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5 アレスレイド視点
しおりを挟む夢を見た。
真っ暗闇でうずくまっている私の前に突如現れた一筋の光。
私はその光に向かって走る、走る。夢の中なので息も上がらないし胸も苦しくない。
光の元にたどり着いてその光に手を伸ばすと、辺り一面が暗闇から眩しいくらいの青空と花畑に変わった。
『っ…ここは?』
私はあまりの眩しさに目を細めた。しかし不快ではない。むしろ今までに感じたことのない心地よさを感じるそんな場所だった。
私は周りを見渡す。すると色とりどりに咲き誇る花畑の中に人の姿が見えた。
『…誰だろう?』
私は無性に気になりその人に近寄っていく。近づいていくとその人が女性であることが分かった。
『あの…あなたは誰ですか?』
私に背を向けるように立っている女性に声をかける。すると女性は私に気づいたようでこちらに振り向いた。
栗色の髪に焦げ茶色の瞳の女性。
どこかで見たことがあるような女性だなと思っていると女性が口を開いた。
『もう大丈夫よ』
『えっ?』
『さぁ、私の手を取って』
女性はそう言って私に手を差し出してきた。
何が大丈夫なのかさっぱり分からなかったが、私の勘がこの手を取らねば後悔すると言っている。
だから私は言われるがまま女性の手を取ったのだがその瞬間、女性は光となって消えてしまった。
『っ!』
そしてその光が私を包み込んだ。
『…あたたかい』
身体中がぽかぽかと温かくなり、夢の中だというのに眠くなってきた。
『…一眠りするか』
私はこの心地よさに身を委ねることにした。
花畑に大の字になり目を閉じる。
目を閉じて思い出すのは光になった女性のこと。
女性は光となって消える直前、私に微笑んだ。
その顔が頭から離れない。
(あの女性は一体誰なのだろうか)
そう疑問に思うも眠すぎてこれ以上考えられそうにない。
(あとは起きてから考えればいいか…)
そうして私は抗うことのできぬ睡魔に身を委ねるのであった。
◇◇◇
「…下!殿下!」
「っ…!」
「殿下っ!」
誰かの呼び掛けで目を覚ますと、そこはシャウト王国で滞在している宿のベッドの上であった。
「…ハリス?」
「ああ、よかった…!」
どうやら私のことを呼んでいたのは侍従のハリスだったようだ。しかも普段泣くことのない彼が涙で顔をぐちゃぐちゃにしていた。
(一体何があったんだ?…ん?なんだか身体が軽いような…)
私が自分の身体に違和感を抱いているともう一つの声が聞こえてきた。
「侍従殿、落ち着いてください」
「これが落ち着いていられますか!」
「…今から殿下の診察をしますからお静かにお願いしますね」
どうやらこの部屋には医者もいたようだ。それにしても診察とは、と思ったところで自分が道端で具合が悪くなったことを思い出した。そしてそんな私に声をかけてきた女性がいたが、たしか栗色の髪に焦げ茶色の…
「っ!」
私は勢いよくベッドから起き上がり周りを見回す。しかしいくら確認してもこの部屋には先ほどの女性はいなかった。
「で、殿下?どうかされましたか?」
「あの栗色の髪の女性はどこだ!?」
「あっ…、先ほどの女性でしたら殿下が眠られている間にお帰りに…」
「なん、だと…」
きっと先ほどの女性と夢で見た女性は何か関係があるはずだ。それなのにもう帰ってしまった後だとは。私がその事実に呆然としていると医者から声をかけられた。
「殿下落ち着いてください。お身体に障ります。彼女でしたらまた二日後、様子を見にこちらに来ると仰ってました。ですよね、侍従殿」
「え、ええ、そのとおりです。…申し訳ございません。気が動転していたばかりにお伝えするのが遅くなりました」
「…!また会えるんだな?」
「はい。どうやら彼女は殿下に頼みたいことがあったようですから、間違いなくまた会えますよ」
「…そうか」
「では診察を始めましょうか」
そうして医者に診察をしてもらうと、驚くことに私の病が治っていると言うのだ。
「それは本当か?」
「ええ、間違いありません。殿下ご自身も身体がいつもと違うように感じているのではありませんか?」
「あ、ああ。何て言えばいいのか、身体がとても軽く感じる」
「…やはり彼女の力は本物だったようですね」
「彼女の力?」
「はい。おそらく先ほどの女性は治癒能力の持ち主です」
「なっ!治癒能力だと!?」
治癒能力とはどんな病気や怪我でも治すことのできるとても貴重な力だ。過去にはこの力を巡って国同士の争いが起こったこともあるくらいだ。能力の発現条件は不明で、分かっているのは発現するのは女性だけであるということ。同時に複数人能力を持つものが現れる時もあれば、数十年もの間現れない時もあると言われている。
「そんな貴重な能力を他国の人間に使うだなんて…。あの女性はそれがどれだけ危険なことか分かっているのか?」
「彼女は『危険は承知の上だ』と仰ってましたよ」
「うぅ…。私は殿下の命の恩人にとんだ無礼を…」
どうやら彼女は危険を承知で私に接触してきたようだ。
(しかしハリスはどれだけ彼女に失礼なことを言ったのか…)
ただ医者が言っていたことが本当であれば、彼女は私に頼みごとをするため二日後にここへやってくる。それなら闇雲に彼女を探すより待っていた方が確実だろう。それにその間に私にはやらなくてはならないことがある。
「ハリス。彼女は二日後にまたここへ来るんだろう?その時誠意を持って謝れば彼女も許してくれるはずさ」
「で、殿下…」
「私もできることなら今すぐ会いたいが、彼女と会うまでの間にやらなくてはならないことがある。頼まれてくれるな?」
「っ!は、はい!」
「ではマーガレット王女の動向を調べるように。もちろん相手の男もな」
「かしこまりました」
「それと私の病のことと彼女のことはまだ父上に知らせるな」
「そ、それは…!」
「当然後で報告はするさ。だがまずは彼女の話を聞いてからではないとな。もしかしたら驚くようなことを頼んでくるかもしれないだろう?」
私は口ではこう言いながらも、彼女の頼みはそんなに大それたたものではないだろうと思っている。理由は分からないが私の直感がそう告げている。
それに夢の中で見たあの顔が今でも頭から離れない。なぜだか無性に彼女のことが気になってしまう。だから父に報告するのはもう一度彼女と会ってからにしたいと思ったのだ。
(…女性に対してこんなに気持ちになるのは初めてだ)
今までは命の期限があったからか私は女性にはあまり興味がなかった。婚約者であるマーガレット王女に対しては申し訳ないなという気持ちくらいで、女性として興味を持ったことはない。だからこそ誠実に接しようと思っていたのだが。
「彼女の話を聞いたら必ず報告するから心配するな。ひとまず今はマーガレット王女について調べるのが先だ」
「…分かりました。あの女性との話が終わったら速やかに報告させていただきますからね!」
「ああ」
「…では早速調査して参ります」
「頼んだぞ、ハリス」
「かしこまりました」
そうしてハリスが出ていき部屋には私と医者だけになった。
「そういうことだから父上には黙っていてくださいね、叔父上」
「…はぁ、仕方ないな。可愛い甥の頼みを無下にはできないからな」
「ありがとうございます」
そう、実はこの医者は父の弟だ。皇弟として皇室に籍を置きながらも医者として働いている。医者として一生を生きたいらしく、結婚は考えていないという。それに叔父の腕は確かで、これ以上信頼できる医者はいないだろう。
「彼女のことが気になるのかい?」
「っ!…ええ、まあ。命の恩人ですし…」
「ふふ、そうか。…ようやくアレスにも」
「叔父上?何か言いましたか?」
「いいや、何でもないさ。さぁとりあえず今は休みなさい。いくら病が治ったからと言っても今まで身体にかかっていた負担がなくなったわけではないだろうからね」
「…分かりました」
「何事も焦ってはうまくいかないよ。今は休む時だ。じゃあ私は隣の部屋にいるから何かあれば呼んでくれ」
そう言って叔父も部屋から出ていった。
私は一人静になった部屋で横になり目を瞑る。そして目を瞑って思い出すのはあの微笑み。
「二日か…。早く時間が過ぎ去ることを待ち遠しいと思うなんてな…」
今までは少しでも時間が過ぎるのが遅くなればいいのにと思っていたのに、病が完治した今は早く彼女に会いたくて仕方がない。しかし今は休むのが最優先だ。万全の体調で彼女に会えるようにしなければ。
そうして私は再び眠りに就いたのだった。
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