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6 アレスレイド視点
しおりを挟む二日後。
私は彼女がやってくる前にハリスからの報告を聞いた。マーガレット王女と王女の浮気相手は、私と婚約した頃から関係を持ち始めたようだ。大国であるバーミリオン帝国を舐めているとしか思えない所業だ。それに状況からみて国王と王妃もこのことを知っているだろう。さらにはその浮気相手の男には妻がいるようだ。
妻の名前はシルフィー・タリストン。その妻と婚姻を結んだのは一年前。ということは王女との関係が始まった後に婚姻したということになる。この女性も被害者だ。しかしタリストン公爵家から多額の資金援助を受けているため、もしタリストン公爵の浮気に気づいたとしても簡単には離縁できないだろう。まあそもそもその妻が公爵を愛しているのであれば関係ないのかもしれないが。
そんなことを考えているとハリスから声がかかった。
「殿下。あの女性がいらっしゃいました」
「っ!…分かった。部屋に通してくれ」
「かしこまりました」
そうして待つこと数分。扉がノックされた。
「どうぞ」
「…失礼します」
「…!」
ハリスの後ろに付いて入ってきた女性。栗色の髪に焦げ茶色の瞳。間違いなく夢の中で会った女性だ。ハリスは彼女をソファに座るように促し、お茶を淹れる準備に取りかかった。
そして私は緊張しながらも口を開いた。
「医者と侍従から話は聞いた。私を救ってくれたこと感謝している」
私は立ち上がり頭を下げた。本来なら皇族が頭を下げることなどあってはならない。だが今回は事情が事情である。私が頭を下げただけでは足りないくらいの恩が彼女にはあるのだ。
「あ、頭を上げてください!」
頭を下げている私には彼女の表情は見えないが、驚いているのが声から分かる。私は頭を上げ彼女の顔を見た。
「驚かせてしまったのならすまない。だがあなたから受けた恩は私が頭を下げるだけでは足りないくらいなんだ。だから気にしないでくれるとありがたい」
「っ!…分かりました」
「ありがとう」
「…あれから体調はいかがですか?」
「ああ。今まで生きてきた中で一番調子がいい」
「…!それならよかったです」
「っ…」
彼女は私の心配をしていてくれたようで、私の体調がよくなったことが分かると緊張がほどけたのかふわりと笑顔をこぼした。私はその笑顔に胸がドキリとした。心臓はよくなったはずなのにこれは一体何なのだろう。
「そ、そうだ。そういえばお互いに自己紹介がまだだったな。まぁあなたは私のことを知っているようだが改めて。私はアレスレイド・バーミリオン。バーミリオン帝国の皇太子だ」
「私の方こそ名乗らずに失礼しました。私の名前はシルフィー・タリストンと申します」
「!あなたはあの男の…」
「…既にご存じでしたか。そうです。私はマーガレット王女の浮気相手であるタリストン公爵の妻です」
「…」
彼女がタリストン公爵の妻だと分かった途端、私は胸にわずかな痛みを覚えた。
(彼女があの男の妻…。それなら彼女の頼みというのはあの男の…)
「…今日は皇太子殿下にお願いがあって参りました」
「…それはあなたの治癒能力で私の病を治したことに対する対価を求めているのかい?」
「治癒能力のこともご存じなんですね…。はい、図々しいとは分かっていますがその通りです。…私にはどうしてもやらなければならないことがあります。だからマーガレット王女の生誕パーティーに合わせて皇太子殿下がこの国にやってくるのではと思い、王都で殿下に接触しようと考えていました。そして道端でしゃがみこんでいる殿下を見つけたのです」
「聞くが、もしもその予想が外れていたらどうするつもりだったんだ?」
「…皇太子殿下は誠実な方だろうと思っておりましたので、婚約者であるマーガレット王女の十八歳の生誕パーティーには必ずいらっしゃるはずだと。それに殿下の体調を考えると早いうちにシャウト王国にやってくるのではと予想していました。…というよりも正直に言えば私の予想は当たるだろうと思っていましたので、予想が外れた時のことは全く考えていませんでした」
彼女はバツが悪そうな表情で言った。おそらく彼女の中では私がすでにこの国に来ていることに確信を持っていたのだろう。実際彼女の予想は当たっている。だが彼女は鋭い推察力の持ち主のようにも思ったが、抜けているところもあるようだ。
しかしそんな彼女が他国の人間に、それも皇太子である私に能力を知られてしまうという危険を冒してまでもやらなければならないこととは一体何なのか。やはりそれは夫の為なのだろうか。
「…まぁ実際にあなたの予想が当たったことによって私は助かったからな。ひとまず願いを聞くことにしよう」
「あ、ありがとうございます!」
「それであなたの願いは何なんだい?」
「私の願いは――」
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