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配膳紛失事件
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立てば貧血、歩くも貧血、依頼を受ければ名探偵。
ふと目が覚めた倫子さんは状況が理解出来ず、眼球を左右に動かし、辺りを見渡した。
目に映るのは自宅ではない見知らぬ白い天井。窓から見えるのは好立地で景観豊かな外の風景。生活感皆無な四畳半の部屋には自身が横たわるベットが一つ。
視界に映った右手首から伸びる透明な管と点滴を見た時、倫子さんはため息をついて自身の状況を理解した。
「またやっちゃった……」
すると、部屋をノックする音が聞こえ、「失礼します」と言う優しい声と共に、看護師であろう女性の方が入ってきた。
看護師は髪を後頭部でお団子結びしており、胸ポケットにはブタ玉丼のゆるキャラ「ブタマゲドン」がくっついたボールペンが顔をだしている。
「また倒れられましたね、倫子さん」
倫子さんが起きている事を知った女性は表情を緩めて答えた。
「ご迷惑をお掛けしてすいません、瑞樹さん。言い訳ですが……どうしても、限定販売の宇治金シュークリームを買いたくて、朝から並んでいたんですが……人の多さと夏の炎天下で体が持ちませんでした」
すると、瑞樹さんは少し眉毛をしかめて怒ったような表情をみせていたが、直ぐに柔らかな表情に戻り、慣れた手付きで倫子さんを触診していく
「救急車を呼んでくれた人には感謝してくださいね。シュークリームも明日の朝、私が買って来ますよ。診察の結果、今日は大事を取って一日だけ入院との事です。でも、気を付けて下さいよ。たかが貧血と思って侮ってはいけません。熱中症で亡くなる人もいるんですからね。鉄剤を多めに処方しておきますので、退院後も忘れずに飲んで下さい」
「ありがとうございます……」
倫子さんは涙を流しながら瑞樹さんに並々ならぬ感謝の意を伝える。体の弱い倫子さんにとって今回の入院が一度、二度の事では無いからだ。
瑞樹さんはとても人当たりが実に良い看護師である。愛嬌の良い容姿と性格からか長期入院の患者さんからは誰からも「ちゃん」付で呼ばれている程だ。
相談事には親身になって考えてくれることから、院内でも瑞樹さんの信頼は絶大。
その為、瑞樹さんには相談が絶えない。入院中の老婆の遺書作成のサポートから、保険の手続きの相談、お孫さんのおもり、はたまた、鍵を預かり干し忘れた衣類の取り込みまで。ちょっとやり過ぎとは思うが……、それはまるで現世に舞い降りたクリミアの天使。善が具現化した存在と言っても良い女神様のようなお方だ。
しかし、優しさゆえに断り切れない性格からか、瑞樹さんの八面六臂の仕事ぶりでも相談はキャパシティーオーバーしているのが現状だった。
そこで、恩は恩で返すのが倫子さん。シュークリームのお礼も兼ねて倫子さんの出来る範囲でだが、入院中は自身の推理力で、瑞樹さんをサポートする。
「それでは、お言葉に甘えて……」
こうして瑞樹さんが受けている相談内容が沢山メモされている手帳の中から、倫子さんは一つの依頼に着手した。
「配膳紛失事件」
内容は以下の通りだ。
夕方六時に給仕係が全部屋分のご飯を用意して、順に各部屋に看護師達が運んでいるのだが、決まって五階の西側病棟で必ずと言っていい程、夜食一食分のご飯が消えると言う謎の怪事件だ。
各部屋の人数とご飯数を毎晩看護師が確認して運んでいるのだが、必ず角部屋の559号室の中島さんと言うおばあちゃんの部屋でご飯が一食分無くなっている事に気付くのだ。
仕方なしに、看護師達は一度給仕室に戻り、一食分を取りに戻り、毎度毎度中島さんにだけ届けると言う手間の係る作業をしている。
最初は瑞樹さんも、「たまたまかな?」っと思っていたのだが、複数の看護師達から同じ相談を受け、この怪事件は一度や二度の事では無いと言う事実が発覚し、現在調査をしているとの事。
「いつ頃から起こるようになったんですか?」
「ここ三ヶ月前からです」
倫子さんは瑞樹さんに質問を繰り返し、情報を集めていく。
「毎日ですか?」
「毎日では無いんですけど、殆どと言った方が良いかもしれません。」
「朝食と昼食は大丈夫なんですか?」
「はい。その時は必ず全て数通りに配り終えるんです。」
倫子さんは瑞樹さんの手帳の中にあった病院通路の見取り図を確認する。
「例えば、550号室から順に配る際に、配膳の個数を確認はしていないんですか?」
「いえ、ちゃんと搬入する段階で個数を確認してから提供しています」
倫子さんは躊躇無しに質問を繰り返す。
「入院している患者さんが料理の内容を事前に知る事が出来きますか?」
「一応ネットのページには乗せているのですが、ご年配の方々が多いので確認されてる方は少ないかもしれません」
すると倫子さんは首を傾げ、つぶやいた。
「……どうやら、盗難で間違いありませんね。それも一人の犯行ではなさそうです。ちょっと手帳を見せて下さい。」
倫子さんは瑞樹さんの手帳を受け取り、それぞれの号室の患者さんの情報を見ていく。
「こんな少しの情報で……もう犯人が分かるんですか?」
「目星はつきました。ですが、犯行の動機が分かりません。配膳に数の狂いが無い日があったと言いましたが、どの日だか分かりますか? 又、その日に何か変わった事がありませんでしたか?」
「変わった事?」
「例えば、間の号室が居ないとか、それか献立が特殊な料理だとか」
すると、瑞樹さんは倫子さんから手帳を受け取り、開いて確認する。
「配膳に問題の無かった先週の木曜日は豚肉と玉ねぎのガーリック炒め。牛乳。おかゆ、バナナ。味噌汁です。」
「他の日には?」
「コンポタージュスープ、卵サラダ、牛乳、レーズンパンです」
メニューを確認した倫子は確信した。
「謎が解けました。犯人の動機が」
「ほ、ホントですか?一体犯人は誰なんですか?」
倫子さんは本日の献立を確認し、時計を確認した。
「どうやら、メニューを見る限り、本日も犯行が予定されています。ここは現行犯逮捕と行きましょう」
〇
夕方六時、いつものように、瑞樹さんは五階の西側病棟に向かい、各部屋に夜食の配膳を済ませていく。
そして角部屋の559号室の中島さんの所に到着すると、いつも通り、一食分の夜食が配膳台から姿を消していた。
「……中島さん、すいません。又一食分足りなかったようです。取りに行ってきますのでちょっと待っててください。」
謝る瑞樹さんに中島さんは笑顔で答えた。
「いいよ、いいよ、気にせんで、ゆっくり待ってます」
瑞樹さんが部屋を出て取りに行くのを見計らう中島さん。
すると、三部屋間を開けてに入院している隅田さんと言う方がそっと中島さんの部屋に顔を出して会釈を交わした。
「行ってくるよ。」
隅田さんは隠し持っていた配膳を両手に持ち廊下通路を抜けていく。
西側病棟の通路を抜け、下り階段へ向かう曲がり角を曲がった瞬間。そこには倫子さんと瑞樹さんが待機していた。
「はい、捕まえた。」
「バ、バレちゃいましたか……すいません。」
一連の結論はこうだ。
長期入院している中島さんと隅田さん。長年の入院の中、偶然知り合った、クリーム色した野良猫。
名を飯太郎と言うらしい。
その猫が病院の中庭に住み着いているらしく、配膳を与える前までは随分やせ細っていたとの事。
病院関係者にバレて保健所に連れていかれては悲しい結末になってしまうかもしれないと思った二人は、何とかしてあげたい一心で毎晩、夜食を黙って一つ拝借して飯太郎に提供していたとの事。
メニューに猫が食べてはいけない、ネギ類や、レーズンなどの食べ物が入っている時は、誤食を防ぐ為、あえてあげるのは控えていたと言う事らしい。
毎度、各部屋に料理を提供している隙を見計らって廊下に出ている配膳代車から一食分を取っていたそうだ。
そして夜間の間に飯太郎に食べさせると、朝食の食べ終わった食器に夜食用の食器を忍ばせて返していたとの事。
〇
「ホントすいませんでした」
謝罪を受けた瑞樹さんと倫子さんは全ての原因でもある猫の飯太郎の元へ向かった。
「ニャー」
見知らない人達が来たと言うのに、足元で寝転がり、ふてぶてしい態度で飯を催促するクリーム色の飯太郎。
「どうしましょう……。病院で保護する事もできませんし、一応、同期の看護師に飼う人が居るか当たってみますが……、最悪の場合は……」
悲しそうな瑞樹さんの目に、倫子さんは思わず口を滑らした。
「も、もしも、飼い主が現れない場合は、私に連絡してください。持ち家は一軒家ですし」
すると、瑞樹さんの笑顔は綻んだ。
「ありがとうございます!」
この一ヶ月後。倫子さんの膝の上は飯太郎のお気に入りの場所になってしまったのは後の話だ。
ふと目が覚めた倫子さんは状況が理解出来ず、眼球を左右に動かし、辺りを見渡した。
目に映るのは自宅ではない見知らぬ白い天井。窓から見えるのは好立地で景観豊かな外の風景。生活感皆無な四畳半の部屋には自身が横たわるベットが一つ。
視界に映った右手首から伸びる透明な管と点滴を見た時、倫子さんはため息をついて自身の状況を理解した。
「またやっちゃった……」
すると、部屋をノックする音が聞こえ、「失礼します」と言う優しい声と共に、看護師であろう女性の方が入ってきた。
看護師は髪を後頭部でお団子結びしており、胸ポケットにはブタ玉丼のゆるキャラ「ブタマゲドン」がくっついたボールペンが顔をだしている。
「また倒れられましたね、倫子さん」
倫子さんが起きている事を知った女性は表情を緩めて答えた。
「ご迷惑をお掛けしてすいません、瑞樹さん。言い訳ですが……どうしても、限定販売の宇治金シュークリームを買いたくて、朝から並んでいたんですが……人の多さと夏の炎天下で体が持ちませんでした」
すると、瑞樹さんは少し眉毛をしかめて怒ったような表情をみせていたが、直ぐに柔らかな表情に戻り、慣れた手付きで倫子さんを触診していく
「救急車を呼んでくれた人には感謝してくださいね。シュークリームも明日の朝、私が買って来ますよ。診察の結果、今日は大事を取って一日だけ入院との事です。でも、気を付けて下さいよ。たかが貧血と思って侮ってはいけません。熱中症で亡くなる人もいるんですからね。鉄剤を多めに処方しておきますので、退院後も忘れずに飲んで下さい」
「ありがとうございます……」
倫子さんは涙を流しながら瑞樹さんに並々ならぬ感謝の意を伝える。体の弱い倫子さんにとって今回の入院が一度、二度の事では無いからだ。
瑞樹さんはとても人当たりが実に良い看護師である。愛嬌の良い容姿と性格からか長期入院の患者さんからは誰からも「ちゃん」付で呼ばれている程だ。
相談事には親身になって考えてくれることから、院内でも瑞樹さんの信頼は絶大。
その為、瑞樹さんには相談が絶えない。入院中の老婆の遺書作成のサポートから、保険の手続きの相談、お孫さんのおもり、はたまた、鍵を預かり干し忘れた衣類の取り込みまで。ちょっとやり過ぎとは思うが……、それはまるで現世に舞い降りたクリミアの天使。善が具現化した存在と言っても良い女神様のようなお方だ。
しかし、優しさゆえに断り切れない性格からか、瑞樹さんの八面六臂の仕事ぶりでも相談はキャパシティーオーバーしているのが現状だった。
そこで、恩は恩で返すのが倫子さん。シュークリームのお礼も兼ねて倫子さんの出来る範囲でだが、入院中は自身の推理力で、瑞樹さんをサポートする。
「それでは、お言葉に甘えて……」
こうして瑞樹さんが受けている相談内容が沢山メモされている手帳の中から、倫子さんは一つの依頼に着手した。
「配膳紛失事件」
内容は以下の通りだ。
夕方六時に給仕係が全部屋分のご飯を用意して、順に各部屋に看護師達が運んでいるのだが、決まって五階の西側病棟で必ずと言っていい程、夜食一食分のご飯が消えると言う謎の怪事件だ。
各部屋の人数とご飯数を毎晩看護師が確認して運んでいるのだが、必ず角部屋の559号室の中島さんと言うおばあちゃんの部屋でご飯が一食分無くなっている事に気付くのだ。
仕方なしに、看護師達は一度給仕室に戻り、一食分を取りに戻り、毎度毎度中島さんにだけ届けると言う手間の係る作業をしている。
最初は瑞樹さんも、「たまたまかな?」っと思っていたのだが、複数の看護師達から同じ相談を受け、この怪事件は一度や二度の事では無いと言う事実が発覚し、現在調査をしているとの事。
「いつ頃から起こるようになったんですか?」
「ここ三ヶ月前からです」
倫子さんは瑞樹さんに質問を繰り返し、情報を集めていく。
「毎日ですか?」
「毎日では無いんですけど、殆どと言った方が良いかもしれません。」
「朝食と昼食は大丈夫なんですか?」
「はい。その時は必ず全て数通りに配り終えるんです。」
倫子さんは瑞樹さんの手帳の中にあった病院通路の見取り図を確認する。
「例えば、550号室から順に配る際に、配膳の個数を確認はしていないんですか?」
「いえ、ちゃんと搬入する段階で個数を確認してから提供しています」
倫子さんは躊躇無しに質問を繰り返す。
「入院している患者さんが料理の内容を事前に知る事が出来きますか?」
「一応ネットのページには乗せているのですが、ご年配の方々が多いので確認されてる方は少ないかもしれません」
すると倫子さんは首を傾げ、つぶやいた。
「……どうやら、盗難で間違いありませんね。それも一人の犯行ではなさそうです。ちょっと手帳を見せて下さい。」
倫子さんは瑞樹さんの手帳を受け取り、それぞれの号室の患者さんの情報を見ていく。
「こんな少しの情報で……もう犯人が分かるんですか?」
「目星はつきました。ですが、犯行の動機が分かりません。配膳に数の狂いが無い日があったと言いましたが、どの日だか分かりますか? 又、その日に何か変わった事がありませんでしたか?」
「変わった事?」
「例えば、間の号室が居ないとか、それか献立が特殊な料理だとか」
すると、瑞樹さんは倫子さんから手帳を受け取り、開いて確認する。
「配膳に問題の無かった先週の木曜日は豚肉と玉ねぎのガーリック炒め。牛乳。おかゆ、バナナ。味噌汁です。」
「他の日には?」
「コンポタージュスープ、卵サラダ、牛乳、レーズンパンです」
メニューを確認した倫子は確信した。
「謎が解けました。犯人の動機が」
「ほ、ホントですか?一体犯人は誰なんですか?」
倫子さんは本日の献立を確認し、時計を確認した。
「どうやら、メニューを見る限り、本日も犯行が予定されています。ここは現行犯逮捕と行きましょう」
〇
夕方六時、いつものように、瑞樹さんは五階の西側病棟に向かい、各部屋に夜食の配膳を済ませていく。
そして角部屋の559号室の中島さんの所に到着すると、いつも通り、一食分の夜食が配膳台から姿を消していた。
「……中島さん、すいません。又一食分足りなかったようです。取りに行ってきますのでちょっと待っててください。」
謝る瑞樹さんに中島さんは笑顔で答えた。
「いいよ、いいよ、気にせんで、ゆっくり待ってます」
瑞樹さんが部屋を出て取りに行くのを見計らう中島さん。
すると、三部屋間を開けてに入院している隅田さんと言う方がそっと中島さんの部屋に顔を出して会釈を交わした。
「行ってくるよ。」
隅田さんは隠し持っていた配膳を両手に持ち廊下通路を抜けていく。
西側病棟の通路を抜け、下り階段へ向かう曲がり角を曲がった瞬間。そこには倫子さんと瑞樹さんが待機していた。
「はい、捕まえた。」
「バ、バレちゃいましたか……すいません。」
一連の結論はこうだ。
長期入院している中島さんと隅田さん。長年の入院の中、偶然知り合った、クリーム色した野良猫。
名を飯太郎と言うらしい。
その猫が病院の中庭に住み着いているらしく、配膳を与える前までは随分やせ細っていたとの事。
病院関係者にバレて保健所に連れていかれては悲しい結末になってしまうかもしれないと思った二人は、何とかしてあげたい一心で毎晩、夜食を黙って一つ拝借して飯太郎に提供していたとの事。
メニューに猫が食べてはいけない、ネギ類や、レーズンなどの食べ物が入っている時は、誤食を防ぐ為、あえてあげるのは控えていたと言う事らしい。
毎度、各部屋に料理を提供している隙を見計らって廊下に出ている配膳代車から一食分を取っていたそうだ。
そして夜間の間に飯太郎に食べさせると、朝食の食べ終わった食器に夜食用の食器を忍ばせて返していたとの事。
〇
「ホントすいませんでした」
謝罪を受けた瑞樹さんと倫子さんは全ての原因でもある猫の飯太郎の元へ向かった。
「ニャー」
見知らない人達が来たと言うのに、足元で寝転がり、ふてぶてしい態度で飯を催促するクリーム色の飯太郎。
「どうしましょう……。病院で保護する事もできませんし、一応、同期の看護師に飼う人が居るか当たってみますが……、最悪の場合は……」
悲しそうな瑞樹さんの目に、倫子さんは思わず口を滑らした。
「も、もしも、飼い主が現れない場合は、私に連絡してください。持ち家は一軒家ですし」
すると、瑞樹さんの笑顔は綻んだ。
「ありがとうございます!」
この一ヶ月後。倫子さんの膝の上は飯太郎のお気に入りの場所になってしまったのは後の話だ。
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