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9 アレスレイド視点
しおりを挟む「本当にありがとうございました!」
生誕パーティーから二日後。彼女が私に会いに王都の宿屋を訪れていた。
あのパーティーの後、この状況ではとてもここでは過ごせないと私はさっさと王城から出てきたのだ。私とマーガレット王女の婚約は即日破棄され、次の日には彼女の離縁と彼女の家族の爵位を返上することができた。私は離縁が成立したことを確認してから彼女に手紙を送った。『移住の件で話があるので宿屋で待っている』と。そして早速やってきた彼女の表情はとても晴れやかなもので、私はその表情を見ただけで胸が温かくなった。
「いや、あなたの願いを叶える約束だから当然のことさ」
「でも皇太子殿下のお力がなければ王命で決められた婚姻を解消することなんてできませんでした。それに家族も無事に爵位から解放されて今から移住するのを楽しみにしているんです」
「そうか」
「あっ、でも皇太子殿下は婚約を破棄されたんですよね…。その…私が言うのもなんですが、辛くないですか?」
どうやら彼女は自分と家族だけが喜ぶ結果になったのではと気にしているようだ。しかしそれは要らぬ心配である。
「いいや。全く辛くないから気にしないでくれ。この婚約は政略だったし王女とはあまり交流していなかったからね。むしろ婚約破棄できて嬉しいくらいさ。私だってできることなら好きな人と結ばれたいからね」
「えっ!?!?殿下にはすでに好きな人がいらっしゃるのですか!?」
「…驚きすぎじゃないか?」
「え、あ、いや!わ、私なんかが聞いていい話なのかなぁーって!あははは…」
彼女の反応を見るに彼女が私のことを恋愛対象として見ていないことが分かる。その事実に少し気分が落ちそうになったがまだ出会って一ヶ月も経っていないし、彼女は離縁したばかりだ。これから少しずつ私を意識してもらえるようにしていくしかない。それに焦っては何事もいい結果はでないだろう。
「まぁいいさ。…これから覚悟しておいてくれ」
「え?覚悟?」
「いや、こっちの話さ。それで移住の件なんだけど」
「あっ、はい!」
「移住するのに必要な移動手段と住む場所は準備ができているんだ」
「えっ!そ、そんな!移住の許可をいただけただけで十分なのに…」
「あなたは私の、バーミリオン帝国皇太子の命の恩人だ。これくらいは当然のことさ」
「でも…」
「それにあなたは治癒能力の持ち主だ。あなたの秘密を知るのはあの場にいたハリスと医者、それと私の父と母である皇帝と皇后だけだが何があるか分からない。どうかあなたとあなたの家族を私に守らせてはくれないか?」
「…!」
「ダメかい?」
「…」
「シルフィー?」
「そ、そういう言い方はず、ずるいです!それに名前も…」
「シルフィーも私のことアレスと呼んでくれてもいいんだよ?」
「~っ!…で、では!移住の件はありがたくお受けしたいと思います!」
シルフィーは顔を赤くしながら慌てた様子だ。名前を呼んでもらうことはできなかったが、これで少しは私のことを意識してくれただろうか。
「くくくっ…。ああ、それでいい。では出発する日時についてだが――」
その後はきちんと移住について説明をした。あまり最初からやり過ぎるのはよくないだろう。
「――説明は以上だけど何か分からないことはあるかい?」
「いいえ。むしろ何から何までしていただいてありがたいくらいです」
「それならよかった。それと帝国に着いてから何かあれば私の元を訪ねてきてくれ。これを持っていれば私の客人だと分かるからね」
そう言って私は懐から指輪を取り出した。この指輪には皇太子である私の紋が刻まれている。
「これは?」
「これは私が信頼している者に渡しているまぁいわゆる皇宮に入るための許可証みたいなものかな」
「…本当ですか?」
「ああ、本当さ」
嘘だ。この指輪は私が生まれたことを祝って母から贈られたこの世に一つにしかない指輪だ。この指輪は大切な人ができたら渡しなさいと母から言われている。だから彼女に渡した。彼女が私の大切な人だと知らしめるために。
「…分かりました」
彼女は多少疑っていたようだがなんとか受け取ってもらうことができた。きっとこの指輪が私と彼女を再び繋ぎ合わせてくれるだろう。
そうして彼女との再会を終えた私はバーミリオン帝国へと帰還した。
帰還してすぐ父と母に改めての報告と共に彼女のことを伝えると、二人とも喜んでくれた。そして彼女を伴侶にすることも認めてもらえた。やはり治癒能力の持ち主ということが大きいだろう。それに私が初めて好きになった女性だ。両親は私の初恋を応援してくれるようだが、権力で無理やり手に入れるのではなく必ず相手の了承を得るようにと釘は刺された。
たしかに私の持つ権力を使えば簡単に彼女を手に入れられるだろう。だけど私は彼女と互いに想い合う関係になりたいのだ。そのためには彼女に私のことを好きになってもらわなければならない。
命の期限は伸びたが私はもう十八歳だ。婚約破棄したばかりだからとしばらく貴族たちは大人しくしているだろうが、時間が経てば自分の娘を皇太子妃にとうるさく言ってくるはずだ。いくら両親が認めてくれていたとしても私は次期皇帝である皇太子。あまり悠長にしている時間はない。
私は彼女との再会を待ちわびつつ、自分の望む未来を手に入れるための準備を始めるのであった。
◇◇◇
そしてそれから二週間後。
無事に帝国へとやって来た彼女は私の下で働き始めることになる。
今まで諦めるだけの人生だった私に新しい人生を与えてくれた愛しい人。
彼女との幸せな未来を手に入れるため、私は今日も仕事に恋に励んでいる。
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