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「88ー500731-3470」
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時は午後七時。夕日は沈み、サザエさんのジャンケンポンに負け、悔しがっている小学生を裏目に。繫華街は賑わいを魅せていた。
円谷小太郎は自身の中学校の同窓会に出席し、大人になった友人達と思い出話を語りあい、有意義なひと時を過ごしていた。
大人になって数年。皆、それぞれが少しづつ社会に揉まれて来た頃だろう。各自、己の近況や会社の現状、上司の愚痴などを大声で言い合い、ここぞとばかりに羽を外し、お酒片手にどんちゃんどんちゃんと騒いでいた。
「小太郎すげーな! 警察署で刑事課なんてよ! やっぱり拳銃って重いの?」
「結構重いよー。てか、全然凄くないよ。遠藤くんも大手じゃん。バリバリ業績上げてる企業だし、さぞ羽振りが良さそうだね」
すると、遠藤君は真っ赤な顔して、右手に持ったジョッキを高々に傾け、ハイボールを全て胃に流し込んだ。そして、「ふはぁ~」っと、ため息と一緒に愚痴が零れる。
「金が稼げれりゃ良い所と思ったら大間違いだぞ! あの野郎。人をゴミみたいに扱いやがって! ホント、クソみたいな職場だよ! ……でもまぁ、頑張ってるのは間違いねぇけどな! ははは! 俺、皆の話は聞きたいけど、聞かれるのはあんまり楽しくねぇや! ヤメヤメ! 小太郎! 今日は飲もう飲もう!」
「おうよ!」
この日の楽しい宴は深夜遅くまで続いたそうだ。
小太郎はこの三ヶ月後、遠藤君と再会を果たすことなる。
それは悲しくも、頬は青白くなり、胸に包丁を突き刺された遺体としての姿だった。
〇
立てば貧血、歩くも貧血、依頼を受ければ名探偵。
季節はハロウィン。世間一般では仮装するのが恥ずかしくない唯一の一日。倫子さんも自身がコスプレしてSNSに上げるのかと思いきや、そんな醜態を晒すのはもってのほか!と、替わりに飼い猫の飯太郎に衣装を着させパシャパシャと写真を連射していた。
オバケかぼちゃに、羽の生えたドラキュラ。はたまたスパイダーマンにアイアンマン。ネットで届いた衣装を次々と着替えさせては飯太郎にデレデレしながらシャッタを連射する。もう親バカならぬ、猫馬鹿だ。
そんな中、ガラス製のドアベルがシャラランと鳴り響くと同時に「失礼します!」大きな声が聞こえた。
ノックもインターホンも鳴らさずに入ってくる、タチの悪い奴らを数人知っている倫子さんはいつもの事か思い、「あい、あーい、なんか用?」とリビングから返事を返した。
すると、小太郎は玄関を上がると、リビングに直行する。そして倫子さんを見るや否や、頭を床に付け、必死に土下座で倫子さんに訴え掛けた。
「倫子さん!お忙しい所、失礼承知の上、お願いがあります! どうか! どうか! 犯人逮捕に協力をお願いします! や、奴のアリバイを暴いて欲しいんです!」
小太郎は紙袋から数量限定の一箱五千円はする高級チョコレートを取り出すと、倫子さんに献上する。
そして震える手と震える声で小太郎は思いを嘔吐する。
「……じゃないと、俺、遠藤君に顔向け出来ないんです! もう、俺、頭がおかしくなりそうで、くそ、どうしてこんな事に……」
小太郎から滲み出る興奮冷めやらぬ息気遣い。お昼過ぎと言うのに寝ぐせが散らかる髪の毛。目は充血していて寝不足の熊が出来ている。
観察力のある倫子さんは小太郎の様子がおかしい事にいち早く気付き、事態を呑み込んだ。
倫子さんはシャッターを切っていたスマホを置き、小太郎の頭の髪の毛を掴み、無理やり顔を上げさせる。
「どうやら何か訳アリみたね。いいわ。資料を見せなさい」
〇
そして倫子さんの推理は始まった。
十月二十四日。犯行現場は大手企業の十七階営業部。深夜、見廻りの警備員が、会議室にて遺体となって倒れている遠藤和也(二十五歳)を発見。死後、二時間は立っていたと思われる。
死因は胸部損傷。胸に刺された包丁で心臓を一突き、遺体の胸には包丁が刺さったままだった。
犯行に使われた包丁の入手経路は給仕室のキッチンの物。事情聴取の数人の総務課の報告により、数日前から常備置かれている二本の包丁の内、一本が無くなっていた証言が取れたので間違いない。
指紋採取の結果。被害者である遠藤以外に一人の男の指紋が採取された。男の名は田中勝也(五十八歳)遠藤とは直属の上司に当たる。
「ぱっと見て、この上司が十中八九とやったと思うんだけど。私に見せに来たって事は訳があるんでしょ?」
「はい、犯人にはアリバイがあります、犯行が行われたであろう、午後九時の時間帯、その時間帯は会社の打ち上げ会があっており、田中はその打ち上げに出席していました。会社入り口にある監視カメラにも十九時台に会社を後にしている田中の映像が映っています。」
「なるほどね……」
倫子さんは仏さんの現場写真や、部屋の位置取り図、その他諸々の資料に目を通し、情報を取り出していく。
「正面を一突き。遺体の状況と会議室の部屋を見た限り、揉め合った形跡は全くない。これは間違いなく刺される前までは犯人は被害者に怪しまれる事なく近づけた事になるわね。」
すると小太郎は深く頷き、歯を食いしばりながら言葉を振り絞った。
「絶対、あの上司がやったんですよ! これは、絶対奴が仕込んだ、アリバイ工作です。遠藤くんは以前。僕との飲み会で、この上司の愚痴を散々言っていました。仲が悪かったのは間違いありません。」
「……でもどうして被害者だけが会社に残っていたの? 会社での打ち上げだったんでしょ?」
「被害者の生存していた時の行動を洗った所、残業申請が出ており、残業をしていたようです。内容は来季プレゼン用資料のリテイク。その指示したのはやはり上司の田中です」
「……普通に考えたらそうなるわよね? でも計画的犯行を行おうと目論む人間がそんなバカの事するかしら? まあいいわ。念入りに調べてみましょう。押収した彼の社内のクラウドの内容、そしてスマホも見せてもらえる?」
「許可は取ってあります」
小太郎は押収している被害者のスマホを倫子さんに渡した。
倫子さんはスマホに目を通す。SNSの情報を調べた後、次はスマホ内のメールを確認する。
そしてある一文を見つけた。その文面には「88ー500731-3470」と書かれていた。
「……最悪だ」
少し怪訝な表情を見せ、倫子さんは頭を抱えた。
「一体何が最悪なんですか? もしかして真相が分かったんですか?」
ソワソワする小太郎に倫子さんは頷いた。
「真相が分かったわ。でもね。小太郎。結論を聞いても私情を挟まないって約束しなさい。じゃなきゃ。私は今のあなたに真相を教えてあげれない」
「ふざけないでください! 俺がどんな思いで倫子さんに頭下げたか知ってるくせに、いいから早く教えて下さい!」
眉間のシワが眉毛が近寄る凄い剣幕の小太郎。そして、それを悟すように倫子さんは口を開き淡々と語り出した。
「まずこの資料によると、包丁は一週間前から行方不明になっていたと証言されている。職員達の事情聴取の内容によると、上司の田中が、取引先から頂いた、鰹の叩きの切り分けた時までは包丁があったと書いている。魚をサバいたのは田中本人。この状況から察するに包丁の指紋はこの時に付着したもので間違いない。犯人は上司田中の指紋つきの包丁を入手し、当日まで隠し持っていた。犯人の目的は上司である田中が犯人とでっち上げる為にね」
「なら、一体真犯人は誰なんですか? 早く教えて下さい。」
「自殺よ」
「え?」
「彼は、上司である田中に殺されたかのように偽装する為に、会議室で自ら包丁を胸に突き立て命を絶った。……犯人の目的は自らの死をもって田中を犯人に仕立て上げる事だったんだ。」
「え……?」
「自殺の死因は6割がた縊首。後は飛び降りか、ガスが殆ど。人って言うのは、死にたいと言っても、出来る限り、苦しい思いはしたくないものなんだよ。でも遠藤氏は殺傷を選んだ。苦しい思いをしてもいい。それでもこの上司である田中って男を呪うように、自ら包丁を胸に指し、自ら殺人偽装を選んだ。……正気とは思えないわ」
「嘘でしょ? 嘘ですよね倫子さん!」
「……憶測だけどこの致死量と傷口を察するに、出血多量で意識を失うまでに十数分は掛かる。でも、暴れたり、苦しんだ痕跡は一切無かった。小太郎……これが、何を意味しているかわかる?」
小太郎からは返事はない。小太郎は俯き黙って、倫子さんの言葉を聞き続けていた。
「答えれないなら私が教えるわ。彼は自ら胸を刺し、死ぬまでの十数分間、藻掻くことなく、耐え続けたと言う事。並大抵の精神力じゃないわ。彼の中にある恨みと憎しみが、何を持ってそこまで掻き立てたのか私には理解できないけど。でもね、この上司から送られるやり取りを見てしまったら、少し分かってしまう程に、胸が苦しかったわ。」
倫子さんはスマホの画面を俯く小太郎の前に差し出した。
夥しい数の案件に対する駄目出し、説教。人を人として見ていない、言葉と言うなの暴力が何年にわたって積み重ねられていた。
その画面を表示を見ている、小太郎の剣幕は視点が定まっておらず、遠くを見つめているようだった。
「犯人が田中って証拠が無くても、遠藤君が自殺したって証拠もないですよね! いいですよ、倫子さんが頼りにならないなら、それでいいです。いいですよ。僕が取り調べで田中を自白まで持って行ってやります!」
空元気な小太郎に対して、倫子さんは寂しそうな目で、被害者のスマホを弄り、あるメールの文面を表示した。
それは宛先が母当てになってはいるが、送信されていない、未送信のメールの文面だった。
「88ー500731-3470」
「……なんです? この数字?」
「殺意や憎悪に身を委ねても、本質は人の子なのよ。自身の行っている事が、過ちなのは本人も充分理解している。だから……だからこそ、彼は母にしか理解出来ないであろう。メッセージを残していた。これはね、ポケベルの数字語なの」
「ポケベル? ……ってなんですか?」
「知らなくて当然。二十年近く前に一時期流行った通信機器だもの。ポケベルは数値データだけを相手に送れる、いわばメールの元祖のような物。限られた情報しか相手と送受信が出来ないから数字には語呂合わせのような特殊言語が必要となるの、言わばこの数字その物がメッセージ。」
「でもどうしてポケベルなんですか?」
倫子さんは資料の束を小太郎に渡し、記載がされているページを開き、指を指した。
「お母さまの任意の聴取の記録に残っていたわ。旦那さんとの思い出の品として大切に持っていたポケベル。息子さんの遠藤氏はそれの存在を知っていた。でも、彼の復讐の為には他殺に見せかけ上司を殺人鬼に仕立て上げる事。だから遺書なんて書きたくても書いちゃいけなかったのよ」
「だから母にしか解読できないメッセージをポケベル語で残したって事ですか?」
「そう、たった、一行。でも、どうしても母に伝えたかった言葉」
小太郎は倫子さんからのポケベル語の解読文を押して貰い、膝を地面につけ、愕然としていた。
「……どうして、又飲もうって、約束したじゃんか! どうして自殺なんて。」
倫子さんは俯く小太郎の背中を優しく叩いた。
「小太郎……だから私情は挟んじゃういけないよ。あんたは刑事なんだ。今小太郎が出来る事は報告書をまとめ、真実を親族に知らせる事。」
「わかってます……。わかってますけど!」
「なんとかならなかったのかって思っちゃうよね。友達だったんでしょ? 後悔するもの無理ないわ」
涙を堪えきれない小太郎。ただ、ただ憤りの捌け口が見つからず、涙を流していた。
だが、その小太郎背中を倫子さんは思いっきり平手で叩いた。
「だからこそ、まだ泣いてちゃいけないのよ。人の命ってのは、失ってからじゃ遅いんだ。もう現実は変わらない。でもね、それじゃ最愛の息子を失ったお母さまの気持ちはどうすればいいの? 息子さんはここまで上司に追い詰められていたんだ。彼の死は無駄だったのかな? 無駄死で終わらせて良かったのかな?」
小太郎は涙を流しながら、喉を潰す程の大きな声で、感情を吐き出した。
「そんな事は絶対あってはなりません!」
「なら、ご両親に事実を全てを知らせ、証拠を洗い、民事訴訟の手伝いを手筈を行いなさい。一応、相手は大手企業。もし示談に持ち込もうとしたら、週刊誌に情報を流し、事を大きくしなさい。それが、あなたに出来る事よ、……長い闘いになるでしょうけど、これ以上この会社から彼の様な被害者が出ない為にも、あなたが遠藤君の母親さんを手伝ってあげなさい。それが、小太郎しか出来ない、遠藤くんの友達としてあなたが出来る事だと思うわ」
「……はい。ありがとうございます。倫子さん……、本当にありがとうございました。……それでは私は署に戻ります!」
小太郎は倫子さんの家を後にした。途中、小太郎はスーツの袖で涙を何度も何度も拭き取る。
だけど、その奥にある悲しみと後悔は、何度拭っても拭き取れない。
小太郎は目元を赤く腫れあがらせながらも真っ直ぐ前を見つめ、パトカーを走らせた。
円谷小太郎は自身の中学校の同窓会に出席し、大人になった友人達と思い出話を語りあい、有意義なひと時を過ごしていた。
大人になって数年。皆、それぞれが少しづつ社会に揉まれて来た頃だろう。各自、己の近況や会社の現状、上司の愚痴などを大声で言い合い、ここぞとばかりに羽を外し、お酒片手にどんちゃんどんちゃんと騒いでいた。
「小太郎すげーな! 警察署で刑事課なんてよ! やっぱり拳銃って重いの?」
「結構重いよー。てか、全然凄くないよ。遠藤くんも大手じゃん。バリバリ業績上げてる企業だし、さぞ羽振りが良さそうだね」
すると、遠藤君は真っ赤な顔して、右手に持ったジョッキを高々に傾け、ハイボールを全て胃に流し込んだ。そして、「ふはぁ~」っと、ため息と一緒に愚痴が零れる。
「金が稼げれりゃ良い所と思ったら大間違いだぞ! あの野郎。人をゴミみたいに扱いやがって! ホント、クソみたいな職場だよ! ……でもまぁ、頑張ってるのは間違いねぇけどな! ははは! 俺、皆の話は聞きたいけど、聞かれるのはあんまり楽しくねぇや! ヤメヤメ! 小太郎! 今日は飲もう飲もう!」
「おうよ!」
この日の楽しい宴は深夜遅くまで続いたそうだ。
小太郎はこの三ヶ月後、遠藤君と再会を果たすことなる。
それは悲しくも、頬は青白くなり、胸に包丁を突き刺された遺体としての姿だった。
〇
立てば貧血、歩くも貧血、依頼を受ければ名探偵。
季節はハロウィン。世間一般では仮装するのが恥ずかしくない唯一の一日。倫子さんも自身がコスプレしてSNSに上げるのかと思いきや、そんな醜態を晒すのはもってのほか!と、替わりに飼い猫の飯太郎に衣装を着させパシャパシャと写真を連射していた。
オバケかぼちゃに、羽の生えたドラキュラ。はたまたスパイダーマンにアイアンマン。ネットで届いた衣装を次々と着替えさせては飯太郎にデレデレしながらシャッタを連射する。もう親バカならぬ、猫馬鹿だ。
そんな中、ガラス製のドアベルがシャラランと鳴り響くと同時に「失礼します!」大きな声が聞こえた。
ノックもインターホンも鳴らさずに入ってくる、タチの悪い奴らを数人知っている倫子さんはいつもの事か思い、「あい、あーい、なんか用?」とリビングから返事を返した。
すると、小太郎は玄関を上がると、リビングに直行する。そして倫子さんを見るや否や、頭を床に付け、必死に土下座で倫子さんに訴え掛けた。
「倫子さん!お忙しい所、失礼承知の上、お願いがあります! どうか! どうか! 犯人逮捕に協力をお願いします! や、奴のアリバイを暴いて欲しいんです!」
小太郎は紙袋から数量限定の一箱五千円はする高級チョコレートを取り出すと、倫子さんに献上する。
そして震える手と震える声で小太郎は思いを嘔吐する。
「……じゃないと、俺、遠藤君に顔向け出来ないんです! もう、俺、頭がおかしくなりそうで、くそ、どうしてこんな事に……」
小太郎から滲み出る興奮冷めやらぬ息気遣い。お昼過ぎと言うのに寝ぐせが散らかる髪の毛。目は充血していて寝不足の熊が出来ている。
観察力のある倫子さんは小太郎の様子がおかしい事にいち早く気付き、事態を呑み込んだ。
倫子さんはシャッターを切っていたスマホを置き、小太郎の頭の髪の毛を掴み、無理やり顔を上げさせる。
「どうやら何か訳アリみたね。いいわ。資料を見せなさい」
〇
そして倫子さんの推理は始まった。
十月二十四日。犯行現場は大手企業の十七階営業部。深夜、見廻りの警備員が、会議室にて遺体となって倒れている遠藤和也(二十五歳)を発見。死後、二時間は立っていたと思われる。
死因は胸部損傷。胸に刺された包丁で心臓を一突き、遺体の胸には包丁が刺さったままだった。
犯行に使われた包丁の入手経路は給仕室のキッチンの物。事情聴取の数人の総務課の報告により、数日前から常備置かれている二本の包丁の内、一本が無くなっていた証言が取れたので間違いない。
指紋採取の結果。被害者である遠藤以外に一人の男の指紋が採取された。男の名は田中勝也(五十八歳)遠藤とは直属の上司に当たる。
「ぱっと見て、この上司が十中八九とやったと思うんだけど。私に見せに来たって事は訳があるんでしょ?」
「はい、犯人にはアリバイがあります、犯行が行われたであろう、午後九時の時間帯、その時間帯は会社の打ち上げ会があっており、田中はその打ち上げに出席していました。会社入り口にある監視カメラにも十九時台に会社を後にしている田中の映像が映っています。」
「なるほどね……」
倫子さんは仏さんの現場写真や、部屋の位置取り図、その他諸々の資料に目を通し、情報を取り出していく。
「正面を一突き。遺体の状況と会議室の部屋を見た限り、揉め合った形跡は全くない。これは間違いなく刺される前までは犯人は被害者に怪しまれる事なく近づけた事になるわね。」
すると小太郎は深く頷き、歯を食いしばりながら言葉を振り絞った。
「絶対、あの上司がやったんですよ! これは、絶対奴が仕込んだ、アリバイ工作です。遠藤くんは以前。僕との飲み会で、この上司の愚痴を散々言っていました。仲が悪かったのは間違いありません。」
「……でもどうして被害者だけが会社に残っていたの? 会社での打ち上げだったんでしょ?」
「被害者の生存していた時の行動を洗った所、残業申請が出ており、残業をしていたようです。内容は来季プレゼン用資料のリテイク。その指示したのはやはり上司の田中です」
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「許可は取ってあります」
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そしてある一文を見つけた。その文面には「88ー500731-3470」と書かれていた。
「……最悪だ」
少し怪訝な表情を見せ、倫子さんは頭を抱えた。
「一体何が最悪なんですか? もしかして真相が分かったんですか?」
ソワソワする小太郎に倫子さんは頷いた。
「真相が分かったわ。でもね。小太郎。結論を聞いても私情を挟まないって約束しなさい。じゃなきゃ。私は今のあなたに真相を教えてあげれない」
「ふざけないでください! 俺がどんな思いで倫子さんに頭下げたか知ってるくせに、いいから早く教えて下さい!」
眉間のシワが眉毛が近寄る凄い剣幕の小太郎。そして、それを悟すように倫子さんは口を開き淡々と語り出した。
「まずこの資料によると、包丁は一週間前から行方不明になっていたと証言されている。職員達の事情聴取の内容によると、上司の田中が、取引先から頂いた、鰹の叩きの切り分けた時までは包丁があったと書いている。魚をサバいたのは田中本人。この状況から察するに包丁の指紋はこの時に付着したもので間違いない。犯人は上司田中の指紋つきの包丁を入手し、当日まで隠し持っていた。犯人の目的は上司である田中が犯人とでっち上げる為にね」
「なら、一体真犯人は誰なんですか? 早く教えて下さい。」
「自殺よ」
「え?」
「彼は、上司である田中に殺されたかのように偽装する為に、会議室で自ら包丁を胸に突き立て命を絶った。……犯人の目的は自らの死をもって田中を犯人に仕立て上げる事だったんだ。」
「え……?」
「自殺の死因は6割がた縊首。後は飛び降りか、ガスが殆ど。人って言うのは、死にたいと言っても、出来る限り、苦しい思いはしたくないものなんだよ。でも遠藤氏は殺傷を選んだ。苦しい思いをしてもいい。それでもこの上司である田中って男を呪うように、自ら包丁を胸に指し、自ら殺人偽装を選んだ。……正気とは思えないわ」
「嘘でしょ? 嘘ですよね倫子さん!」
「……憶測だけどこの致死量と傷口を察するに、出血多量で意識を失うまでに十数分は掛かる。でも、暴れたり、苦しんだ痕跡は一切無かった。小太郎……これが、何を意味しているかわかる?」
小太郎からは返事はない。小太郎は俯き黙って、倫子さんの言葉を聞き続けていた。
「答えれないなら私が教えるわ。彼は自ら胸を刺し、死ぬまでの十数分間、藻掻くことなく、耐え続けたと言う事。並大抵の精神力じゃないわ。彼の中にある恨みと憎しみが、何を持ってそこまで掻き立てたのか私には理解できないけど。でもね、この上司から送られるやり取りを見てしまったら、少し分かってしまう程に、胸が苦しかったわ。」
倫子さんはスマホの画面を俯く小太郎の前に差し出した。
夥しい数の案件に対する駄目出し、説教。人を人として見ていない、言葉と言うなの暴力が何年にわたって積み重ねられていた。
その画面を表示を見ている、小太郎の剣幕は視点が定まっておらず、遠くを見つめているようだった。
「犯人が田中って証拠が無くても、遠藤君が自殺したって証拠もないですよね! いいですよ、倫子さんが頼りにならないなら、それでいいです。いいですよ。僕が取り調べで田中を自白まで持って行ってやります!」
空元気な小太郎に対して、倫子さんは寂しそうな目で、被害者のスマホを弄り、あるメールの文面を表示した。
それは宛先が母当てになってはいるが、送信されていない、未送信のメールの文面だった。
「88ー500731-3470」
「……なんです? この数字?」
「殺意や憎悪に身を委ねても、本質は人の子なのよ。自身の行っている事が、過ちなのは本人も充分理解している。だから……だからこそ、彼は母にしか理解出来ないであろう。メッセージを残していた。これはね、ポケベルの数字語なの」
「ポケベル? ……ってなんですか?」
「知らなくて当然。二十年近く前に一時期流行った通信機器だもの。ポケベルは数値データだけを相手に送れる、いわばメールの元祖のような物。限られた情報しか相手と送受信が出来ないから数字には語呂合わせのような特殊言語が必要となるの、言わばこの数字その物がメッセージ。」
「でもどうしてポケベルなんですか?」
倫子さんは資料の束を小太郎に渡し、記載がされているページを開き、指を指した。
「お母さまの任意の聴取の記録に残っていたわ。旦那さんとの思い出の品として大切に持っていたポケベル。息子さんの遠藤氏はそれの存在を知っていた。でも、彼の復讐の為には他殺に見せかけ上司を殺人鬼に仕立て上げる事。だから遺書なんて書きたくても書いちゃいけなかったのよ」
「だから母にしか解読できないメッセージをポケベル語で残したって事ですか?」
「そう、たった、一行。でも、どうしても母に伝えたかった言葉」
小太郎は倫子さんからのポケベル語の解読文を押して貰い、膝を地面につけ、愕然としていた。
「……どうして、又飲もうって、約束したじゃんか! どうして自殺なんて。」
倫子さんは俯く小太郎の背中を優しく叩いた。
「小太郎……だから私情は挟んじゃういけないよ。あんたは刑事なんだ。今小太郎が出来る事は報告書をまとめ、真実を親族に知らせる事。」
「わかってます……。わかってますけど!」
「なんとかならなかったのかって思っちゃうよね。友達だったんでしょ? 後悔するもの無理ないわ」
涙を堪えきれない小太郎。ただ、ただ憤りの捌け口が見つからず、涙を流していた。
だが、その小太郎背中を倫子さんは思いっきり平手で叩いた。
「だからこそ、まだ泣いてちゃいけないのよ。人の命ってのは、失ってからじゃ遅いんだ。もう現実は変わらない。でもね、それじゃ最愛の息子を失ったお母さまの気持ちはどうすればいいの? 息子さんはここまで上司に追い詰められていたんだ。彼の死は無駄だったのかな? 無駄死で終わらせて良かったのかな?」
小太郎は涙を流しながら、喉を潰す程の大きな声で、感情を吐き出した。
「そんな事は絶対あってはなりません!」
「なら、ご両親に事実を全てを知らせ、証拠を洗い、民事訴訟の手伝いを手筈を行いなさい。一応、相手は大手企業。もし示談に持ち込もうとしたら、週刊誌に情報を流し、事を大きくしなさい。それが、あなたに出来る事よ、……長い闘いになるでしょうけど、これ以上この会社から彼の様な被害者が出ない為にも、あなたが遠藤君の母親さんを手伝ってあげなさい。それが、小太郎しか出来ない、遠藤くんの友達としてあなたが出来る事だと思うわ」
「……はい。ありがとうございます。倫子さん……、本当にありがとうございました。……それでは私は署に戻ります!」
小太郎は倫子さんの家を後にした。途中、小太郎はスーツの袖で涙を何度も何度も拭き取る。
だけど、その奥にある悲しみと後悔は、何度拭っても拭き取れない。
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