国が滅ぼされる原因となる男のモブ妻ですが、死にたくないので離縁します!~離縁したらなぜか隣国の皇太子に愛されました~

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 アレス殿下と想いが通じ合ったあの日から一ヶ月が経とうとしている。

 この一ヶ月は本当に色々なことがあり、目まぐるしい日々を送っていた。


 まず私は仕事を辞めた。
 もともと辞めるつもりではあったがアレス殿下と両想いになり、改めて仕事を辞めることとなった。アレス殿下の想いを受け入れた私は皇太子妃になることになる。そのためには身に付けなければならないことが多く、とても仕事をしている場合ではない。
 通常ならもっと早くから教育を受けるのだが、私はまもなく二十二歳になろうとしている。教養にマナー、歴史や語学など覚えなければならないことはたくさんある。でも大変ではあるが勉強は好きだし、好きな人のためならば頑張れる。それに前世の記憶があるおかげか、今のところ順調に教育は進んでいると先生方からお褒めの言葉をいただけるほどである。前世の記憶に感謝だ。
 このままいけば近いうちに婚約を発表することができそうだとアレス殿下が喜んでいた。もちろん私も嬉しい。しかし平民の私がアレス殿下の両親である皇帝陛下と皇后陛下に受け入れてもらえるかが不安ではあったが、正式な謁見の際に二人とも私に好意的でホッとしたのを覚えている。

 それと私は貴族家の養子になることになった。
 最初は両親に爵位をという話になったのだが辞退をしたのだ。私が治癒能力の持ち主だと婚約と同時に公表するとは説明されていたので、家族を守るための爵位だということは理解している。だけどバーミリオン帝国で何か功績をあげたわけでもないし、家族は旧シャウト王国で爵位に縛られ苦しんできた。だからできることなら別の方法をとアレス殿下に相談すると、私が貴族家の養子になるのはどうかと提案されたのだ。家族と離れるのは寂しいが大切な家族を守るためでもあるし、それにこれは私が選んだ道だと養子になる話を受け入れることにした。
 養子先はハリスさんの実家であるモルティア侯爵家だ。ハリスさんの父親であるモルティア侯爵も皇帝陛下の側近をしており、代々皇室に忠誠を誓っている家なのだそうだ。まさかハリスさんが侯爵家の嫡男で次期侯爵様だとは知らなかった。ずいぶんと馴れ馴れしく話していたが不敬だったのではと不安になるも、ハリスさん本人からは『気にせずに今まで通りでお願いします』と言葉をかけてもらった。
 アレス殿下との婚約はまだだが私はすでに侯爵家の養子となっていて、今の私はシルフィー・モルティア侯爵令嬢である。この年齢で令嬢と呼ばれるのは前世の記憶のせいかなんとなく抵抗はあるが。

 あとこれは関係者以外まだ内密なのだが、私と同じ治癒能力を持つ者が現れたそうだ。私はその話をアレス殿下から聞かされた時、『あぁ、ヒロインだ』と不安に駆られた。やはり小説通りに二人は結ばれてしまうのではないかと。
 しかも聞かされた話だとすでに二人は出会っているというのだ。やはり私のようなモブがアレス殿下を好きになってはいけなかったのだと悲しくなった。しかしここは私が身を引くのが正しいのだと言い聞かせ、アレス殿下に切り出したのだ。


「殿下、どうぞ私のことは気にせずにその方を伴侶に迎えてください」

「は…?」

「ちゃんと分かっています。その方が殿下の運命のお相手なんですよね?」


「え?ちょっと待っ…」


「一時の気の迷いで私を選んでしまって後悔されているんですよね?でも安心してください!私はお二人の邪魔をするつもりはありません。だから殿下は気にせずに幸せになって…」 

「シルフィー!!」


 アレス殿下に突然抱きしめられて驚いたが、私は何とか離れようとした。


「っ!で、殿下!離してください!」

「絶対に離さない!」

「どうしてですか!?これでは殿下の運命のお相手に誤解されて…」

「私の運命の相手はシルフィーただ一人だ!」

「なっ!そ、そんなわけ…んっ!」


 否定の言葉を言おうとした私の口はアレス殿下の唇によって塞がれてしまった。


「ん、んんっ!」


 こんなことしていいわけがないと、アレス殿下の胸を押すがびくともしない。むしろ口づけが激しいものに変わっていく。この口づけは想いが通じ合ったあの日にしたものとは違ってとても荒々しいものだった。


「んっ…!」

 やめてほしいと思っているのにもっとと思い始めてしまう自分もいる。それに酸欠なのか徐々に何も考えられなくなってきた。

 私からの抵抗がなくなるとアレス殿下が唇を離した。そして私の目を強く見つめながら口を開いた。


「もう一度言う。私の運命の相手はシルフィーだ」

「!」

「どうして彼女が運命の相手だと思ったのかは分からないけど、私がほしいのは彼女じゃなくあなたシルフィーだ」

「っ、で、でも」

「なぁ、どうすればこの想いが伝わる?今のじゃまだ足りないのか?それなら…」

「~~っ!つ、伝わりました!」

「…本当に?」

「ほ、本当です!」


 私の顔は真っ赤に染まっているだろう。脳に酸素が行き届くようになり思考が鮮明になってくると、先ほどの口づけを思い出してしまう。


 (あ、あんなに情熱的で激しいキス…!)


 アレス殿下は誠実な人だ。そんな人がここまで本能的な口づけを好きでもない女性にするだろうか。もしヒロインに惚れていたら普通こんなことはしないはずだ。
 私の知っているアレス殿下に当てはめて冷静に考えればすぐに分かることだった。それなのに私はヒロインが現れたと聞いて目の前にいるアレス殿下のことを信じずに小説の内容だけを信じてしまったのだ。たしかに小説に出てくる国の名前や人物などは同じだが、私がこうして無事に生き残ったように小説とは違うことが起きている。もしかしたらこの世界は小説と同じようで違う世界なのかもしれない。


「それじゃあもう二度と私の元から去るなんて言わないね?」

「…はい」

「私はシルフィーだけを愛しているんだ。だからシルフィーも私だけを見てほしい」 

「…私でいいんですか?」

「あなたがいいんだ」

「…私も殿下を愛しています。ずっと側にいさせてください」

「ああ、もちろんだ」


 こうして話は無事に収まったのだが、今思い出しても恥ずかしすぎる。一人で勘違いをして騒ぎ立てるなど穴があったら入りたいくらいだ。

 その後よく話を聞けば、アレス殿下はヒロインと会っても何も感じなかったそうだ。むしろ私と出会った時は夢にまで出てきたらしい。ヒロインもアレス殿下に全く接触してこなかったらしく、むしろ教会の若き大司教によく話しかけていたそうだ。

 そして私とアレス殿下の婚約発表と同時にヒロインには聖女の称号が与えられることになっている。ヒロイン本人もそれで納得していると聞いて私はふと思った。


 (この世界のヒロインはもしかしたら私と同じく前世の記憶を持っているのかもしれない。そうじゃなくちゃ行動に説明がつかないもの)


 ヒロインに前世の記憶がなければアレス殿下の想いは別として、ヒーローに惹かれるはずだ。しかし彼女ヒロインアレス殿下ヒーローよりも小説でお助けキャラ的な役割の大司教に興味があるというではないか。この行動から私はヒロインが前世の記憶を持っているのではと思ったのだ。


 (…いつか落ち着いた頃に会えるようお願いしてみようかな)


 その願いは近い将来叶えられることになる。そして彼女ヒロインと親友になるなど、今の私はまだ知らないのであった。

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