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19 シモン
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「あっ!……父さん」
そうしてしばらく一人で飲んでいると、息子が帰ってきた。学校が終わるのはいつも夕方だったはず。ふと窓の外を見ると、空が夕焼け色に染まっている。もうそんな時間なのかと少し残念な気持ちになりながらも俺は息子を迎え入れた。
「おかえり」
「……ただいま」
「学校は楽しかったか?」
一応そうは聞くが、本当は息子が学校に通っていることは面白くない。俺は金がなく学校に通うことができなかったから、妻が息子を学校に通わせたいと言った時は反対した。金を出さないと言えば諦めるしかないだろうと思っていたのに、妻はどこからか金を集め息子を学校へと通わせたのだ。おそらく実家に金をねだったのだろう。俺との結婚の時は金をねだらなかったのにと思うと腹立たしかった。だから母と息子には学校に通えているのは俺のお陰だと教えれば、当然母と息子は俺を信じ、妻を罵ったのだ。
その時は気分がよかったなと昔のことを思い出していたが、ふと疑問が浮かんだ。
(卒業まであと一年あるが、残りの金はどうするんだ?えーっと……)
「父さん」
酒を飲みすぎたようで、思考が上手くまとまらない。それに息子を無視するわけにはいかないので、とりあえず考えるのはやめた。
(……まぁなんとかなるか)
「……ん?どうした。元気がないな」
「……」
「なんだ?腹でも痛いのか?」
「……」
「勉強が難しいのか?それとも友達と喧嘩でもしたか?」
「……」
「……はぁ。黙っていたらわからないだろう?言いたいことがあるならハッキリ言え」
なにも言わない息子に苛立ち、強い口調になる。するとようやく話す気になったのか息子が口を開いた。
「あ、あの、父さん。学費のはな」
しかし息子が何かを言おうとした時、家の扉が激しく叩かれた。
―――ドンドンドンッ!
「な、なんだ?」
『商会長!大変ですっ!』
「……チッ、一体なんなんだ。ちょっと待ってろ」
「えっ!と、父さん……」
扉の外から聞こえてきたのは部下の声だった。なんだかとても焦っているようだが、今日の仕事はもう終わりにしたのだ。それなのに何の用事か知らないが、わざわざ家に来るなど迷惑にもほどがある。しかし息子の手前、部下をぞんざいに扱うわけにもいかない。俺は息子との会話を中断し、扉へと向かう。扉を開けるとそこには息を切らし、青い顔色をした部下の姿があった。なぜだか得体の知れない不安を感じたが、俺はその不安を振り払い話を聞くことにした。
「わざわざここに来るなんて、一体どうしたんだ」
「あっ!商会長……!そ、それが……」
「なんだ?仕事の話なら明日にしてくれ。今日はもう仕事をする気分じゃないんだ」
「でも!」
「どうせ大したことじゃないんだろう?だから今日はもう帰」
「スルス商会がうちの化粧水と同じ物を販売しているんです!」
「……なに?それはどういうことだ!」
スルス商会とは王都で一番の大商会で、化粧水とはうちの商会で一番人気の商品だ。この商品のお陰で貴族と取引することができるようになり、さらに売上は大幅増。一気に人気の商会へと成長することができたのだ。
「それが今日突然販売を始めたようでして……」
「今日からだと?もう夕方だぞ!どうしてこんな時間まで気がつかなかったんだ!」
「も、申し訳ございません!」
「くそっ……!今すぐスルス商会に行くぞ!」
部下の失態に対する罰は後で考えることにして、急いで抗議しに行かなければ。我が商会の金の卵を盗むなど、王都一の商会でも許されることではない。謝罪と賠償金を支払ってもらわなければと思案しながら家を出ようとすると、息子から呼び止められた。
「父さん!さっきの話なんだけど……」
そういえば話が途中だったなと思い出したが、今はそんな場合ではない。一刻も早く奪われたものを取り返さなくてはならないのだ。
「悪いが今はそれどころじゃないんだ!話はまた明日な!ほら行くぞ!」
「は、はいっ!」
「父さん待って!」
俺は部下を連れて急ぎ家を出た。息子がまた俺を呼び止めていたが、息子ももう大人だ。それくらい自分でなんとかできないようではまだまだ子どもだなと、呆れて振り向くこともしなかった。
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