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朝の駅

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立てば貧血、歩くも貧血、依頼を受ければ名探偵。

今日も倫子さんはお気に入りのコーヒードリッパーから、ポタポタ滴るコーヒーの香りと共に、小窓から海岸を眺めていた。

木製のスピーカーから流れる、心地よいピアノとサックス。お気に入りの牛革リクライニングチェアーに仰け反り座り、読み掛けの小説を片手に倫子はウトウトと睡魔に誘われていた。


「倫子さん!事件の捜査協力をよろしく願いします!」

威勢の良い声と共に、玄関から入ってくるのは、元後輩でもあり、好青年でもあり、現職警察官でもある円谷小太郎だ。

彼の放つ大きな物音に倫子さんは目を覚まし、不機嫌に口を開いた。

「小太郎……あんた、いつも間が悪いわね。で、今日はなに? 出来たら依頼を聞くのはこの本を読み終わってからでもいい?」

「その本、僕が譲った奴! 先週からずっと読んでるじゃないですか! いいですから、刺詰警部から預かった資料を読んでくださいよ! うちもうちで困ってるんですよ」

「あの、クソ爺……」

倫子さんは嫌々そうに起き上がり、渡された資料を開き目を通した。


六月十八日午前6時45分。藤壺駅にて飛び降り自殺が発生。

駅のホームの端の方で男は飛び降りた為、駅の監視カメラには自殺の決定的瞬間は映っておらず、早朝の駅だった為、駅の利用者も少なく、目撃者は居なかった。

六時十八日午前7時30分車両復帰。

遺留品は通勤に使われていたであろう鞄、中には携帯電話、会社の資料、財布、車の鍵、自宅の鍵等の貴重品が入っていた。電車の衝突により、スマホは大きく破損していた。

六月十九日午前7時。親族の捜索依頼が署に届き、奥さんである家族に所有物を見せた所、死亡者は近くに住む52歳の男性、鈴木健司と判定しました。

スマートフォンの内容を解析した結果。男の自殺を匂わせる内容は全くない。


内容を見て倫子さんは少し頬格を上げ、小太郎に答えた。

「なんとなくわかったわ、状況証拠も動機もない以上、自殺と断定できないって事でしょ」

「……その通りです」

「なら、一応その監視カメラの映像を見せて」

小太郎はスマートフォンを取り出すと、倫子さんに監視カメラの映像を見せた。

柱の影からふらっと現れ、線路の下に落ちる被害者。二秒も経たずに、男は電車に衝突する。

「こんな感じです」

するとスマホを停止しようとする小太郎の指を倫子さんが止めた。

「まだよ、私が見たいのはこの後よ」

倫子さんは電車の復旧作業が行われている、映像をジッと見ていた。

ラッシュ時と重なり、続々駅のホームに集まる人。

そして復旧が終わり、映像の電車は動きだした。

復旧の一部始終を見ていた倫子さんは小太郎に尋ねた。


「それで、死体発見から、身元が割れるのにどうして一日掛ったの?」

「仏さんがぐちゃぐちゃでしたし、所有物から、身元が分かる物が一切見当たらなかったんです。持っていた会社の資料の一部から、大手の会社の従業員とは分かっていたんですが、身元を割る前に奥さんが来て下さったんです」


すると、倫子さんは答えた。

「わかったわ。これは他殺。強盗殺人よ」

「え?」

倫子さんの素早い推理に小太郎は動揺を隠せなかった。

「持ち物の中に車の鍵があって、財布があるのに免許証が無い時点で気付きなさい。これは明らかに意図的に取られた物」

「で、でも、どうして、財布に現金は残っているんですよ? 強盗なら現金取ればいいんじゃないですか?」

「普通のコソドロ事件ならそうするでしょね。でも財布の中身は5千円だった。それを取らないって事は、あぶく銭には目もくれないプロの犯行よ」


すると倫子さんはスマートフォンを手に取り、警視庁が開示している防犯アプリを起動し、小太郎に見せた。

「ほら、ここ一ヶ月、この藤壺駅で痴漢未遂事件と恐喝未遂の通報が数件発生している。十中八九、痴漢の疑惑を掛けた女の主導犯とバックに男が数人ついて脅迫している。しかもこの件数からして、素人じゃ絶対ない、犯人はこいつらよ」

「でも、なら、犯人はなんで現金を取らずに、免許証なんて取ったんですか?」

「免許証だけじゃない、クレジットカードもよ」

小太郎は目を見開き驚いていた。

「そうか……クレジットカードを手に入れれば、後は名前や生年月日を入力すれば、大抵の物はネットで買えてしまう。別の住所を使って置き配すれば、足も割れない。くそ!」

「高価な物を手に入れれば、あとはフリマアプリで、現金化する予定なんでしょう。被害者のカードを直ぐに洗いなさい。必ず、死んだ以降の時間に利用履歴があるはず。」

「わかりました! ……ですが、犯行はどうやったんでしょう? 決定的な証拠がありません」

「多分交渉場所をこの場所に選んだのは監視カメラの死角を知っていての犯行。奴らはこの死角を使って痴漢未遂を装って恐喝を繰り返していた。でも今回はそれが仇となったようだけどね」

倫子さんは小太郎のスマートフォンを手に取り、電車の復旧後の映像の一部分を小太郎に見せた。

「ほら、見て、この柱から人が出て来た。」

 その映像からは確かに前後の映像からは映っていなかったミニスカートの女性が現れて、ホームの人込みに消えていった。

「人混みが増えるまでバレないように監視カメラの見えない位置で隠れてる予定だったんでしょうね、私から言わせれば、爪が甘いわ。こいつが犯人よ。多分コイツは前日から数日前の間に絶対被害者とこの駅で接触しているはずよ、事件発生から5日……、クレジットカードと郵送の関係が上手くいけば、星を抑えれるかもよ、頑張れ、小太郎」

「は……はい!」


小太郎はパトカーを走らせ、急いで署に戻るのであった。




後日、分かった事だが、監視カメラの情報を解析した所、駅ホームの突き飛ばし殺人事件のあった二日前、被害者と犯人が口論している映像が映っていた。そして、複数人のガタイの良い男達が居合わせ、被害者を責め立てていた。

きっと示談の交渉か何かを後日行うと言う体の当日だったのだろう、犯人の脅しに立ち向かおうと現金を持ち合わせなかった被害者。結局、悲しい惨事となってしまったそうだ。

「ホント、先日はありがとうございました。刺詰警部も喜んでいました」

「どーせ、あの爺は自分の手柄にしてたんでしょ?」

「……そうです、酷いですよね。感謝状くらい、倫子さんに出すべきだと思いますよ」

「まあ、あの爺には恩があるからね……」

「え? 恩ってなんですか?」

「うーん。馬券買って貰って、株教えて貰って、不動産紹介して貰って、今の不労所得生活にいたる訳よ」

「そりゃ……、頭が上がらないのも無理ないですね。」

「まぁね、でもムカつくからあの爺に言っといて、甘いお中元でも持ってこないと、もう手伝ってやんねーぞって」

「はぁ……」

「あ、アルコール系は駄目よ、チョコが入っている奴ね」

「はぁ……」
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