上 下
30 / 52

30

しおりを挟む

 イシス様と友達になってから少し経ったある日のこと。
 今日は事前にイシス様はお店に来るのが遅くなると聞いていたので一食だけ料理を取っておいてある。ちなみに友達になったのだからとお互いに名前で呼ぼうということになり、私はイシス様と呼ぶことにした。

 イシス様の分を残し完売したので扉に掛かっているボードを替えに扉を開いた。そしてボードを取り替えて再びお店の中に入ろうとしたところ、後ろから声をかけられた。


「あ、あの、お店はもう終わりでしょうか…?」


 後ろを振り向くとそこにいたのは茶色のローブを頭から被った女性だった。


「え?あ…」


 私は一目見ただけでこの女性は身分の高い方だと分かった。十数年貴族令嬢をやっていたのでその辺は自信がある。しかしそんな高貴な人が一体このお店に何の用だろうか。


「あ、はい。ちょうどお店を閉めるところでして…」

「そう、ですか…」

「あの…?」


 あまりにも消え入りそうな声だったのでローブの女性をよく見てみると手が微かに震えていた。もしかしたらこの女性にとってここに来ることは相当勇気が必要だったのかもしれない。そう思ったら彼女をこのまま帰してしまうのは躊躇われた。


 (イシス様のために取っておいた最後の一食ならあるけど…。うん、イシス様なら許してくれるよね!)


「…分かりました。では私はこれで…」

「待ってください!」

「え?」

「ちょうどあと一食だけあるんです。よろしければどうですか?」

「で、でも」

「せっかくですから食べていってください。さぁ中へどうぞ」


 お店の扉を開け女性を店へと促した。女性は少し躊躇いを見せたものの最終的には店へと足を踏み入れてくれた。私は女性をテーブル席へと案内する。おそらくカウンター席など座ったことは無いだろうからテーブルの方が良いだろうとの判断だ。


「こちらに座って待っていてください。すぐにご用意しますから」

「…ありがとうございます」


 女性は高貴な身にも関わらず傲慢さや横柄な態度は全く見受けられない。しかも平民の私に感謝の言葉を言うくらいだ。とても好感が持てた。
 私は急いで料理を用意する。今日の料理はミノタウロスの肉を使ったビーフシチューだ。


「お待たせしました。ビーフシチューです」

「…とても美味しそう」

「温かいうちにどうぞ。パンと一緒に食べても美味しいですよ」

「…いただきます」


 彼女はスプーンでシチューを掬い口へと運んだ。


「っ!なに、これ…。すごく美味しい…!」


 彼女は目を見開き口に手を当て驚いている。そしてすぐに次を口にいれた。二口目を食べると驚いた表情から笑顔へと変わっていった。その表情はこのお店を始めてから何度も見てるはずなのだが何度見ても嬉しいものだ。


「お口に合ってなによりです。ではごゆっくり」


 私は彼女の側を離れ様子を見守ることにした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹と寝たんですか?エセ聖女ですよ?~妃の座を奪われかけた令嬢の反撃~

岡暁舟
恋愛
100年に一度の確率で、令嬢に宿るとされる、聖なる魂。これを授かった令嬢は聖女と認定され、無条件で時の皇帝と婚約することになる。そして、その魂を引き当てたのが、この私、エミリー・バレットである。 本来ならば、私が皇帝と婚約することになるのだが、どういうわけだか、偽物の聖女を名乗る不届き者がいるようだ。その名はジューン・バレット。私の妹である。 別にどうしても皇帝と婚約したかったわけではない。でも、妹に裏切られたと思うと、少し癪だった。そして、既に二人は一夜を過ごしてしまったそう!ジューンの笑顔と言ったら……ああ、憎たらしい! そんなこんなで、いよいよ私に名誉挽回のチャンスが回ってきた。ここで私が聖女であることを証明すれば……。

[完結]本当にバカね

シマ
恋愛
私には幼い頃から婚約者がいる。 この国の子供は貴族、平民問わず試験に合格すれば通えるサラタル学園がある。 貴族は落ちたら恥とまで言われる学園で出会った平民と恋に落ちた婚約者。 入婿の貴方が私を見下すとは良い度胸ね。 私を敵に回したら、どうなるか分からせてあげる。

断罪されてムカついたので、その場の勢いで騎士様にプロポーズかましたら、逃げれんようなった…

甘寧
恋愛
主人公リーゼは、婚約者であるロドルフ殿下に婚約破棄を告げられた。その傍らには、アリアナと言う子爵令嬢が勝ち誇った様にほくそ笑んでいた。 身に覚えのない罪を着せられ断罪され、頭に来たリーゼはロドルフの叔父にあたる騎士団長のウィルフレッドとその場の勢いだけで婚約してしまう。 だが、それはウィルフレッドもその場の勢いだと分かってのこと。すぐにでも婚約は撤回するつもりでいたのに、ウィルフレッドはそれを許してくれなくて…!? 利用した人物は、ドSで自分勝手で最低な団長様だったと後悔するリーゼだったが、傍から見れば過保護で執着心の強い団長様と言う印象。 周りは生暖かい目で二人を応援しているが、どうにも面白くないと思う者もいて…

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

婚約破棄されて追放された私、今は隣国で充実な生活送っていますわよ? それがなにか?

鶯埜 餡
恋愛
 バドス王国の侯爵令嬢アメリアは無実の罪で王太子との婚約破棄、そして国外追放された。  今ですか?  めちゃくちゃ充実してますけど、なにか?

婚約破棄の上に家を追放された直後に聖女としての力に目覚めました。

三葉 空
恋愛
 ユリナはバラノン伯爵家の長女であり、公爵子息のブリックス・オメルダと婚約していた。しかし、ブリックスは身勝手な理由で彼女に婚約破棄を言い渡す。さらに、元から妹ばかり可愛がっていた両親にも愛想を尽かされ、家から追放されてしまう。ユリナは全てを失いショックを受けるが、直後に聖女としての力に目覚める。そして、神殿の神職たちだけでなく、王家からも丁重に扱われる。さらに、お祈りをするだけでたんまりと給料をもらえるチート職業、それが聖女。さらに、イケメン王子のレオルドに見初められて求愛を受ける。どん底から一転、一気に幸せを掴み取った。その事実を知った元婚約者と元家族は……

夫に用無しと捨てられたので薬師になって幸せになります。

光子
恋愛
この世界には、魔力病という、まだ治療法の見つかっていない未知の病が存在する。私の両親も、義理の母親も、その病によって亡くなった。 最後まで私の幸せを祈って死んで行った家族のために、私は絶対、幸せになってみせる。 たとえ、離婚した元夫であるクレオパス子爵が、市民に落ち、幸せに暮らしている私を連れ戻そうとしていても、私は、あんな地獄になんか戻らない。 地獄に連れ戻されそうになった私を救ってくれた、同じ薬師であるフォルク様と一緒に、私はいつか必ず、魔力病を治す薬を作ってみせる。 天国から見守っているお義母様達に、いつか立派な薬師になった姿を見てもらうの。そうしたら、きっと、私のことを褒めてくれるよね。自慢の娘だって、思ってくれるよね―――― 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

冷酷非情の雷帝に嫁ぎます~妹の身代わりとして婚約者を押し付けられましたが、実は優しい男でした~

平山和人
恋愛
伯爵令嬢のフィーナは落ちこぼれと蔑まれながらも、希望だった魔法学校で奨学生として入学することができた。 ある日、妹のノエルが雷帝と恐れられるライトニング侯爵と婚約することになった。 ライトニング侯爵と結ばれたくないノエルは父に頼み、身代わりとしてフィーナを差し出すことにする。 保身第一な父、ワガママな妹と縁を切りたかったフィーナはこれを了承し、婚約者のもとへと嫁ぐ。 周りから恐れられているライトニング侯爵をフィーナは怖がらず、普通に妻として接する。 そんなフィーナの献身に始めは心を閉ざしていたライトニング侯爵は心を開いていく。 そしていつの間にか二人はラブラブになり、子宝にも恵まれ、ますます幸せになるのだった。

処理中です...