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しおりを挟む「どういうことだ……?」
妻が家を出てから三日目。
俺は今、とてつもなく戸惑っている。その理由はつい先ほど届いた教会からの一通の封筒。
【シモン・エバンスとアナベル・ミラーズの離婚を認める】
その封筒の中身にはこのように記されていた。これは離婚証明書だ。教会のシンボルである八芒星の印が捺されているのは、間違いなく教会に離婚が認められたということ。俺の頭の中はなぜという言葉でいっぱいだった。
(なぜだ?あの女は俺を愛しているはず……。それなのになぜ離婚なんてことになっているんだ!)
妻が家を出ていったのは俺の気を引くためで、少し時間が経てば戻ってくると思っていた。しかし妻はいまだ戻ってこず、俺の手元にはなぜか離婚証明書がある。俺は妻と離婚するつもりはないので、離婚届にサインなどしていない。それなのにどうして離婚したことになっているかまったく理解できなかった。
俺は急ぎ教会へと向かった。離婚届に当事者である自分がサインをしていないのに、離婚が認められるわけがない。もしかしたら教会が間違えたのかもしれないと思ったが、返ってきた答えは自分が望んだものではなかった。
「間違いありません」
「でも俺は離婚届にサインなんかしていない!」
「あなたの筆跡と印は結婚届で照合済みです」
「だが妻が俺との離婚を望んでいるはずはないんだ!」
「……はぁ。あなたはシモン・エバンス殿ですよね?」
「そ、そうだが」
「あなたの元奥様がおっしゃっていましたよ。離婚届は結婚の条件だったと」
「結婚の条件?……あ」
どうして今まで忘れていたのだろうか。十五年以上前のことだが、俺は離婚届にサインしたことがあった。妻との結婚を認める代わりに妻の両親から条件を二つ出されたのだ。
一つは一切の援助をしないこと。そしてもう一つは離婚届にサインをすること。
条件を聞いた時は意味がわからなかったが、離婚する気などなかった俺は、それくらいで結婚できるならと離婚届にサインをした。
(まさかあの時の離婚届を……?)
「どうやら思い当たる節があるようですね。納得していただけたようでしたらお引き取りください」
俺は家に帰り手紙を投げ捨てた。
「くそっ!」
離婚証明書に記されていた日付は三日前。つまり妻が出ていった日だ。ただの家出だと思っていた俺のことを、あの女が嘲笑っているようでとても腹が立った。しかしすでに離婚は成立してしまっている。業績が上がっている今、周囲に離婚を知られてしまえば、客が離れていってしまうかもしれない。そうしたら今の生活を続けることができなくなる。それだけは避けたい。どうすればと考えた俺は一つの答えを出した。
(このことは教会を除けば俺しか知らない。教会がわざわざバラすことはないから、妻は体調を崩してるとでも言えば誰にも気づかれないはずだ。……どうせあいつの姿は朝も夜もほとんど見かけなかったからな)
離婚したことを知られなければ、今の生活には何の変化もないはずだ。そもそも妻は家事も育児も仕事も、何の役にも立っていなかったのだから。
だがさすがに息子と母には、口裏を合わせるために伝えなければいけないだろう。気は進まないが仕方ない。家族の協力があればなんとかなるはずだ。
「大丈夫、大丈……っ!」
何とも言えぬ不安が足元から競り上がってくるような感覚に寒気がして、ふと足元を見ると、先ほど投げ捨てた手紙が目に入った。白い封筒と離婚証明書、それに一枚の便箋が床に落ちていた。
「……便箋?」
見覚えのない便箋が一緒に落ちていたが、どうやら封筒の中に入っていたようだ。離婚証明書のことで気が動転していて気づかなかった。
俺はその便箋を拾い、恐る恐る広げてみる。それは三日前に見た手紙と同じ筆跡で書かれた手紙だった。
【“役立たずの私”はいなくなります。どうぞお幸せに】
これが妻からの最後の手紙となる。
そしてこの日を境に、目に見える形で俺たちに不幸が降りかかってくることになるのだった。
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