていました。
そこにあったのは、おじいちゃん。お父さんのお仏壇。
その横におばぁちゃんの笑顔の慰霊写真と骨壺が置いてありました。
私は手に持った飲み掛けのオレンジジュースが入ったコップ落っことしました。感情が割れたかのように、ガラスのコップは大きな音を立て崩れました。
「癌だったの……。先月、病院で」
お母さんの涙声。事実を伝えなければいけない責任感なのでしょう。張り詰めた空気が 一斉に私の心に襲いかかりました。
ライブでの裏切り。そして更に推しかかるおばあちゃんの死。
パニックと言った方がいいのですかね。私は視点が覚束ない無いほど、現実を直視できず、全てが堪えられませんでした。この時、私は何を考えていたのかも分かりません。ただ全てから逃げたかったのだけは覚えています。
「……喉乾いたから、ちょっと炭酸買ってくる」
「こんな夜遅くに……」
「ジュース買ってくる!」
大降りになった屋外。私は傘も差さず、何かにぶつけたい衝動を抑えきれず、腕が千切れる程腕を振り、足が取れてしまう程、走りました。そして夜の闇の中へ中へと、逃げて行きました。
〇
「御免ください。夜分遅くに御免ね。雄二君。玲奈、来ていませんか?」
深夜十二時。アシベンが急にワンワンワン吠え出して、何事かと思ったが、土砂降りの雨の中、玄関を叩く音が聞こえ、出てみると目元が赤く腫らした、お隣の玲奈のお母さん、明子さんが立っていた。
「え? 玲奈が戻って来ない?」
玲奈自身、スマホを自宅に置きっぱなしで連絡が取れないらしく、おばあちゃんの亡くなった事実を知り、逃げるようにジュースを買いに行ったきり、二時間以上帰っていないとの事。
時間も時間だし、警察に連絡しようか相談されたが、僕には玲奈が何処にいるか心辺りがあった。少し待って欲しいとお願いし、玲奈を探しにレインコートを被り、自転車を走らせた。
〇
桜並木が続く、橋の下の河川敷。
明子さんとの喧嘩やライブが上手く行かなかった時などは、玲奈はいつもここに向かう。
駐輪場に自転車を止め、橋横の河川敷に降りる石で出来た階段を下ると、彼女は全身ずぶ濡れ姿で、高架下の石段の上に座っていた。
増水もあり、雨が強い日に河川敷に行くのは危ないと、すぐにでも怒りたかったが、彼女の心情を察するに、怒るに怒れなかった。葬儀にも行けず、死目にもあえず、ただ死んだ事実を告げれた人の気持ちは僕には到底図れない。
でも感情が不安定な玲奈は、勢いで今にも河に飛び込み後追いするかもしれない。それだけは避けたかった。僕はとりあえず、何事もなかったように、温かい缶コーヒー片手に玲奈の横に座る事にした。
僕に気付いた玲奈は口を開いた。
「おばぁちゃん、私の事想って……ずっと黙ってたんだね」
「ああ……。玲奈にはライブ頑張って欲しいからって、ライブが終わるまで死んでも言うな……って。梅おばあちゃんが亡くなってしまった時は、明子さんがとても辛そうで見て居られなかった。……僕が玲奈に伝えても良かったんだけど、おばあちゃんとの約束だけは守らなきゃいけないと思ったんだ」
「お母さんも、おばあちゃんも、雄二君も、必死に私を守ってくれたのに……私。……結果を残せなかった」
真っ赤に腫れ上がった玲奈の瞼に更に止めどない涙が溢れる。
僕には玲奈の悲しみを止める事はきっと出来ない。でも、何かをせずには居られなかった。僕は俯く玲奈の背中をそっと擦った。
「玲奈は輝いてたよ」
「やめて下さい。嘘は懲り懲りです。転んだの見たでしょ?」
「春風サンセットは何があったかわからないけど……今日のステージは今まで一番輝いてた。何十回も春風のステージを見て来た僕には分かるよ」
春風サンセット。その言葉を聞くと玲奈は川の下流の先の先へと視線を遠くする。
「私ね、メンバーにハメられたんです。振り付けはデタラメに教えられ、こうなるのを狙ってたんですって」
その事実を聞いた瞬間。憤りが抑えきれなくなった。手に握った缶コーヒーを衝動的に握って凹ましてしまう程に。
「なんだと、こんな必死に頑張ってた玲奈を……。許せない」
「もう……いいんです」
「誰だ! そのクソ野郎を教えろ! 僕が復讐してやる! 誰だ。誰が玲奈をハメたんだ!」
玲奈は僕に気を使っているのだろう。僕の目を見て、唇を噛み切るほど力を入れ、涙と感情を我慢している。見ていて本当に耐えられない。そんな、辛そうな顔を僕に見せないでくれ。
「もういいんだって……」
「よくない! 玲奈は今までずっと頑張って来たんだ! そんな奴に邪魔されて黙っておけるか! 僕には親から渡されて、ずっと貯めてる金だってあるんだ! それを全部使って百枚でも千枚でもCD買うから! 玲奈! 君はまだアイドルを続けるんだ!」
玲奈が今までどれだけの想いでこれまで頑張って来たか、僕には痛いほど分かる。だからこそ自分の怒り以上に、声が震え、必死だった。
「もういいんです!」
玲奈は全てを阻むように僕の怒りを抑制する。本当に怒りたいのは玲奈のはずなのに。
「玲奈……。どうして……?」
「雄二君……私の一生のお願い……聞いてくれませんか?」
腫れ上がった涙袋に貯まる涙を、必死に堪え、真剣な眼差しで僕の目を見る玲奈。
僕は玲奈の願いを受け止める為、覚悟を決め、息を呑んだ。
「あ、ああ! なんでも聞いてやる! 玲奈がまだアイドルを続けるって言うなら、復讐だって! 何だってしてやる! さぁ、僕に命令してくれ!」
「……少しだけ……傍に居て……下さい」
その言葉は限界を超えた涙腺と共に、決壊したダムのように崩れ落ちた。溢れだす玲奈の悲痛な叫び。泣き声は真夜中の闇に木霊し、振り続ける雨の中へと消えていく。
彼女はずぶ濡れた僕の胸倉に顔を押し当てながら叫び、延々と泣き続けた。
僕は玲奈を抱き締めることも出来なかった。僕自身、溢れる涙を隠すので精一杯だったからだ。彼女の願いだ、僕が泣くのは御門違いだ。
「玲奈、君は馬鹿だよ、本当に大馬鹿野郎だよ」
玲奈は優しすぎる。優しすぎたんだ。
誰も責めないで欲しい。誰のせいにもしたくない。だから彼女は全てを背負う為に僕に願った。
玲奈が僕に願った百個目の一生のお願い。
それは今までで一番重く、一番辛く、一番優しい願いだった。
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