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しおりを挟む「――ルナリア・オーガスト!この場で貴様との婚約を破棄する!」
上がりそうになる口角を急いで扇で隠す。
ここで気づかれるわけにはいかない。
長年の願いが実現するまであと少しだ。
私はその時を今か今かと待っている。
◇◇◇
私の名前はルナリア・オーガスト。オーガスト辺境伯の娘だ。
オーガスト家は隣国であるアンバス国との国境に面する武の名門貴族家である。辺境伯である父と母それと二つ歳上の兄の四人家族だ。
父は剣、母は魔法を駆使してオーガスト領を守ってきた。その姿を見て育った兄と私は当然同じ道を進むわけで。
幼い頃からの鍛練で兄には剣の才能が、私には剣と魔法の才能があることが分かった。武の家門に生まれたからにはこれはとても喜ばしいことだ。だから兄は父と母それに屋敷の使用人からも祝福されていたのだが、私は違った。皆が悲しそうなそして不安そうな顔をしていたのだ。口では祝福の言葉を述べているが表情が全く合っていない。幼心に悲しくなったのを覚えているが、剣も魔法も大好きなのでめげることなく鍛練し続けた。
それでもやはり家族や使用人達はずっと心配そうにしていたのだ。
(なぜ?)
その疑問に答えが出たのは私が八歳の時だった。
国中の幼い貴族令嬢達が一斉に王城に集められたのだ。なんでも第一王子の婚約者を決めるためらしい。
公爵令嬢から男爵令嬢まで爵位に関係なく集められたようだが、どうせ選ばれるのは高位の令嬢だろうと私は思っていた。ただ建前で集められただけだと。
しかしその場で始まったのは体力と魔力測定だった。なぜ第一王子の婚約者を決めるためにこんなことを調べるのだろう、と不思議に思っているうちに私の測定は終わった。なぜか私の時だけ数値を見た大人達がざわついていたのだが、一体何だったのだろうか。
そうして全員の測定が終わりようやく帰れると喜んでいた私に耳を疑う発表がなされたのだ。
『第一王子殿下の婚約者はルナリア・オーガスト辺境伯令嬢に決定した』と。
(は?)
なぜ私なのか理解できぬまま別室に案内された。そこには一緒に城へ来ていた父の姿があったが、見たこともないような険しい顔をしていた。
そしてそこで説明されたことに私は絶望した。
第一王子はいずれ王太子となり国王となる。当然その婚約者は王妃となるが、この国の王妃の役割は国王の専属護衛であると。この国を建国した初代国王の妻は国王の護衛だったそうで、生涯初代国王を護ったと言われている。そしてその習わしが今も続いていて次の王妃、もとい国王の専属護衛に選ばれたのが私なのだそうだ。
選ばれる基準は体力と魔力だそうで、私が同世代の令嬢達の中でずば抜けていたこともあり満場一致での決定だったそうだ。
私は家族や使用人達が悲しそうにしていた理由をようやく理解した。
余りある才能が私の将来を狭めてしまうと。
結果としてその不安が的中してしまったということだ。
理解した途端に絶望した。私の夢は冒険者になることだったから。第一王子の婚約者になってしまえば冒険者になる夢なんて絶対叶えられない。
(ああ…だからみんな言えなかったんだ。私が冒険者になりたいって知っていたから…。努力すればするほどその夢が叶わなくなるって)
要するにこの国の王妃とは国の象徴であると同時にただの国王の専属護衛という職業なのだ。公務もないし子を産むこともない。ただ国王を護るだけ。
そんなことを夢を持った八歳の子どもがすんなり受け入れられるわけもなく、私はショックからその場で意識を失ってしまったのだった。
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