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 (…私の人生って一体なんだったのかしらね。これじゃあ自由になったらランカ帝国に行くなんて夢のまた夢。…もう疲れたわ)


「ふん!最後の最後まで生意気なやつだな。あぁテオハルト殿下!王国と帝国の仲を引き裂こうとした罪人には厳しい罰を与えますのでご安心ください!」


 彼らはきっと帝国に少しでも恩を売りたかったのだろう。帝国との関係が盤石なものになれば怖いものなどない。だからテオハルト様がいるこの卒業パーティーを断罪の場に選んだのだろう。


「さぁ衛兵!この罪人を連れていけ!」


 王太子殿下の命令と同時に衛兵達が私の周りを囲んだ。衛兵達からの視線も冷たいものだった。
 きっとみんな王太子殿下や公爵の言ったことを信じたのだろう。私には何の発言も許されることはなかったが発言したところで誰も信じてはくれなかっただろう。
 今までがそうであったように私は誰からも必要とされていな…


「待て」


 たった一言で会場が静まり返った。
 先ほどまで王太子殿下が支配していた会場が彼のたったの一言で変わったのが分かる。
 それだけ威厳のある言葉を発せられる者はこの場に一人しかいない。


「テ、テオハルト殿下!?なぜ止めるのですか!」

「ガイアス殿。これは王国と帝国の友好に関わることなのだろう?それなら私は帝国の代表としてこの件をしっかりとつまびらかにして皇帝陛下に報告する義務がある」

「そ、それは…」

「なに、少し彼女と話をさせてくれればそれでいい」

「…っ分かり、ました。くっ、衛兵下がれ!」


 私の周りから衛兵達が下がるとテオハルト様がこちらに近づいてくる。
 その様子を私はただ見つめることしかできなかった。


 (テオハルト様のあの表情…。迎えに行くって言ってくれた時のハルと同じ…)


 そんなことを考えているうちにテオハルト様がすぐ側までやってきた。


「…ミレイア嬢。いや、レイ」

「っ!やはりハル、なのですか…?」


 なぜか私の口から最初に出てきたのはこの言葉だった。
 本当なら自分の無実を訴えるのべきなのだろうがそんなことよりもテオハルト様がハルなのかを確認することの方がはるかに重要だと思ったのだ。


「…迎えに来るのがずいぶんと遅くなってしまった。辛い思いをさせてすまない」


 そう言って悔しそうにする表情も昔のハルにそっくりだ。


「本当にハルなの?」

「ああ」

「っ…!会いたかった…」

「私もレイに早くハルだということを伝えたかった」


 私の頬を何年も流れていなかった涙が伝っていく。そんな私の涙をハルが拭ってくれた。


「ずっと、待ってた…!でももうハルは私のこと忘れちゃったのかなって…」

「忘れるわけないだろう?一日たりともレイのことを忘れた日はなかった」

「…ほんとうに?」

「本当だ。あとでどれだけ私がレイのことを想っていたのか嫌でも聞いてもらわないとな」

「あっ!私…」


 ハルと再会できたことで忘れていたが今私は断罪されている身。あとでなど存在しないのだ。それをハルに伝えようとすると


「大丈夫だ」

「でも…」

「心配しないで。私はいつでもレイの味方だ。私を信じて任せてくれないか?」

「っ!…分かった」


 ハルの瞳から強い決意を感じとった私は彼を信じ頷いた。


「テ、テオハルト殿下!もういいですよね?」


 私達が周りに聞こえないように話をしていたからか、何を話しているのか分からない王太子殿下が痺れを切らしたようだ。


「ああ」

「で、では衛兵…」

「だが確認させてくれ」

「…なんでしょうか?」

「まずノスタルク公爵は彼女との養子縁組を解消したことに間違いないな?」

「…そうだよな、公爵」

「は、はい!その通りです」

「それと国王陛下。ガイアス殿と彼女の婚約は破棄されたことに間違いないですね?」

「うむ。罪人を王太子妃にするわけにはいかぬからな」

「養子縁組解消に婚約破棄。これで彼女を縛るものはなくなった」

「は?テ、テオハルト殿下?それはどういう…」


 ハルの発言の真意が分からず王太子殿下を始め国王陛下や公爵も戸惑っているようだ。
 そういう私も先ほどの確認にどんな意味があるのか分かっていないがただ私はハルを信じるだけだ。


「ではここで宣言する!ミレイア嬢は間違いなく本物の祝福の一族であるマリアント公爵家の令嬢である!この宣言に偽りがないことを私の名に懸けて誓おう!」

「ハル…!?」


 まさかハルが私が本物であると名前を懸けて誓うなんて思ってもみなかった。当然誰もそんなことを言い出すなんて予想していなかっただろう。
 さきほどまでは偽物だと言われ断罪されていたのに今度は本物だと言うのだ。戸惑わない方が無理だろう。当の本人である私ですらハルを信じると決めたが戸惑いを隠せないでいるのだから。


「えっ!?」

「は?」

「な、なんですって!?」


 もちろん王太子殿下、公爵、リリアンも驚きで声をあげ、国王陛下もその場で呆然としている。
 その中でいち早く我に返った王太子殿下がテオハルト様に反論した。


「な、何を言っているのですか!?この女は間違いなく偽物!テオハルト殿下だってこ存じでしょう?我々もちゃんと調べたのです!現在の祝福の一族には嫡男である男児はいますが女児なんて存在しないと!存在しないということはこの女は偽物だということです!」

「そ、そうです!私の部下がわざわざ帝国まで出向いて調べたのですよ?間違いなくその娘は偽物です!」

「テオハルト殿、何か勘違いをしているのではないか?それともそこの娘に何か弱みでも握られているのか?そうであればこの娘の罰をもっと重くしなくてはならないな」


 王太子殿下に続いて公爵と国王陛下が次々と口を開いた。
 王太子殿下が言うようにマリアント公爵家に女児が存在していないのであればそれをハルが知らないわけがない。
 それなのになぜ私が本物であると言いきれるのだろうか。


「あはははっ!」

「な、何がおかしいのですか!?」

「はっ!祝福の一族であるマリアント公爵家に女児が存在しないことは私だって知っている」

「ではっ!」

「それが表向きの情報だということもね」

「は?表向きとは…」

「ん?あぁ、その言葉の通りさ。マリアント公爵家に女児が存在したことを知られないようにするために流した嘘の情報だということだ」

「は?う、嘘だと…?」

「そうだ。本当は女児が存在していたんだ。だが生まれてまもない頃に誘拐されてしまってね。公爵家の令嬢が誘拐されたとはあまりにも衝撃すぎて公にはしなかったんだ。このことを知っているのは皇族と公爵家のごく一部のみなんだよ」


 (そういえば図書室でも同じようなことを言っていたわね…。それなら誘拐された公女って私、なの?でも髪と瞳の色が違うのに…)


「そ、それじゃああの女の髪と瞳の色はどう説明するんですか!?調べたところ祝福の一族の証は輝く銀の髪と新緑の瞳のはず!だがその女はくすんだ灰色の髪に暗い緑の瞳だ!色味は似ているかも知れないがそんなの証拠になどならない!」


 王太子殿下も私と同じことを思ったのだろう。私でも気付く矛盾だ。その根拠が説明されない限り王国側は納得しないだろう。


「証拠、な。そんなに証拠が必要なら実際に見てもらう方が早いな。…レイ。あの時に渡したペンダントは今も身に付けているよね?」

「え、ええ」

「そのペンダントを外してくれないか?」

「…分かったわ」


 突然ペンダントを外して欲しいと言われ戸惑いはしたが私はハルを信じてペンダントを外した。
 そして外したペンダントをハルに渡そうとしたら何やら周りが急に騒がしくなった。それに周りからの視線を強く感じた。


「ハ、ハル。なんだかすごく見られている気がするのだけど…」

「そうだよ。みんなレイの髪と瞳に目を奪われているのさ」

「髪と瞳…?っ!」


 私は自分の髪に視線を落とすとそこにはいつものくすんだ灰色ではなく輝く銀色があった。


「…どういうこと?」

「瞳は自分では確認できないだろうけど今私から見たレイの瞳は新たな息吹を感じさせるような美しい新緑の色をしているよ」

「瞳も…?」


 とても信じられないがハルが嘘を言っているようには思えない。それに王太子殿下や公爵、国王陛下やリリアンまでもが私を見て驚いているようだ。
 そしてハルはペンダントを掲げながら話し始めた。


「このペンダントはランカ帝国の皇族に伝わる古代遺物の一つで髪と瞳の色を変えてくれるんだ。私は以前に彼女と出会っていてね。彼女が誘拐された公女だと確信した私はこのペンダントを彼女に渡したのさ。私が迎えに行くまでの間に祝福の一族の力や血筋を悪用しようとする者が現れないようにね」


 ハルはそう言って公爵の方を見ているようだ。心なしか公爵の顔色が悪くなっているように見えた。

 それにしてもまさかあのペンダントが髪と瞳の色を変えていただなんて思いもしなかった。
 しかし思い出してみれば出会った時のハルもペンダントを身に付けていたから今の色と違ったのかと納得した。
 けれど帝国皇族に伝わる古代遺物という私の想像を越えるほど恐ろしく貴重なものをずっと身に付けていたが壊れなくて本当によかったと、この状況でもそんなことを思ってしまった。


「そ、それじゃあ、その女は、本物…?」

「その通りだ」

「っ!?だ、誰だっ!」
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