11 / 17
11
しおりを挟む「…ハリスさん。少しお時間いいですか?」
「どうかしましたか?」
「えっと、ちょっとここでは…」
「分かりました。では隣の部屋に移動しましょうか」
「ありがとうございます」
私はハリスさんの手が空いたのを見計らい、声をかけた。今私たちがいる場所はアレス殿下の執務室の中にある文官室だ。アレス殿下は外出しているが、他に数名の文官がいるので場所を変えてもらえるのはありがたい。
執務室の隣にある部屋はアレス殿下付きの文官の仮眠室となっている。そこにはソファやテーブル、簡易ベッドがありお菓子や飲み物も常備されている。
私とハリスさんはお互い向かい合うようにしてソファに座った。
「忙しいのにすみません」
「いいえ、ちょうど一段落ついたところでしたから。それでどうかしましたか?」
「その…実はそろそろこの仕事を辞めようかなと考えていまして…」
「なっ!?ど、どうしてですか!?なにか嫌なことが!?それとも誰かになにか言われたとか!?」
「い、いえ、そういうことは全くなくて…」
「ではどうして急に辞めるだなんて…!」
いつも冷静なハリスさんがこんなにも焦る姿を初めて見た。たしかに仕事は忙しいが私がいなくなっても問題ないはずだ。だからハリスさんの反応が不思議でならない。それに辞める理由を正直に話すわけにはいかない。
「えーっと、私もこの国に移住して一年経ちましたし、この仕事をいただけたおかげでずいぶん金銭的にも余裕が出てきたんです。だからそろそろ一人で頑張ってみようかなと思って」
「…それならこのままこの仕事を続ければいいのではないですか?わざわざお一人で頑張ろうとしなくても…」
「たしかにその通りなんですが、アレス殿下もハリスさんも優しいから甘えてしまいそうでこのままじゃダメだと思ったんです」
「そ、それは…」
「それにもう一度結婚したいなって思ってて」
「えっ!?け、結婚ですか!?お、お相手がいらっしゃるんですか!?」
「え?いや、相手はいませんけど…」
「ではなぜ…!」
ハリスさんがソファから立ち上がり机に手を付き血走った目で私を見ている。怖い。ハリスさんなら『分かりました』と言ってすんなりこの話は終わると思っていたのに想定外すぎる。しかしなんとかここを乗り切らなければ。
「私、子どもが欲しいんです。そのためにはなるべく早く結婚したほうがいいかなって。それにここより皇都で働いた方が出会いがあるじゃないですか。ここで働く人は貴族の方が多いですし、平民の方も働いてはいますがほとんど既婚者ですからね」
「た、たしかにその通りですが…」
「なのでハリスさんから殿下にそれとなく伝えていただけませんか?最近殿下も忙しそうにしているので突然こんな話されても迷惑だと思うんです。もちろん後で自分からもちゃんと伝えます。」
「…」
「ハリスさん?」
「…」
「ハリスさん!」
「はっ!す、すみません!」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫…ではないですが、話は分かりました。ひとまずこの話は私から殿下に伝えますので、決して!シルフィー殿からは話さずに待っていてもらえますか?」
「は、はい、もちろんです。お手数をお掛けしますがよろしくお願いします」
ハリスさんの反応が気になるがとりあえず今はこれでいい。きっとアレス殿下なら私を快く送り出してくれるだろう。寂しい気持ちもあるが不毛な恋はしたくない。アレス殿下はヒロインとハッピーエンドを迎えると決まっているのだから。
それに先ほどのハリスさんに言った言葉も嘘ではない。私は一度離縁した身だが白い結婚だったため身体はきれいなままだ。前世を含め出産も子育ても未経験であるが、できることならもう一度結婚をして子どもが欲しいと思っている。
私はもう二十一歳だ。この世界ではもう適齢年齢を過ぎてしまっている。だから失恋が決定している恋をして時間を無駄にするわけにはいかない。きっとこの淡い想いもアレス殿下の側から離れればすぐに消えてくれるだろう。
…
……
………しかし数日後の業務終了後のこと。
私はとてつもなく戸惑うことになる。
なぜこんな状況になっているのか全くもって理解できない。
「シルフィー。さっきの話は本気なの?」
「っ!そ、それは…」
なぜか私は壁を背にアレス殿下にいわゆる壁ドンをされているのだ。
(ど、どうしてこんなことに!?)
私はどうしてこうなってしまったのかを思い返した。
1,207
お気に入りに追加
1,472
あなたにおすすめの小説
王子が元聖女と離縁したら城が傾いた。
七辻ゆゆ
ファンタジー
王子は庶民の聖女と結婚してやったが、関係はいつまで経っても清いまま。何度寝室に入り込もうとしても、強力な結界に阻まれた。
妻の務めを果たさない彼女にもはや我慢も限界。王子は愛する人を妻に差し替えるべく、元聖女の妻に離縁を言い渡した。
聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~
白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。
王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。
彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。
#表紙絵は、もふ様に描いていただきました。
#エブリスタにて連載しました。

【完結】結婚前から愛人を囲う男の種などいりません!
つくも茄子
ファンタジー
伯爵令嬢のフアナは、結婚式の一ヶ月前に婚約者の恋人から「私達愛し合っているから婚約を破棄しろ」と怒鳴り込まれた。この赤毛の女性は誰?え?婚約者のジョアンの恋人?初耳です。ジョアンとは従兄妹同士の幼馴染。ジョアンの父親である侯爵はフアナの伯父でもあった。怒り心頭の伯父。されどフアナは夫に愛人がいても一向に構わない。というよりも、結婚一ヶ月前に破棄など常識に考えて無理である。無事に結婚は済ませたものの、夫は新妻を蔑ろにする。何か勘違いしているようですが、伯爵家の世継ぎは私から生まれた子供がなるんですよ?父親?別に書類上の夫である必要はありません。そんな、フアナに最高の「種」がやってきた。
他サイトにも公開中。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
実家を追放された名家の三女は、薬師を目指します。~草を食べて生き残り、聖女になって実家を潰す~
juice
ファンタジー
過去に名家を誇った辺境貴族の生まれで貴族の三女として生まれたミラ。
しかし、才能に嫉妬した兄や姉に虐げられて、ついに家を追い出されてしまった。
彼女は森で草を食べて生き抜き、その時に食べた草がただの草ではなく、ポーションの原料だった。そうとは知らず高級な薬草を食べまくった結果、体にも異変が……。
知らないうちに高価な材料を集めていたことから、冒険者兼薬師見習いを始めるミラ。
新しい街で新しい生活を始めることになるのだが――。
新生活の中で、兄姉たちの嘘が次々と暴かれることに。
そして、聖女にまつわる、実家の兄姉が隠したとんでもない事実を知ることになる。
婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します
けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」
五年間、婚約者として尽くしてきたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。
他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。
だが、彼らは知らなかった――。
ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。
そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。
「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」
逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。
「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」
ブチギレるお兄様。
貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!?
「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!?
果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか?
「私の未来は、私が決めます!」
皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!
『白い結婚』が好条件だったから即断即決するしかないよね!
三谷朱花
恋愛
私、エヴァはずっともう親がいないものだと思っていた。亡くなった母方の祖父母に育てられていたからだ。だけど、年頃になった私を迎えに来たのは、ピョルリング伯爵だった。どうやら私はピョルリング伯爵の庶子らしい。そしてどうやら、政治の道具になるために、王都に連れていかれるらしい。そして、連れていかれた先には、年若いタッペル公爵がいた。どうやら、タッペル公爵は結婚したい理由があるらしい。タッペル公爵の出した条件に、私はすぐに飛びついた。だって、とてもいい条件だったから!

「白い結婚の終幕:冷たい約束と偽りの愛」
ゆる
恋愛
「白い結婚――それは幸福ではなく、冷たく縛られた契約だった。」
美しい名門貴族リュミエール家の娘アスカは、公爵家の若き当主レイヴンと政略結婚することになる。しかし、それは夫婦の絆など存在しない“白い結婚”だった。
夫のレイヴンは冷たく、長く屋敷を不在にし、アスカは孤独の中で公爵家の実態を知る――それは、先代から続く莫大な負債と、怪しい商会との闇契約によって破綻寸前に追い込まれた家だったのだ。
さらに、公爵家には謎めいた愛人セシリアが入り込み、家中の権力を掌握しようと暗躍している。使用人たちの不安、アーヴィング商会の差し押さえ圧力、そして消えた夫レイヴンの意図……。次々と押し寄せる困難の中、アスカはただの「飾りの夫人」として終わる人生を拒絶し、自ら未来を切り拓こうと動き始める。
政略結婚の檻の中で、彼女は周囲の陰謀に立ち向かい、少しずつ真実を掴んでいく。そして冷たく突き放していた夫レイヴンとの関係も、思わぬ形で変化していき――。
「私はもう誰の人形にもならない。自分の意志で、この家も未来も守り抜いてみせる!」
果たしてアスカは“白い結婚”という名の冷たい鎖を断ち切り、全てをざまあと思わせる大逆転を成し遂げられるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる