6 / 17
6 アレスレイド視点
しおりを挟む二日後。
私は彼女がやってくる前にハリスからの報告を聞いた。マーガレット王女と王女の浮気相手は、私と婚約した頃から関係を持ち始めたようだ。大国であるバーミリオン帝国を舐めているとしか思えない所業だ。それに状況からみて国王と王妃もこのことを知っているだろう。さらにはその浮気相手の男には妻がいるようだ。
妻の名前はシルフィー・タリストン。その妻と婚姻を結んだのは一年前。ということは王女との関係が始まった後に婚姻したということになる。この女性も被害者だ。しかしタリストン公爵家から多額の資金援助を受けているため、もしタリストン公爵の浮気に気づいたとしても簡単には離縁できないだろう。まあそもそもその妻が公爵を愛しているのであれば関係ないのかもしれないが。
そんなことを考えているとハリスから声がかかった。
「殿下。あの女性がいらっしゃいました」
「っ!…分かった。部屋に通してくれ」
「かしこまりました」
そうして待つこと数分。扉がノックされた。
「どうぞ」
「…失礼します」
「…!」
ハリスの後ろに付いて入ってきた女性。栗色の髪に焦げ茶色の瞳。間違いなく夢の中で会った女性だ。ハリスは彼女をソファに座るように促し、お茶を淹れる準備に取りかかった。
そして私は緊張しながらも口を開いた。
「医者と侍従から話は聞いた。私を救ってくれたこと感謝している」
私は立ち上がり頭を下げた。本来なら皇族が頭を下げることなどあってはならない。だが今回は事情が事情である。私が頭を下げただけでは足りないくらいの恩が彼女にはあるのだ。
「あ、頭を上げてください!」
頭を下げている私には彼女の表情は見えないが、驚いているのが声から分かる。私は頭を上げ彼女の顔を見た。
「驚かせてしまったのならすまない。だがあなたから受けた恩は私が頭を下げるだけでは足りないくらいなんだ。だから気にしないでくれるとありがたい」
「っ!…分かりました」
「ありがとう」
「…あれから体調はいかがですか?」
「ああ。今まで生きてきた中で一番調子がいい」
「…!それならよかったです」
「っ…」
彼女は私の心配をしていてくれたようで、私の体調がよくなったことが分かると緊張がほどけたのかふわりと笑顔をこぼした。私はその笑顔に胸がドキリとした。心臓はよくなったはずなのにこれは一体何なのだろう。
「そ、そうだ。そういえばお互いに自己紹介がまだだったな。まぁあなたは私のことを知っているようだが改めて。私はアレスレイド・バーミリオン。バーミリオン帝国の皇太子だ」
「私の方こそ名乗らずに失礼しました。私の名前はシルフィー・タリストンと申します」
「!あなたはあの男の…」
「…既にご存じでしたか。そうです。私はマーガレット王女の浮気相手であるタリストン公爵の妻です」
「…」
彼女がタリストン公爵の妻だと分かった途端、私は胸にわずかな痛みを覚えた。
(彼女があの男の妻…。それなら彼女の頼みというのはあの男の…)
「…今日は皇太子殿下にお願いがあって参りました」
「…それはあなたの治癒能力で私の病を治したことに対する対価を求めているのかい?」
「治癒能力のこともご存じなんですね…。はい、図々しいとは分かっていますがその通りです。…私にはどうしてもやらなければならないことがあります。だからマーガレット王女の生誕パーティーに合わせて皇太子殿下がこの国にやってくるのではと思い、王都で殿下に接触しようと考えていました。そして道端でしゃがみこんでいる殿下を見つけたのです」
「聞くが、もしもその予想が外れていたらどうするつもりだったんだ?」
「…皇太子殿下は誠実な方だろうと思っておりましたので、婚約者であるマーガレット王女の十八歳の生誕パーティーには必ずいらっしゃるはずだと。それに殿下の体調を考えると早いうちにシャウト王国にやってくるのではと予想していました。…というよりも正直に言えば私の予想は当たるだろうと思っていましたので、予想が外れた時のことは全く考えていませんでした」
彼女はバツが悪そうな表情で言った。おそらく彼女の中では私がすでにこの国に来ていることに確信を持っていたのだろう。実際彼女の予想は当たっている。だが彼女は鋭い推察力の持ち主のようにも思ったが、抜けているところもあるようだ。
しかしそんな彼女が他国の人間に、それも皇太子である私に能力を知られてしまうという危険を冒してまでもやらなければならないこととは一体何なのか。やはりそれは夫の為なのだろうか。
「…まぁ実際にあなたの予想が当たったことによって私は助かったからな。ひとまず願いを聞くことにしよう」
「あ、ありがとうございます!」
「それであなたの願いは何なんだい?」
「私の願いは――」
1,101
お気に入りに追加
1,472
あなたにおすすめの小説

【完結】結婚前から愛人を囲う男の種などいりません!
つくも茄子
ファンタジー
伯爵令嬢のフアナは、結婚式の一ヶ月前に婚約者の恋人から「私達愛し合っているから婚約を破棄しろ」と怒鳴り込まれた。この赤毛の女性は誰?え?婚約者のジョアンの恋人?初耳です。ジョアンとは従兄妹同士の幼馴染。ジョアンの父親である侯爵はフアナの伯父でもあった。怒り心頭の伯父。されどフアナは夫に愛人がいても一向に構わない。というよりも、結婚一ヶ月前に破棄など常識に考えて無理である。無事に結婚は済ませたものの、夫は新妻を蔑ろにする。何か勘違いしているようですが、伯爵家の世継ぎは私から生まれた子供がなるんですよ?父親?別に書類上の夫である必要はありません。そんな、フアナに最高の「種」がやってきた。
他サイトにも公開中。
聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~
白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。
王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。
彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。
#表紙絵は、もふ様に描いていただきました。
#エブリスタにて連載しました。

余命3ヶ月を言われたので静かに余生を送ろうと思ったのですが…大好きな殿下に溺愛されました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のセイラは、ずっと孤独の中生きてきた。自分に興味のない父や婚約者で王太子のロイド。
特に王宮での居場所はなく、教育係には嫌味を言われ、王宮使用人たちからは、心無い噂を流される始末。さらに婚約者のロイドの傍には、美しくて人当たりの良い侯爵令嬢のミーアがいた。
ロイドを愛していたセイラは、辛くて苦しくて、胸が張り裂けそうになるのを必死に耐えていたのだ。
毎日息苦しい生活を強いられているせいか、最近ずっと調子が悪い。でもそれはきっと、気のせいだろう、そう思っていたセイラだが、ある日吐血してしまう。
診察の結果、母と同じ不治の病に掛かっており、余命3ヶ月と宣言されてしまったのだ。
もう残りわずかしか生きられないのなら、愛するロイドを解放してあげよう。そして自分は、屋敷でひっそりと最期を迎えよう。そう考えていたセイラ。
一方セイラが余命宣告を受けた事を知ったロイドは…
※両想いなのにすれ違っていた2人が、幸せになるまでのお話しです。
よろしくお願いいたします。
他サイトでも同時投稿中です。
稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています
水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。
森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。
公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。
◇画像はGirly Drop様からお借りしました
◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

白い結婚をめぐる二年の攻防
藍田ひびき
恋愛
「白い結婚で離縁されたなど、貴族夫人にとってはこの上ない恥だろう。だから俺のいう事を聞け」
「分かりました。二年間閨事がなければ離縁ということですね」
「え、いやその」
父が遺した伯爵位を継いだシルヴィア。叔父の勧めで結婚した夫エグモントは彼女を貶めるばかりか、爵位を寄越さなければ閨事を拒否すると言う。
だがそれはシルヴィアにとってむしろ願っても無いことだった。
妻を思い通りにしようとする夫と、それを拒否する妻の攻防戦が幕を開ける。
※ なろうにも投稿しています。
女神に頼まれましたけど
実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。
その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。
「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」
ドンガラガッシャーン!
「ひぃぃっ!?」
情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。
※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった……
※ざまぁ要素は後日談にする予定……
実家を追放された名家の三女は、薬師を目指します。~草を食べて生き残り、聖女になって実家を潰す~
juice
ファンタジー
過去に名家を誇った辺境貴族の生まれで貴族の三女として生まれたミラ。
しかし、才能に嫉妬した兄や姉に虐げられて、ついに家を追い出されてしまった。
彼女は森で草を食べて生き抜き、その時に食べた草がただの草ではなく、ポーションの原料だった。そうとは知らず高級な薬草を食べまくった結果、体にも異変が……。
知らないうちに高価な材料を集めていたことから、冒険者兼薬師見習いを始めるミラ。
新しい街で新しい生活を始めることになるのだが――。
新生活の中で、兄姉たちの嘘が次々と暴かれることに。
そして、聖女にまつわる、実家の兄姉が隠したとんでもない事実を知ることになる。

離縁をさせて頂きます、なぜなら私は選ばれたので。
kanon
恋愛
「アリシア、お前はもうこの家に必要ない。ブライト家から追放する」
父からの予想外の言葉に、私は目を瞬かせる。
我が国でも名高いブライト伯爵家のだたっぴろい応接間。
用があると言われて足を踏み入れた途端に、父は私にそう言ったのだ。
困惑する私を楽しむように、姉のモンタナが薄ら笑いを浮かべる。
「あら、聞こえなかったのかしら? お父様は追放と言ったのよ。まさか追放の意味も知らないわけじゃないわよねぇ?」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる