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しおりを挟む「お嬢様。もう朝ですよ」
「うぅーん。…ここ、どこ?」
「ふふっ、もうお忘れですか?ここはグレイル公爵家の離れですよ」
「…あ、そうだったわ」
目を覚ますと見覚えのない部屋で戸惑ったが、ノーラに言われて思い出した。
(昨日離婚して王都に来たんだったわ…)
離婚したのがもうすでに遠い昔のことのように感じるが実際にはまだ一日しか経っていない。
私は眠い目をこすりながらベッドから降りて支度を始めた。今日からやることがたくさんある。いつまでもベッドでゴロゴロしている暇はない。本当なら今日一日は家探しの予定だったがこうして住むところは用意されていた。詳しい話はまだ聞いていなかいが、おそらく私はここで生活することになるだろう。きっと今日何かしら話をされるはずなのでそれまでは自由に過ごさせてもらうことにした。
そして昼過ぎにリオがやってきて今日の夕食に誘われた。今日はグレイル公爵家の人間が全員揃うそうで、そこで挨拶と今後の話をするそうだ。公爵家の夕食の席に同席するのはさすがに緊張するが挨拶しなければと思ったところで私は気づいた。
「服が無かったわ…」
ラシェル侯爵家にいた三年間、服もアクセサリーも与えられなかった。まぁ社交などしなかったのだから今さらそれは構わないのだが、ほとんど屋敷の中で過ごしていたので楽な服しか手元にない。本当なら今日物件探しのついでに服を買おうと考えていたことをコロッと忘れてしまっていた。
「さすがに今からじゃ間に合わないわね。どうしよう…」
「ヴィー、これ受け取って」
「…これは?」
「開けてみて」
私はリオに言われるがまま渡された箱を開けると、箱の中にはドレスと靴が入っていた。
「リオ、これって…」
「ヴィーのことだからきっと必要になるだろうと思って準備しておいたんだ」
やはりさすがだ。リオは私のことをよく分かっている。それにドレスも靴も私好みだ。こんなにできる男なのにどうしていまだに独身なのか疑問である。
「リオありがとう。助かったわ」
「どういたしまして。時間になったら迎えに来るからちゃんと準備しておくんだぞ。ノーラ、ヴィーの準備を頼む」
「お任せください。お嬢様が着飾るのは久しぶりですからね!しっかり準備しましょう!」
「えっ、ノーラ。そんなに気合いを入れなくても…」
「うふふ、腕がなるわ~。リオンハルト様、楽しみにしていてくださいな」
「ああ、楽しみにしているよ。じゃあまた後でな」
「お嬢様!早速準備を始めましょう!」
「え、もう?ノーラ、私まだやることが…」
「さぁさぁ、まずは湯浴みからですね!」
「ノ、ノーラぁぁぁ!」
そうして私はノーラの手によって隅々まで磨かれ、準備が終わる頃にはぐったりしていた。
記憶を思い出してからは一度も着飾ることなんて無かったのでこんなに疲れるものだとは知らなかった。
「つ、疲れた…」
「うふふ、お嬢様はやはり青色がお似合いですね。リオンハルト様はよく分かっていらっしゃる」
「まぁドレスと靴は素敵よね」
「何をおっしゃっているのですか!もちろんドレスと靴は素敵ですが、お嬢様が身に付けるからこそさらに輝いているのです!」
「あはは、ありがとうノーラ。そう言ってくれるのはノーラだけよ」
「もう!お嬢様はご自分がどれだけ美しいかきちんと理解されていますか?」
いつもノーラは私のことを美しいと褒めてくれるが、私は自分が美しいかどうかはよくわからない。マクスター伯爵家にいた時はそんなこと気にしている場合ではなかったし、ラシェル侯爵家ではわざわざ着飾る必要がなくあまり見た目を気にしてこなかったからだ。
「うーん、この髪の色にドレスの色が合っているのは分かるわ」
私の見た目は青い髪に紫の瞳だ。前世では考えられないような色をしているが、この世界では私より奇抜な色の人もいる。身長は高めで痩せ型だが発育はまぁ悪くはない。
そしてリオからもらったドレスは私の髪色に合わせた青いドレスだ。ドレスには銀糸で緻密な刺繍が施されている。そして靴は刺繍に合わせた銀色の靴だ。
「はぁ、この美しさをお嬢様ご自身が理解されていないなんて…」
「ノーラは私のことを贔屓目で見ているだけよ。だって本当に私が美しかったらたくさんの男性に言い寄られてるはずじゃない?それなのに私はそんな経験ないもの」
「それはマクスター伯爵家にいた時もラシェル侯爵家いた時も社交場に出ていないからです!そしてあの男(モーリス)は真実の愛という言葉に頭も目もおかしくなっていた例外中の例外です!」
「ノ、ノーラ落ち着いて。じゃ、じゃあリオに聞いてみましょう?それでいい?」
「いいでしょう!リオンハルト様ならちゃんと理解してくれるはずですからね!」
「ん?俺がなんだって?」
「あ、リオ。ちょうどよかったわ。中に入ってちょうだい」
どうやらちょうどリオがやってきたようだ。私自身はどちらでも構わないが決着をつけないとノーラが落ち着かないだろう。だからリオに聞くことにした。
「入るぞ?さっき俺の名前が聞こえたけど…っ!」
「いいところに来たわね。リオに聞きたいことがあるんだけど…ってどうしたの?」
入ってきたはずのリオが入り口で立ち止まっていた。それに心なしか顔が赤い。具合でも悪いのだろうか。私はリオに近づき額に手を当てた。
「なっ!」
「うーん、熱はないみたいだけど…」
「だ、大丈夫だ」
「そう?」
「…ほらお嬢様、聞いてみてください」
「…分かったわよ。ねぇリオ、私こうして着飾るのは久しぶりなんだけどどうかしら?」
私はドレスの裾を掴みながらリオに問いかけた。きっとリオのことだから「まぁいいんじゃない?」くらいしか言わないと思っていたのだが…
「っ!……すごくキレイだ」
「えっ…」
リオの口から発された予想外の言葉に私は戸惑ってしまう。
(リオは嘘をつく人ではないことは知っているけど…)
「ほ、本当に?」
「…ああ。それにそのドレスもよく似合ってる」
「…ありがとう。リオのセンスがよかったからよ」
「ヴィーに似合うと思って選んだからな」
「っ!」
このドレスと靴はリオが私のために自ら選んでくれたようだ。てっきりお店の人に見繕ってもらったとばかり思っていた。
「…うふふふ。お嬢様、私の言うとおりでしたね」
「ノーラ…」
「さぁお二人ともそろそろ本邸に向かった方がよろしいですよ」
「ああ、そうだな。…ヴィー、お手をどうぞ」
「…ええ」
リオが手を差し出してきた。どうやら本邸までエスコートしてくれるようだ。私はリオの手に自分の手を重ねる。ただエスコートをされているだけなのに、さっきのいつものリオとは違う言葉を聞いたからなのか、なんだか落ち着かない気分になったのだった。
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