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しおりを挟む「…好き」
「えっ?」
「私、アレス殿下のことが好きなんです…!」
「な…」
アレス殿下の瞳に戸惑いの色が生まれたが、私は気にせずにそのまま続けた。
「平民の私が皇太子である殿下にこのような気持ちを抱くこと自体が不敬だということは分かっています。それに殿下はいつか然るべきお方と結ばれるということも分かっているんです。それなのに私は殿下のことを…。だから仕事を辞めさせてください。お願いします…!」
(どうかお願い…)
私は祈るような思いでアレス殿下からの言葉を待つ。そして少し間が空いてからアレス殿下が口を開いた。
「…ダメだ」
「なっ!ど、どうしてですか!?」
アレス殿下の答えに私は絶望した。正直に本心を話したのにも関わらず、私の願いは聞き入れてもらえなかったのだ。私はこれからもこの想いを抱きながら苦しまなければならないのか。そう思い泣きそうになっている私に殿下が問いかけてきた。
「本当にどうしてか分からない?」
「わ、分かりません!だって私の気持ちなんてただ迷惑で…」
「迷惑なわけない!」
「え…」
「私は初めて出会ったあの日からずっとシルフィーのことが好きなんだ」
アレス殿下からの突然の告白に私は混乱した。初めて会った日なんて一年以上前のことなのに、その時から私のことを好きだなんてとても信じられない。
「う、そ…」
「嘘じゃない。父と母にはシルフィーを伴侶として迎える許可はもらっているんだ」
「えっ」
「でもシルフィーの気持ちが一番大切だから、離縁してまだ時間が経っていないあなたに私の想いを伝えても負担にしかならないと思ったんだ。それにまずは私のことを一人の男として意識してもらわないと、と思ってこの一年頑張ってきたけど…。その努力が実ったって私はうぬぼれてもいいのかな?」
私は夢でも見ているのだろうか。あまりの展開にこれが現実なのか、ただの自分の願望なのか分からなくなってきた。だってアレス殿下が好きになるのはヒロインのはずで、私のようなモブではない。でも目の前のアレス殿下は私のことを好きだと言ってくれた。それなら夢だろうが現実だろうが、私もうぬぼれてしまってもいいのだろうか。
「…私も殿下と同じ気持ちだって、うぬぼれてもいいですか?」
「っ!シルフィー!」
「えっ!で、殿下!?」
突然壁から引き離されたと思ったら、気づけばアレス殿下の腕の中だった。ちょうどアレス殿下の胸に私の耳が当たっていて、心臓がすごくドキドキしているのが分かる。
「…殿下でもドキドキするんですね」
「っ!…当たり前だろう?好きな女性とようやく想いが通じ合ったんだから」
「殿下ほどの男性なら余裕なのかと思っていました」
「余裕なんてあるわけない。本当はシルフィーの前では格好つけていたいけど…。今は無理そうだ」
そう言ったアレス殿下の私を抱きしめる力が強くなる。くっつきすぎてもうどちらの心臓の音だか分からない。ただ分かることは私の顔は真っ赤に染まっているということ。抱きしめられているのでアレス殿下の顔を見ることはできないが、彼は今どんな顔をしているのだろうか。
(き、気になる…)
どうしても気になってしまった私はそっと上を見上げた。すると私を愛しそうに見ていたアレス殿下と目が合ってしまった。
「っ!」
「…シルフィー」
腕の力が弱まり身体が引き離される。寂しいと思ったのも束の間、アレス殿下の発言に心臓が跳ねた。
「キス、していい?」
「えっ!」
「…ダメ?」
「で、でも、ハリスさんが戻って…」
「ハリスなら戻ってこないよ。ハリスがこの場を用意してくれたからね」
「~っ!…ずるいです」
「どうしても二人きりになりたかったんだ。…シルフィー、いい?」
ダメなんて言えないし、言いたくない。
もうこの状況は小説の内容とはずいぶんとかけ離れてしまっている。もしかしたらアレス殿下とヒロインが結ばれる結末を変えてしまったのかもしれない。でももうここまできてしまったのだ。あとは流れに身を任せるしかないだろう。
「…はい」
「好きだ、シルフィー」
「んっ…」
アレス殿下と私の唇が重なる。
夕日はいつの間にか沈み、静寂が二人を包み込む。
まるで世界に二人だけしか存在していないかのようだった。
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