電脳ラブドール

翠乃古鹿

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不倫熟女妻

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 発病からわずか半年で余命宣告を受けた平塚は、三十代の若さで終末医療を専門とする病院に転院した。
 生きる希望を失い、絶望の淵にいた平塚の心を救ったのが、仮想現実の中で再会した華澄かすみの存在だった。
 平塚の横で一糸まとわぬ無防備な姿で寝息をたてる華澄は、本来は義理の姉に当たる。
 最初、仮想現実の華澄も眠るのかと驚いたが、医療スタッフの川崎に小難しい説明をされ、そんなものかと納得した。
 宇宙航空便の客室乗務員だった華澄が、外務官僚の兄と結婚したのは、平塚が高校生の時だ。美しい兄嫁は、憧れとなった。
 大学生となり、よこしまな気持ちを断ち切るように一人暮らしを始めたが、社会人になって華澄との関係が変わった。
 アパートを訪ねて来た華澄と、どちらからともなく関係を持った。何度か逢瀬を重ねたが、ある日突然、華澄の訃報が届いた。
 不慮の事故だった。華澄の亡骸は、今も宇宙を漂っている。
 子供のいない兄は、浮気相手の外国女性と結婚し、日本を離れた。
 平塚と華澄の不倫は、誰にも知られることなく月日が流れた。
 転院して間もなく、人生の最後に誰と過ごしたいのかと問われ、華澄の顔しか思い浮かばなかった。
 肖像権や表層人格権の使用取得は難しく、フリー素材の選択を勧められたが、平塚は諦めなかった。
 華澄が亡くなった年齢と、奇しくも平塚が余命宣告を受けた時の年齢が同じだったことに、二人の運命的な絆を感じたからだ。
 吉報は意外と早く届いた。
 華澄の姉が、承諾書にサインをしてくれたのだ。肖像権の使用はお金になる。
 まだ若い平塚には高額だったが、幸いなことに両親が残してくれた遺産があった。
 そのお金で、年老いた華澄の両親が、質の高い施設に入居できたと聞き、残りの財産を全て、華澄の姉と両親に残すことに決めた。
 華澄が亡くなる直前まで書いていた、日々の出来事や心の内を綴った日記を、大切に保管しておいてくれたからだ。
 そのおかげで、平塚の知らなかった華澄に出会え、彼女の秘めていた平塚への思いを聞くことができた。
 八歳も年下の、夫の弟を愛してしまったこと。夫の浮気に苦しんだこと。平塚と初めて結ばれた時の喜び。夫に対する後ろめたさ。不倫という罪に怯えながらも、平塚に抱かれた日の幸せ……。
 今は全てから解放され、何の制約もない二人の生活が始まった。
 華澄と二人で行く観光旅行が、平塚の生きる楽しみとなった。
 立体フォログラムの映像技術が躍進的発達を遂げ、病室内が一瞬にして世界の観光地となった。その場の空気、匂いや風のそよぎまでも感じた。行き交う人々の息遣いまでも、リアルテイムタイムで届けてくれるのだ。
 それは現実世界そのものだった。
 二人は今、一昔前に流行った『ハネムーンは月面で』を体現していた。
 月面の丸い地平線の向こうに、輝くような地球が浮かんでいた。
 隣で寝ている華澄のふっくらとした唇、閉じた瞼を飾る長いまつ毛、小ぶりだが形の良い鼻、柔らかい頬、サラサラとした髪、熟れた果実のような肢体の全てが愛おしい。
 平塚は、ゆっくりと上下する華澄のふくよかな乳房に手を置いた。淡い紅色の乳首を摘むと、柔らかなグミのようだ。
 腹部のなだらかな曲線に手を滑らせ、丸く可愛いいヘソの周りをそっと撫でた。
 吸い付くような肌触りと、立ち昇るようなフェロモンの香りに、平塚の欲情が頭をもたげはじめた。
 そのまま下に向かって手を伸ばすと、陰毛が綺麗に処理されたビーナスの丘と、美肉の割れ目にたどり着く。
 小粒な肉芽に触れ、その周りに指を這わせると、華澄の閉じていた脚が少し開いた。
 平塚の分身が激しく席巻した割れ目は、今は何事もなかったように口を閉じていた。
 華澄の黒目がちな瞳が平塚を見ていた。
「もう一度……するの?」
 華澄が、いたずらっ子を見つけたような笑顔で尋ねた。
「うん……」
 子供のような返事で頷くと、硬さを取り戻した平塚の分身に手を添えた華澄が、コンドームの装着を促した。
「華澄が着けてくれよ……」
「意地悪……できないのを知ってるくせに」
 嬉しそうな哀しそうな、何とも言えない表情で口を尖らせた。
 仮想世界の華澄が触れられるのは、丸い帽子型の感応装置で繋がった平塚だけだ。
 四つん這いの体勢で白い双臀を向けた華澄の蜜壺が、二度目の挿入を期待していた。
 一度失った宝物を再び手に入れることができた僥倖ぎょうこうに、この上ない喜びが湧き上がり、平塚と華澄は一つになった。
 気がつくと、平塚はまどろみの中にいた。
 愛する女性の心地よい汗の香りが、セックスの満足感に浸る平塚の鼻腔をくすぐった。
 春の陽光の中の立っているような、清々しい気持ち良さが平塚を包んだ。
 鈴を鳴らすような華澄の声が聞こえた。
「……華澄を、よみがえらせてくれて、ありがとう……」
 それが、平塚の耳に届いた最後の言葉だった。
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